その男、幽霊なり

オトバタケ

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霜月

14

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 他にも寺院仏閣を回り、今夜の宿であるホテルに入った。
 部屋はツインルームで、同室者はもちろん海老原だ。
 大広間で夕飯を食べて、今は部屋のベッドに腰掛けて携帯でゲームをしている。

「では、此処で」

 隣に腰掛けている男の半透明の指が、俺の手の中の携帯の画面を差してくる。
 例の如く、オセロをやっているのだ。
 悔しいかな、未だに男に勝ったことはない。

「僕の勝ちですね」

 まだ二手ずつ残っていたが、俺のコマを置く場所が無くなってしまって今日も勝てなかった。
 最初の頃に比べると最後まで残る俺のコマの数が増えてきているので、日々成長はしているのだとは思うのだが……。
 ふと視線を感じて顔を上げると、向かいのベッドでうつ伏せになって本を読んでいた海老原が、こちらを見ていた。

「なんか用か?」
「ううん。仲良しさんだなって眺めてただけ」

 仲良し、という単語に反応して、キュルンと胸が鳴る。

「別に仲良しなわけじゃない」

 むず痒くなってしまった胸に気付かれないように、突っ慳貪に返す。

「でも、いつも二人でそうやって遊んだりしてるんでしょ?」
「離れられないんだから二人で遊ぶしかないだろ。ちょっと買い物に行ってくる」

 海老原の前髪と眼鏡に隠された瞳に、男との淫らな行為も見透かさたような気がして、恥ずかしくなって逃げ出すように部屋を出る。
 廊下にはジャージに着替えた生徒達が、部屋に向かって歩いたり、立ち止まって話に花を咲かせたりしていた。

「怪しまれるから、話す時は電話をしてるみたいに装うからな」
「分かりました」

 人が疎らな階段の踊り場で、携帯を耳に当てて男と会話をする。

「何処へ向かうんですか?」
「大広間のある階の廊下にアイスの自販機があっただろ? アイスを買いに行く」
「僕にも一口くださいね」
「あぁ。アンタの食いたいヤツを買ってやるよ」

 電話をする振りをして会話を続けながら、階段を降りていく。
 別にアイスが食べたかったわけではないが、ふとアイスの自販機が頭に浮かんだのでそこを目的地にした。
 海老原の全てを見透かすような視線で動揺した心を、落ち着かせたかっただけなのだ。

「電話してる振りをすれば、人がいる所でアンタと話しても怪しまれなかったのにな。今、気付いた」
「これからは、何時でも何処ででも話が出来るんですね」
「いや、TPOは弁えろよ。ほら、どれがいいんだ?」

 新たな会話方法の発見に、なんでもっと早く気付かなかったんだろうと悔しく思いながら話をしていると、アイスの自販機に辿り着いたので男に食べたい味を聞く。

「拓也は牛乳を使ったものがいいんでしょう?」
「まぁ好きだけど、ここにあるヤツならどれでも食べられるから、アンタが好きなヤツを選べよ」
「そうですねぇ……」

 男の半透明の指が、一つ一つ確認するようにアイスの写真に触れていく。
 真剣に選んでいるその表情がなんだか可笑しくて、頬が弛んでしまう。

「宇佐美くん、ちょっといいかな」

 急に背後から声を掛けられて、肩がビクンと揺れた。
 振り返ると、オカッパで目が大きくてチワワみたいな顔の女子が、俯きがちに立っていた。
 見たことのない顔だけど、俺と同じジャージを着ているから、うちの生徒なのだろう。

「なんか用?」
「うん。ちょっと話したいことがあって……。電話中だったんだ、ごめんね」

 耳に当てたままの携帯を見て、女子の顔は更に俯いていった。
 邪魔をしていると思うのなら立ち去ればいいのに、そこから動こうとする気配はない。

「僕は此処で待っていますから、話してきたらどうですか?」
「アイスがまだ……」
「待っている間に決めますから」

 どんな話なのかは分からないが、思い詰めたような雰囲気を醸し出している女子とは関わりたくないと思ったのに、いつもは他人と話すのを嫌がる男が会話をしてこいと勧めてきた。
 仕方なく電話を耳から離し、俯く女子に気付かれないように小さく溜め息をつく。

「アイス食べたいから、早めに終わらせてくれよ」

 俺の言葉を聞いて顔を上げた女子が、デカい目玉を潤ませてコクコクと頷いた。
 女子はアイスの自販機から五メートルくらい離れた、衝立の裏に入っていく。
 ワゴンが置いてあるので、大広間に運ぶ料理や片付けた食器等を置くのに使う場所なのかもしれない。
 従業員以外は立入禁止の場所なのではないのか?
 勝手に入ったのがバレて、俺まで怒られたらどうしてくれるんだと思い、苛々してくる。

「好きです。付き合ってください」

 モジモジと俯いたままの女子に、早くしろよという視線を向けていると、急に顔を上げた女子が訳の分からないことを言ってきた。

「君、俺を誰かと勘違いしてないか?」
「ううん。私が好きなのは宇佐美くんだよ」

 潤んだデカい目で俺を真っ直ぐ見つめてくる女子は、どうやら、勘違いではなく俺に告白しているようだ。

「好きとか付き合ってとか言われても、俺、君が誰だか知らないんだけど」
「私、D組の三輪です。宇佐美くんが転校してきた時からずっと見てて、ずっと好きでした。今は好きじゃなくても、お試しで付き合って私のことを知ってもらって、それで好きかどうか判断してくれないかな?」

 は? お試しで付き合うって何だ?
 知らない奴と付き合えだなんて、どんな罰ゲームなんだよ。
 俺のことを、からかっているのか?

「いや、好きじゃないのに付き合うとか無理なんだけど」
「そうだよね。やっぱり彼女いるよね」
「彼女?」

 なんでそんな話になるんだ?
 えっと、なんて名前だったけ? もう忘れてしまったが、この女子は一体俺に何がしたいんだ?

「さっき電話で話してたのって彼女だよね?」
「なんで……」

 何故か心臓がトクンと跳ねて、顔に熱が集まってくる。

「やっぱりそうなんだ。宇佐美くんがあんな顔するなんて、正直びっくりしちゃった」
「あんな顔?」
「あんな柔らかくて幸せそうな、本当に彼女が好きで堪らないって顔。私に向けて欲しかったのに、無理だよね」

 なんだよこの女子、頭も目も可笑しいのか?
 ちょっと怖くなって、後退りしてしまう。

「ごめんなさい。言ってスッキリした。彼女とお幸せにね」

 コクンと一礼して、颯爽と去っていく女子。
 その後ろ姿を、呆然と見つめていた。

「話は終わりましたか?」

 自販機の前に戻ると、腕組みをしてそこにもたれ掛かっていた男が、笑みを湛えて聞いてきた。

「あぁ。なんか良く分からなかった」
「分からなかったって、愛の告白でしょ?」
「な、なんでアンタが話の内容を知ってるんだ?」
「彼女の表情を見たら分かりますよ」

 目を見開いて問い詰めていただろう俺に、フッと口許を弛ませた男が、分かって当然と言うような口調で言ってきた。

「分かってたなら話をさせに行かすなよ!」
「好意を持たれていると知って嬉しくなかったですか?」
「なんか色々怖かった……」

 好きじゃなくても付き合えだとか、相手の気持ちなんて考えずに自分の気持ちだけを押し付けてきて。俺に彼女がいると勝手に解釈して去っていってくれたから良かったものの、彼女から奪い取ってやる、なんて鬼婆のような顔で迫られていたら……
 背中に、スーッと冷たいものが流れる。

「怖い思いをさせてしまったんですね。すいません」

 助けを求めるように男を見上げる俺の頭を、男の手が撫でてくれる。
 撫でられた箇所から、恐怖が吸い出されている感覚がする。

「アンタの掌って不思議だな」

 男の掌に、自分の掌を重ねるように置く。

「どう不思議なんです?」
「アンタの掌に触れられると、恐怖とか不安とか憤りとか、マイナスな感情が吸いとられていく感覚がするんだ」
「拓也の苦しみを取り除けるなんて、そんな嬉しいことはありませんね」

 本当に嬉しそうに破顔する男につられて、俺も自然と笑みが零れる。
 不意に、さっきの女子の言葉を思い出した。

 ――柔らかくて幸せそうな、本当に彼女が好きで堪らないって顔――

 彼女なんかではなく、男と話している時の顔を見てそう思われたのだ。
 自分がどんな顔をしているのかは分からないが、目の前の男は女子が言ったのと同じ顔をしている。
 なんだろう。心が満たされるような、それなのに切なくて泣いてしまいそうな、この気持ちは?
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