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第1章
その41 反省室でおれも考えた。
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どうも。リトルホークだ。
おれは今、反省室にいる。
でも部屋どころか、入れられているのは、檻である。
昨日の夜、別れた後、しばらくは会えないのだろうかと寂しく思っていたところへ今日の昼、大食堂でルームメイトと話していたところへやってきた嫁。
そこまでは、ほほえましいエピソードだ。
しかし、その後がいけなかった。
嫁に強引にキスを迫った、おれ。
「どこまでも懲りない男だ」
《呪術師》に一喝され、腹にキツ~い一撃くらったあと、駆けつけたサファイアとルビーに足で踏まれた。
あげく、反省室という名の、金属製の檻にぶち込まれた。
檻というより鳥籠だな。
直径一メートルくらいの円形の床板にすっぽり被さっている、細長い球体を半分に割ったような形状だ。
まさに、鳥籠。インコやジュウシマツなんかを飼うような。それより大きいけど。
普通じゃ無いのは、鳥籠が空中に、ぷかぷかと浮いていること。
これって魔法?
そしてもう一つ。
銀色の金属みたいに見える鳥籠の材質が、その実、完全なるエネルギーのかたまりであることだ。
この鳥籠を作っておれを閉じ込めたのは、《呪術師》ことレニウス・レギオンだが、精霊グラウケーが扮している替え玉のほうである。
本物の《呪術師》が作ったものであれば、《銀竜様》の『全部盛り』加護を得ているおれなら、抜け出しようがないわけではないが、世界の意思と深くリンクしている精霊の手になるこの檻には、歯が立たない。
もっとも、脱出したところで解決にはならないのだ。《呪術師》が、おれを許さない限り。
まだ食堂に集まっている生徒達は、静かな怒りに満ちている《呪術師》を畏怖し、固唾を呑んで見守っている。
おれのルームメイト、ブラッドとモルガンも、その中にいる。
あいつら、引いたかな~。
いきなりの「ちゅー」は、やっぱり、まずかったか。
ルームメイトが転校初日に学長に殴られ、手ずから作った檻にぶち込まれるって、なかなか、ない体験だよな。
「おねがい兄さま! リトルホークを出してあげて!」
冷ややかな目でおれを見据えている《呪術師》に、ムーンチャイルドは、懸命に訴える。
設定上、この学院の学長である《呪術師》は、ムーンチャイルドの、父親の違う兄だということになっているのだ。
「却下」
大食堂の中央テーブルに座り、ホール全体を見渡している《呪術師》は、にべもない。
「おねがい。おれがいけなかったみたい……だし」
リトルホークを刺激したからだと、うつむく。
伏し目がちな表情、魅惑的。たまらない。
おれダメかも。人間失格?
「そういう問題ではない」
「もう、しません。会いに行ったり……だから、檻から出してあげて」
「悪いのはお前では無い。リトルホークだ」
「でも、あれは……あの檻は、ひどい」
うつむいて握った拳がぷるぷる震えている。
なんて可愛いんだろう。
檻から出られたら、すぐに抱きしめて、キスの雨を降らせるのになあ。
「リトルホーク。あんたって頭の中身だだ漏れ」
監視役としておれの檻の傍らに立っている精霊、ラト・ナ・ルアは、うんざりしたように言った。
「どうせ、いやらしいこと考えていたんでしょ」
ムーンチャイルドを育てた精霊の養い親である義姉、ラト・ナ・ルアは、ぜったいツンデレだと思う。
デレるのはムーンチャイルドにだけだけど。
「バカなの? 今日、編入してきたっていうのに。授業を受けるどころか、まだ新しいクラスに顔を出してもいないうちに、このていたらく。最悪だわ。あたしが、もし人間なら、頭痛か胃痛に悩まされるところだわ」
文句を言うけど、ムーンチャイルドを本気で心配している故のことだと、おれもわかってはいるんだ。
ただ、四年も離れていたから、ちょっと嫁に対する欲求が、抑制がきかなくなってるんだよなあ。
「悪い。嫁が愛らしくて我慢できなくて」
「あんたの煩悩なんか聞いてないわよ!」
頭から湯気が出そうな勢いで怒るラト姉。
「そうですね。こう立て続けとは、もう少し考えたほうがいいでしょう。さすがに」
いつも穏健な、義理の兄レフィス・トールである。
この人にまで呆れられては、ダメ人間確定だ。
ラト・ナ・ルアもレフィス・トールも、おれの起こした問題のためにグラウケーに呼び出されたのだ。
「それにしても、この檻。グラウケーの怒りが、うかがえますね」
レフィス・トールが、肩をすくめる。
そう、この檻。
見覚えがある。
おれも、これを知ってる。
檻の格子は鳥籠のように細めで、蔦の葉や枝が絡まっているような優美な装飾が施されている。
これは昔、幼かったレニウス・レギオンが、義理の父ガルデル・バルケス・ロカ・レギオン大教王の『黒曜宮』に住まわされていた頃に幽閉されていた、鳥籠だ。
閉じ込められて。
外の世界のことなんて知らないまま、殺された。
だが、レニの魂の輝きに引きつけられた精霊火が、瀕死の身体に入り込んで、生き返った。
それからずっと、精霊の森でかくまわれ育てられていたのが、おれと婚姻の儀を結んだムーンチャイルドなのだ。
おれを閉じ込める檻に、この形を選ぶなんて。
鳥籠に入っている、おれを見て、ムーンチャイルドは、辛くないわけがないんだ。
「なによ、しゅんとして。しおらしくしたって無駄よ。ムーンチャイルドに悪いと思うなら、顔を上げて。しっかり反省しなさい!」
ラト姉の言葉のムチが、飛んできた。
耳に痛いけど、愛がこもってる。おれにじゃなくてムーンチャイルドへの。
「はい。反省します」
「よろしい。なによ素直にもなれるんじゃない」
ラト姉もひとこと多い気がする、なんて言わないでおこう。
おとなしく鳥籠の中で、自分を省みることにしよう。
「それに、見た目はムーンチャイルドが昔捕らわれていた『例の鳥籠』と似ていますが、第一世代の精霊グラウケーが作ったものです。世界と繋がり、魂を安定させる効果がありますよ。あなたはどうも、安定していない。もしかすると、婚姻の儀を断ち切った我々、精霊にも責任があるかもしれないのです」
「レフィス兄? おれには難しいことはよくわからないんだけど、婚姻の儀を断ち切ったって?」
「あなたとムーンチャイルドを引き離したことです。儀式には意味がある。離されたことで欲求が必要以上に高まっていることも考えられる」
「えっと。それ。おれたちは、離されるべきじゃなかったって、考えて良いのか」
「まあ、不本意だけど、認めざるを得ないわね」
ラト・ナ・ルアは、いやいやながらといった風情で、ぼそっと呟いた。
しばらくすると確かに効果は実感できた。
騒いでいた心が、静まってきたのを感じる。
グラウケーの、おれへの嫌がらせじゃあなかったのか。
反省室には、本当に「反省」を促す効能があるようだ。
やがて落ち着いてきた、おれは。
ふと、ある危険な可能性に思い至り、背筋が冷えた。
『今は、対外的にはレニウス・レギオンと名乗っています。大公や貴族の集まる場所では。そのほうが、魔導師協会を立ち上げるのに通りがよかった』
と、《呪術師》は、言っていた。
なぜだ?
レニウス・レギオンがいったんは死んだとはいえ、生き伸びていることを、ガルデルに知られるのを危惧して、精霊たちは、ムーンチャイルドを連れて、おれの故郷の村から逃げ出したのではなかったのか。
(おれが嫁に、少々強引に迫ったせいもあるけれど)
それなのになぜ、ここ、エルレーン公国首都シ・イル・リリヤでは、レニウス・レギオンだと公言しているんだ? そのほうが都合がよかったなんて理屈をつけて。
それこそ、相手は国。貴族。
ガルデルに通じているやつが、いないとも限らないだろうに?
もしや。
これは、危険すぎる『賭け』ではないのか。レニが……自分自身を、賭けのテーブルに乗せて。
……いやな予感がする。
反省室で、おれも考えたのである。
どうも。リトルホークだ。
おれは今、反省室にいる。
でも部屋どころか、入れられているのは、檻である。
昨日の夜、別れた後、しばらくは会えないのだろうかと寂しく思っていたところへ今日の昼、大食堂でルームメイトと話していたところへやってきた嫁。
そこまでは、ほほえましいエピソードだ。
しかし、その後がいけなかった。
嫁に強引にキスを迫った、おれ。
「どこまでも懲りない男だ」
《呪術師》に一喝され、腹にキツ~い一撃くらったあと、駆けつけたサファイアとルビーに足で踏まれた。
あげく、反省室という名の、金属製の檻にぶち込まれた。
檻というより鳥籠だな。
直径一メートルくらいの円形の床板にすっぽり被さっている、細長い球体を半分に割ったような形状だ。
まさに、鳥籠。インコやジュウシマツなんかを飼うような。それより大きいけど。
普通じゃ無いのは、鳥籠が空中に、ぷかぷかと浮いていること。
これって魔法?
そしてもう一つ。
銀色の金属みたいに見える鳥籠の材質が、その実、完全なるエネルギーのかたまりであることだ。
この鳥籠を作っておれを閉じ込めたのは、《呪術師》ことレニウス・レギオンだが、精霊グラウケーが扮している替え玉のほうである。
本物の《呪術師》が作ったものであれば、《銀竜様》の『全部盛り』加護を得ているおれなら、抜け出しようがないわけではないが、世界の意思と深くリンクしている精霊の手になるこの檻には、歯が立たない。
もっとも、脱出したところで解決にはならないのだ。《呪術師》が、おれを許さない限り。
まだ食堂に集まっている生徒達は、静かな怒りに満ちている《呪術師》を畏怖し、固唾を呑んで見守っている。
おれのルームメイト、ブラッドとモルガンも、その中にいる。
あいつら、引いたかな~。
いきなりの「ちゅー」は、やっぱり、まずかったか。
ルームメイトが転校初日に学長に殴られ、手ずから作った檻にぶち込まれるって、なかなか、ない体験だよな。
「おねがい兄さま! リトルホークを出してあげて!」
冷ややかな目でおれを見据えている《呪術師》に、ムーンチャイルドは、懸命に訴える。
設定上、この学院の学長である《呪術師》は、ムーンチャイルドの、父親の違う兄だということになっているのだ。
「却下」
大食堂の中央テーブルに座り、ホール全体を見渡している《呪術師》は、にべもない。
「おねがい。おれがいけなかったみたい……だし」
リトルホークを刺激したからだと、うつむく。
伏し目がちな表情、魅惑的。たまらない。
おれダメかも。人間失格?
「そういう問題ではない」
「もう、しません。会いに行ったり……だから、檻から出してあげて」
「悪いのはお前では無い。リトルホークだ」
「でも、あれは……あの檻は、ひどい」
うつむいて握った拳がぷるぷる震えている。
なんて可愛いんだろう。
檻から出られたら、すぐに抱きしめて、キスの雨を降らせるのになあ。
「リトルホーク。あんたって頭の中身だだ漏れ」
監視役としておれの檻の傍らに立っている精霊、ラト・ナ・ルアは、うんざりしたように言った。
「どうせ、いやらしいこと考えていたんでしょ」
ムーンチャイルドを育てた精霊の養い親である義姉、ラト・ナ・ルアは、ぜったいツンデレだと思う。
デレるのはムーンチャイルドにだけだけど。
「バカなの? 今日、編入してきたっていうのに。授業を受けるどころか、まだ新しいクラスに顔を出してもいないうちに、このていたらく。最悪だわ。あたしが、もし人間なら、頭痛か胃痛に悩まされるところだわ」
文句を言うけど、ムーンチャイルドを本気で心配している故のことだと、おれもわかってはいるんだ。
ただ、四年も離れていたから、ちょっと嫁に対する欲求が、抑制がきかなくなってるんだよなあ。
「悪い。嫁が愛らしくて我慢できなくて」
「あんたの煩悩なんか聞いてないわよ!」
頭から湯気が出そうな勢いで怒るラト姉。
「そうですね。こう立て続けとは、もう少し考えたほうがいいでしょう。さすがに」
いつも穏健な、義理の兄レフィス・トールである。
この人にまで呆れられては、ダメ人間確定だ。
ラト・ナ・ルアもレフィス・トールも、おれの起こした問題のためにグラウケーに呼び出されたのだ。
「それにしても、この檻。グラウケーの怒りが、うかがえますね」
レフィス・トールが、肩をすくめる。
そう、この檻。
見覚えがある。
おれも、これを知ってる。
檻の格子は鳥籠のように細めで、蔦の葉や枝が絡まっているような優美な装飾が施されている。
これは昔、幼かったレニウス・レギオンが、義理の父ガルデル・バルケス・ロカ・レギオン大教王の『黒曜宮』に住まわされていた頃に幽閉されていた、鳥籠だ。
閉じ込められて。
外の世界のことなんて知らないまま、殺された。
だが、レニの魂の輝きに引きつけられた精霊火が、瀕死の身体に入り込んで、生き返った。
それからずっと、精霊の森でかくまわれ育てられていたのが、おれと婚姻の儀を結んだムーンチャイルドなのだ。
おれを閉じ込める檻に、この形を選ぶなんて。
鳥籠に入っている、おれを見て、ムーンチャイルドは、辛くないわけがないんだ。
「なによ、しゅんとして。しおらしくしたって無駄よ。ムーンチャイルドに悪いと思うなら、顔を上げて。しっかり反省しなさい!」
ラト姉の言葉のムチが、飛んできた。
耳に痛いけど、愛がこもってる。おれにじゃなくてムーンチャイルドへの。
「はい。反省します」
「よろしい。なによ素直にもなれるんじゃない」
ラト姉もひとこと多い気がする、なんて言わないでおこう。
おとなしく鳥籠の中で、自分を省みることにしよう。
「それに、見た目はムーンチャイルドが昔捕らわれていた『例の鳥籠』と似ていますが、第一世代の精霊グラウケーが作ったものです。世界と繋がり、魂を安定させる効果がありますよ。あなたはどうも、安定していない。もしかすると、婚姻の儀を断ち切った我々、精霊にも責任があるかもしれないのです」
「レフィス兄? おれには難しいことはよくわからないんだけど、婚姻の儀を断ち切ったって?」
「あなたとムーンチャイルドを引き離したことです。儀式には意味がある。離されたことで欲求が必要以上に高まっていることも考えられる」
「えっと。それ。おれたちは、離されるべきじゃなかったって、考えて良いのか」
「まあ、不本意だけど、認めざるを得ないわね」
ラト・ナ・ルアは、いやいやながらといった風情で、ぼそっと呟いた。
しばらくすると確かに効果は実感できた。
騒いでいた心が、静まってきたのを感じる。
グラウケーの、おれへの嫌がらせじゃあなかったのか。
反省室には、本当に「反省」を促す効能があるようだ。
やがて落ち着いてきた、おれは。
ふと、ある危険な可能性に思い至り、背筋が冷えた。
『今は、対外的にはレニウス・レギオンと名乗っています。大公や貴族の集まる場所では。そのほうが、魔導師協会を立ち上げるのに通りがよかった』
と、《呪術師》は、言っていた。
なぜだ?
レニウス・レギオンがいったんは死んだとはいえ、生き伸びていることを、ガルデルに知られるのを危惧して、精霊たちは、ムーンチャイルドを連れて、おれの故郷の村から逃げ出したのではなかったのか。
(おれが嫁に、少々強引に迫ったせいもあるけれど)
それなのになぜ、ここ、エルレーン公国首都シ・イル・リリヤでは、レニウス・レギオンだと公言しているんだ? そのほうが都合がよかったなんて理屈をつけて。
それこそ、相手は国。貴族。
ガルデルに通じているやつが、いないとも限らないだろうに?
もしや。
これは、危険すぎる『賭け』ではないのか。レニが……自分自身を、賭けのテーブルに乗せて。
……いやな予感がする。
反省室で、おれも考えたのである。
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