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霜月
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体育祭以降、柚木とは話していない。
男が柚木との接触を酷く嫌がり、柚木が半径五メートル圏内に入ると警報を鳴らすようにガーガー煩くなるし、俺も全ての恐怖が消えたわけではないので意識して近付かないようにしている。
柚木側も俺を避けているようだし、一匹狼だった柚木の隣には佐久間が居ることが多くなったので、以前より話し掛け難い雰囲気になっている。
昼休み、いつものベンチで海老原と昼飯を食べる。
昼間はまだまだ寒さに震えることはなく、寧ろ過ごしやすい快適な気温と湿度で、秋色に染まった中庭の木々を眺めながらの昼食は暫く続けられそうだ。
「最近、柚木くんと佐久間くんって仲良しさんだよね」
小さな口でサンドイッチを齧りながら、不思議そうに海老原が言う。
体育祭での一件を知らないクラスメイト達は海老原と同じで、堅物な柚木と軟派な佐久間という両極端の性格の二人が、急に親密になったことを不思議に思っているようだ。
「仲良くなるきっかけでもあったんじゃないか?」
海老原には、あのことは話していない。
隠したいわけではないが、話す為に獣のような柚木の目だとか、意志とは関係なく反応してしまった体だとかを思い出すのが怖いのだ。
「きっかけ、ねぇ」
柚木と佐久間のことなのか、それとも自分自身のことを考えているのか、物思いに耽るように花壇のコスモスを見つめ続けている海老原。
海老原が成瀬のことを俺に話さなかったのは、話す為に思い出すのが怖かったのかもしれないな。
自分も心に傷を負って、海老原の痛みが少し分かったような気がする。
「食事中に腐った蜜柑の話をするなんて、食事が不味くなってしまいますよ」
ベンチの後ろに立って俺達の会話を聞いていた男が、海老原が自分の世界に入っていったのを見て俺に話し掛けてきた。
「それは言えるな。ほらアンタが食いたいって言ったクリームパンダだ。食えよ」
苦々しい顔をしている男に、パンダの顔を模したパンを差し出す。
今朝は母さんが急用で早朝から出勤した為に、弁当が作れなかったのだ。
その為、少し早めに家を出て、通学路にあるパン屋で昼飯用のパンを二つ買ってきた。
二つ共食べるのは俺なのだが、折角二つ買うのだからと、俺用のと男用のと各々食べたいパンを一つずつ選ぼうと男に持ち掛けた。
くしゃりと破顔した男は、宝探しでもするように真剣に食べたいパンを選んでいた。
俺が食べたいと選んだのは、グラタンを包んだパン。男が食べたいと選んだのは、可愛らしいパンダの顔の形をしたクリームパンダという名のクリームパンだった。
「食べるのは可哀想ですね」
パンダの顔を見つめて眉を下げた男が、パンダの口許にそっと口付けをしてきた。
「食べられないパンなんか選ぶなよ。俺が食べにくいだろ」
俺まで男の優しい口付けを受けたパンダが愛しく思えてきて、食べるのが可哀想になってきてしまった。
だが、グラタンパンだけではまだ小腹が減っている。
「拓也に食べられるのならこの子も本望でしょう。僕の愛のスパイスも加えておきましたから、どうぞ召し上がれ」
「言われなくても、ちゃんと食う」
愛のスパイスってなんだよ。男のスパイスなら、体が痺れてくるような変なモノなんじゃないか?
痺れさせて、俺に何をするつもりだよ。って、俺は、なに馬鹿なことを考えているんだ。
男が口付けしたところで、パンには風が当たったようなもんで何の変化も起きないのに……。
クリームパンダにかぶりつき、可笑しな考え事も一緒に飲み込む。
「拓也、クリームが付いていますよ」
「どこだ?」
「此処です」
男が、俺の左の口角の辺りを指差してくる。
大口で食べ過ぎたせいか、パンからはみ出たクリームが口の端に付いてしまったようだ。
「舐めてあげましょうか?」
「舐めたってクリームが取れないのに意味がないだろ」
「クリームが取れるのならば舐めてもいいということですか?」
「取れるのならな」
挑発するように、自分の舌でクリームを絡めとる。
その様子を見て、男はゴクリと喉を鳴らした。
「舐められるようになるように精進します」
「あぁ。無駄な努力で終わるだろうけどな」
いつも男にやられっぱなしなので、なんだか優位に立てた気がして煽りたくなってきた。
食べかけのパンのクリームを人差し指で掬って、男の前に差し出す。
ペロリと指に舌を這わせてくる男だが、当然クリームは舐めとることは出来ない。
ニヤリ、と意地悪く笑ってクリームの付いた指を口内に入れて舌を這わせ、何も付いていない状態になった指を男の鼻先に近付け左右に振る。
「宇佐美くん、大人になったんだね」
海老原の声に、はっとする。
完全に海老原の存在を忘れて、男を煽っていたからだ。
「お、大人?」
俺達は、子供なのか大人なのか曖昧な十七歳だ。
海老原の考える大人がどんなものなのか分からないが、まだ親に養って貰っている俺は自分を大人だとは思っていない。
なぜ俺を大人になったと思ったのか、どうして急にそんなことを言い出したのか、首を傾げて疑問をぶつけるように海老原を見る。
「最近ぐーんと色気が増したなぁとは思ってたけど、幽霊さんとイイコトしちゃった?」
興味津々で体を乗り出して聞いてくる海老原。
「イイ……コト?」
大人がする、色気のあるイイコト?
体育館のトイレで男と乱れた情景が、生々しく脳裏に映し出される。
心臓がドクンと脈打ち、沸騰した血を全身に送り、体が発熱したように熱くなってきた。
「コ、コイツとは触れ合えないのに、そんなこと出来るわけないだろ!」
実際は媚薬の作用で触れ合えて、いやらしいことをし合ったわけだが……。
男とやったこと、それを思い出して体が熱くなってしまったこと、海老原に何かあったと気付かれたこと。
全てが恥ずかしくて大声で叫んで、その場から逃げるように校舎に向かって走り出してしまった。
男が柚木との接触を酷く嫌がり、柚木が半径五メートル圏内に入ると警報を鳴らすようにガーガー煩くなるし、俺も全ての恐怖が消えたわけではないので意識して近付かないようにしている。
柚木側も俺を避けているようだし、一匹狼だった柚木の隣には佐久間が居ることが多くなったので、以前より話し掛け難い雰囲気になっている。
昼休み、いつものベンチで海老原と昼飯を食べる。
昼間はまだまだ寒さに震えることはなく、寧ろ過ごしやすい快適な気温と湿度で、秋色に染まった中庭の木々を眺めながらの昼食は暫く続けられそうだ。
「最近、柚木くんと佐久間くんって仲良しさんだよね」
小さな口でサンドイッチを齧りながら、不思議そうに海老原が言う。
体育祭での一件を知らないクラスメイト達は海老原と同じで、堅物な柚木と軟派な佐久間という両極端の性格の二人が、急に親密になったことを不思議に思っているようだ。
「仲良くなるきっかけでもあったんじゃないか?」
海老原には、あのことは話していない。
隠したいわけではないが、話す為に獣のような柚木の目だとか、意志とは関係なく反応してしまった体だとかを思い出すのが怖いのだ。
「きっかけ、ねぇ」
柚木と佐久間のことなのか、それとも自分自身のことを考えているのか、物思いに耽るように花壇のコスモスを見つめ続けている海老原。
海老原が成瀬のことを俺に話さなかったのは、話す為に思い出すのが怖かったのかもしれないな。
自分も心に傷を負って、海老原の痛みが少し分かったような気がする。
「食事中に腐った蜜柑の話をするなんて、食事が不味くなってしまいますよ」
ベンチの後ろに立って俺達の会話を聞いていた男が、海老原が自分の世界に入っていったのを見て俺に話し掛けてきた。
「それは言えるな。ほらアンタが食いたいって言ったクリームパンダだ。食えよ」
苦々しい顔をしている男に、パンダの顔を模したパンを差し出す。
今朝は母さんが急用で早朝から出勤した為に、弁当が作れなかったのだ。
その為、少し早めに家を出て、通学路にあるパン屋で昼飯用のパンを二つ買ってきた。
二つ共食べるのは俺なのだが、折角二つ買うのだからと、俺用のと男用のと各々食べたいパンを一つずつ選ぼうと男に持ち掛けた。
くしゃりと破顔した男は、宝探しでもするように真剣に食べたいパンを選んでいた。
俺が食べたいと選んだのは、グラタンを包んだパン。男が食べたいと選んだのは、可愛らしいパンダの顔の形をしたクリームパンダという名のクリームパンだった。
「食べるのは可哀想ですね」
パンダの顔を見つめて眉を下げた男が、パンダの口許にそっと口付けをしてきた。
「食べられないパンなんか選ぶなよ。俺が食べにくいだろ」
俺まで男の優しい口付けを受けたパンダが愛しく思えてきて、食べるのが可哀想になってきてしまった。
だが、グラタンパンだけではまだ小腹が減っている。
「拓也に食べられるのならこの子も本望でしょう。僕の愛のスパイスも加えておきましたから、どうぞ召し上がれ」
「言われなくても、ちゃんと食う」
愛のスパイスってなんだよ。男のスパイスなら、体が痺れてくるような変なモノなんじゃないか?
痺れさせて、俺に何をするつもりだよ。って、俺は、なに馬鹿なことを考えているんだ。
男が口付けしたところで、パンには風が当たったようなもんで何の変化も起きないのに……。
クリームパンダにかぶりつき、可笑しな考え事も一緒に飲み込む。
「拓也、クリームが付いていますよ」
「どこだ?」
「此処です」
男が、俺の左の口角の辺りを指差してくる。
大口で食べ過ぎたせいか、パンからはみ出たクリームが口の端に付いてしまったようだ。
「舐めてあげましょうか?」
「舐めたってクリームが取れないのに意味がないだろ」
「クリームが取れるのならば舐めてもいいということですか?」
「取れるのならな」
挑発するように、自分の舌でクリームを絡めとる。
その様子を見て、男はゴクリと喉を鳴らした。
「舐められるようになるように精進します」
「あぁ。無駄な努力で終わるだろうけどな」
いつも男にやられっぱなしなので、なんだか優位に立てた気がして煽りたくなってきた。
食べかけのパンのクリームを人差し指で掬って、男の前に差し出す。
ペロリと指に舌を這わせてくる男だが、当然クリームは舐めとることは出来ない。
ニヤリ、と意地悪く笑ってクリームの付いた指を口内に入れて舌を這わせ、何も付いていない状態になった指を男の鼻先に近付け左右に振る。
「宇佐美くん、大人になったんだね」
海老原の声に、はっとする。
完全に海老原の存在を忘れて、男を煽っていたからだ。
「お、大人?」
俺達は、子供なのか大人なのか曖昧な十七歳だ。
海老原の考える大人がどんなものなのか分からないが、まだ親に養って貰っている俺は自分を大人だとは思っていない。
なぜ俺を大人になったと思ったのか、どうして急にそんなことを言い出したのか、首を傾げて疑問をぶつけるように海老原を見る。
「最近ぐーんと色気が増したなぁとは思ってたけど、幽霊さんとイイコトしちゃった?」
興味津々で体を乗り出して聞いてくる海老原。
「イイ……コト?」
大人がする、色気のあるイイコト?
体育館のトイレで男と乱れた情景が、生々しく脳裏に映し出される。
心臓がドクンと脈打ち、沸騰した血を全身に送り、体が発熱したように熱くなってきた。
「コ、コイツとは触れ合えないのに、そんなこと出来るわけないだろ!」
実際は媚薬の作用で触れ合えて、いやらしいことをし合ったわけだが……。
男とやったこと、それを思い出して体が熱くなってしまったこと、海老原に何かあったと気付かれたこと。
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