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第1章
その39 脳筋モルガンは空気を読まないが意外と鋭かった
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生徒達のテーブルを見てまわり、料理や飲み物を配っている、背の高い人物。この学院の代表である学院長《呪術師》ことレニウス・レギオン。
後ろ姿ではわからないけれど、その黒い瞳は、魔力を発するとき精霊と同じ『水精石』色の光を帯びる。
足下まで届く長い黒髪を、背中で一つにまとめて緩い三つ編みにしている。
肌の色は日に当たったこともないように白くて。
その姿を見つめるだけで、胸が、高鳴る。
……どうしよう。
おれは本当に、この人のことが好きだ。
だけど親しげに振る舞うことは許されていない。
おれの心臓と胃袋を鷲掴みにしている《呪術師》が、ムーンチャイルドの別人格だなんて。
意識の主導権を握る人格が交替することで外見の年齢と性別まで変わるなんて。
このことは、ムーンチャイルドを保護して育てた精霊たちと実の父親コマラパと、この、おれ以外には、誰も知らない。
おれが証言する予定の、ラゼル商会ご隠居を誘拐事件の犯人として告発する裁判に影響があっては困ると、おれたちが以前から知っている……故郷の村で結婚していた……ことは機密扱いになった。《呪術師》、そしてムーンチャイルドとは、数日前、おれがこのエルレーン公国首都シ・イル・リリヤを訪れてから知り合ったということになっているのだ。
それにしても《呪術師》が食堂にやってきてくれて正直、助かった。
ブラッドの誘いに付き合って適当に選んだ料理を取り上げて、手ずから作ってくれた特製料理と取り換えてくれたのだ。
精霊の愛し子である嫁(ムーンチャイルド)との婚姻に伴って精霊様から賜った『精霊の森の水』を四年間、飲み続けたことで、おれの身体は、普通の料理を受け付けなくなってしまった。
なんとか食べるだけは食べられるが、ひどく胃にもたれてしまう。後で吐き出したほうが楽なほど。
精霊の与えてくれた水晶の水差しから無限に得られる『精霊の森の水』だけで、おれは生きられる。
昼時だし、ブラッドとおれが食堂にいるだろうと見当をつけて、《呪術師》は、やってきたのだろうか。
おれがブラッドに食事に誘われれば断れないだろうと見越して。
《呪術師》とムーンチャイルドが、世界に満ちているエネルギーを集めて変換し、造り上げてくれる食べ物なら、無理なく身体に取り入れることができる。自分でも同じことはできるが、愛する嫁に逃げられてからは、食欲なんて湧かなかったので、料理を作る気も起きなかった。
(あれ? もしかして、おれ、すごく愛されてる? 再会した日の夜、逃げた後をすぐに追いかけて来てくれなかったと言って怒ったもんな……)
そんな都合の良い妄想にふけってしまった、バカな、おれを現実に引き戻したのは、向かいの席に腰を下ろしているモルこと、モルガン・エスト・クロフォード。
どう考えても筋肉バカだ。
隣に、ちょこんと座っている美少年ブラッド・リー・レインと共に、今日から、おれと寮の同室になるルームメイトである。
この公国立学院は、全寮制なのだ。
「リトルホークは、いいなあ。お師匠からじきじきに料理や飲み物をもらえるなんて」
向かい合った席に座っているモルガン君が、軽く、口を尖らせる。
おまえ、ガキかよ。
「モルガンだって、ぶ厚いステーキもらっただろ。いま食ってるし」
「そうだけど」
もぐもぐと忙しく咀嚼しながらも、モルガンの視線は、おれの前に置かれた、口の細いフルートグラスに釘付けだ。
グラスの底から細かい泡をたちのぼらせる、僅かに青みを帯びた透明な水。
「レギオン高原産の発泡水だって? 近くで見るのは初めてだ」
うらやましいな~、と、何度も言う。
「なあ、それ飲ませろよ。ちょっとだけ」
「やだ。減るだろ」
「お師匠が飲んでるのと同じだろ。それさ、なんかこう、光ってるよな? 青いような……銀色みたいな。このステーキもだけど」
(へえ。意外だな)
少しだけ、モルガンを見直した。
この世界を構成するエネルギーを集めて《呪術師》が造り上げた料理と、精霊の森の水。そこに満ちているエネルギーを、モルガンは見ているのか。
この学院にいるということは、そういうことなんだな。
この水は、本当は発泡水じゃない。精霊の森の水なのだ。
人の身には、強すぎる。
おれは普通の人間だけど、嫁と暮らすために身体的にも精霊に近づかなくてはならないということで、精霊様からじきじきに賜ったのだから。
精霊の許可なく他人に与えてはいけない気がした。
「え~、けち」
「モル! やめなよ」
赤錆色の髪をしたモルガンが食い下がるのを、ブラッドがたしなめる。
「なんだよ。おまえだって本音は飲みたいくせに。ブラン」
ブラン? ああ、『白』か。
ブラッドには似合いの愛称だな。
愛称で呼び合うとか、二人がどんだけ親しいのかがわかるね。
「おれがもらったんだから。やらないよ」
きっぱり拒絶して、さあ飲もうとグラスを持ち上げようとしたときだ。
背後からのびてきた、ほっそりとしなやかな白い手が、グラスを奪った。
誰だとか何するんだとか、今さら、おれは問わない。
こんなふざけたことをするのは《呪術師》に決まってる。
おれはゆっくりと振り返った。
ほら。
こくこくと、細い喉を鳴らして、飲み干して……
って、
「ムーンチャイルド!?」
「ふう。おいしかった」
にっこり笑う、黒髪をきっちりと三つ編みにした、十四歳くらいの可愛い少女。
おれのグラスを奪って飲み干したのは、ムーンチャイルドだったのだ。
--------------------------------------------------------------------------------------------
意外と鋭いモルガン君に作者も驚いてます。
リトルホークとムーンチャイルド。5年前に出会った頃の詳しいお話は、
本編「イリス、アイリス~「先祖還り」は異世界前世の記憶持ち~」を
お読みいただけましたら、わかるようになっております。
本編ともども、これからも、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
そしてびっくり。なんと、
「その18 コマラパは4年ぶりに再会した婿に、大いに怒る」が、
ずっと非公開になっていたのです。
ほんとごめんなさい!
公開しましたので、どうぞ読んでいただけましたら、嬉しいです。
これから気をつけます!申し訳ありませんでした。
生徒達のテーブルを見てまわり、料理や飲み物を配っている、背の高い人物。この学院の代表である学院長《呪術師》ことレニウス・レギオン。
後ろ姿ではわからないけれど、その黒い瞳は、魔力を発するとき精霊と同じ『水精石』色の光を帯びる。
足下まで届く長い黒髪を、背中で一つにまとめて緩い三つ編みにしている。
肌の色は日に当たったこともないように白くて。
その姿を見つめるだけで、胸が、高鳴る。
……どうしよう。
おれは本当に、この人のことが好きだ。
だけど親しげに振る舞うことは許されていない。
おれの心臓と胃袋を鷲掴みにしている《呪術師》が、ムーンチャイルドの別人格だなんて。
意識の主導権を握る人格が交替することで外見の年齢と性別まで変わるなんて。
このことは、ムーンチャイルドを保護して育てた精霊たちと実の父親コマラパと、この、おれ以外には、誰も知らない。
おれが証言する予定の、ラゼル商会ご隠居を誘拐事件の犯人として告発する裁判に影響があっては困ると、おれたちが以前から知っている……故郷の村で結婚していた……ことは機密扱いになった。《呪術師》、そしてムーンチャイルドとは、数日前、おれがこのエルレーン公国首都シ・イル・リリヤを訪れてから知り合ったということになっているのだ。
それにしても《呪術師》が食堂にやってきてくれて正直、助かった。
ブラッドの誘いに付き合って適当に選んだ料理を取り上げて、手ずから作ってくれた特製料理と取り換えてくれたのだ。
精霊の愛し子である嫁(ムーンチャイルド)との婚姻に伴って精霊様から賜った『精霊の森の水』を四年間、飲み続けたことで、おれの身体は、普通の料理を受け付けなくなってしまった。
なんとか食べるだけは食べられるが、ひどく胃にもたれてしまう。後で吐き出したほうが楽なほど。
精霊の与えてくれた水晶の水差しから無限に得られる『精霊の森の水』だけで、おれは生きられる。
昼時だし、ブラッドとおれが食堂にいるだろうと見当をつけて、《呪術師》は、やってきたのだろうか。
おれがブラッドに食事に誘われれば断れないだろうと見越して。
《呪術師》とムーンチャイルドが、世界に満ちているエネルギーを集めて変換し、造り上げてくれる食べ物なら、無理なく身体に取り入れることができる。自分でも同じことはできるが、愛する嫁に逃げられてからは、食欲なんて湧かなかったので、料理を作る気も起きなかった。
(あれ? もしかして、おれ、すごく愛されてる? 再会した日の夜、逃げた後をすぐに追いかけて来てくれなかったと言って怒ったもんな……)
そんな都合の良い妄想にふけってしまった、バカな、おれを現実に引き戻したのは、向かいの席に腰を下ろしているモルこと、モルガン・エスト・クロフォード。
どう考えても筋肉バカだ。
隣に、ちょこんと座っている美少年ブラッド・リー・レインと共に、今日から、おれと寮の同室になるルームメイトである。
この公国立学院は、全寮制なのだ。
「リトルホークは、いいなあ。お師匠からじきじきに料理や飲み物をもらえるなんて」
向かい合った席に座っているモルガン君が、軽く、口を尖らせる。
おまえ、ガキかよ。
「モルガンだって、ぶ厚いステーキもらっただろ。いま食ってるし」
「そうだけど」
もぐもぐと忙しく咀嚼しながらも、モルガンの視線は、おれの前に置かれた、口の細いフルートグラスに釘付けだ。
グラスの底から細かい泡をたちのぼらせる、僅かに青みを帯びた透明な水。
「レギオン高原産の発泡水だって? 近くで見るのは初めてだ」
うらやましいな~、と、何度も言う。
「なあ、それ飲ませろよ。ちょっとだけ」
「やだ。減るだろ」
「お師匠が飲んでるのと同じだろ。それさ、なんかこう、光ってるよな? 青いような……銀色みたいな。このステーキもだけど」
(へえ。意外だな)
少しだけ、モルガンを見直した。
この世界を構成するエネルギーを集めて《呪術師》が造り上げた料理と、精霊の森の水。そこに満ちているエネルギーを、モルガンは見ているのか。
この学院にいるということは、そういうことなんだな。
この水は、本当は発泡水じゃない。精霊の森の水なのだ。
人の身には、強すぎる。
おれは普通の人間だけど、嫁と暮らすために身体的にも精霊に近づかなくてはならないということで、精霊様からじきじきに賜ったのだから。
精霊の許可なく他人に与えてはいけない気がした。
「え~、けち」
「モル! やめなよ」
赤錆色の髪をしたモルガンが食い下がるのを、ブラッドがたしなめる。
「なんだよ。おまえだって本音は飲みたいくせに。ブラン」
ブラン? ああ、『白』か。
ブラッドには似合いの愛称だな。
愛称で呼び合うとか、二人がどんだけ親しいのかがわかるね。
「おれがもらったんだから。やらないよ」
きっぱり拒絶して、さあ飲もうとグラスを持ち上げようとしたときだ。
背後からのびてきた、ほっそりとしなやかな白い手が、グラスを奪った。
誰だとか何するんだとか、今さら、おれは問わない。
こんなふざけたことをするのは《呪術師》に決まってる。
おれはゆっくりと振り返った。
ほら。
こくこくと、細い喉を鳴らして、飲み干して……
って、
「ムーンチャイルド!?」
「ふう。おいしかった」
にっこり笑う、黒髪をきっちりと三つ編みにした、十四歳くらいの可愛い少女。
おれのグラスを奪って飲み干したのは、ムーンチャイルドだったのだ。
--------------------------------------------------------------------------------------------
意外と鋭いモルガン君に作者も驚いてます。
リトルホークとムーンチャイルド。5年前に出会った頃の詳しいお話は、
本編「イリス、アイリス~「先祖還り」は異世界前世の記憶持ち~」を
お読みいただけましたら、わかるようになっております。
本編ともども、これからも、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
そしてびっくり。なんと、
「その18 コマラパは4年ぶりに再会した婿に、大いに怒る」が、
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