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楽園編

第11話 退学試験

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(入学直後の退学試験。戦闘システムの基本を学ぶチュートリアルイベント。配属クラスは変わったがストーリーの流れに変化はない、か。良かった)

 クロウの言葉に顔を綻ばせる玄咲。その隣で、ペンが机に転がる乾いた音がした。

「……聞いて、ない」

 シャルナが青ざめた表情で呟く。意外な思いで玄咲はその発言を聞いた。

(聞いてない? ラグナロク学園が定期的に退学試験を行うスパルタ学園であることは有名なはず。聞いてないなんてことはありえないはずなんだが――)

 そんな玄咲の疑問は、教室からあがった別の生徒の発言によって氷解する。

「せ、先生! いくら何でも入学初日というのは早すぎます! 例年通りなら少なくとも一ヶ月は様子を見るはずでは!」

(ああ、そういうことか。開始時期が早すぎると驚いていたのか……ゲームではそんな情報はなかった。世界の解像度が上がったおかげで知れなかった情報まで知れる。面白いな)

 意外な新情報に知的好奇心を満足させる玄咲。その間にもクロウは生徒の質問に答えていく。

「それだけ学園長が今年は本気だってことだ。あの糞婆は気合が入れば入るほどスパルタになるんだ。教育方針をどうこうする権限を持たない俺にはお前ら頑張ってくれとしか言いようがない」

「そんな……」

 生徒が腰崩れしたかのようにへなへなと椅子に尻を下ろす。

「ああ、あと授業はまだ終わっていない。机に手を突っ込んで入ってるものを取り出してみろ」

 生徒たちが机に手を突っ込む。玄咲も手を突っ込む。そしてその中に入っているものを机の上に取り出す。白銀色の、輪っかのついた金属っぽい材質の板が机の中には入っていた。モニターらしき画面が前面についており横にカード状の穴が開いている。輪っかのついたスマホみたいだと玄咲は思った。

「それはスクール・リード・デバイス。通称SD。この学園で学生生活を送る上での必需品だ。モニター横のカードスロットに生徒カードを挿入してみろ」

 玄咲は己の胸ポケットから生徒カードを取り出した。

(……クララ先生に胸元をまさぐられて覗き見されたカードだ。大事にしないとな)

 仄かに人肌のぬくもりが残ったそれをSDに挿入する。SDのモニターが光り出し、モニター上に4つの文字列が等間隔に浮かび上がった。玄咲は迷わず一番上のステータスの項目を指でタップした。
 

 天之玄咲
 魂格レベル1


「クロウ教官」

 玄咲は速やかに挙手した。

「なんだ」

「ステータス爛に魂格の項目しか存在しないのですが」

「仕様だ」

「仕様……ですか」

「そうだ。それと、勝手にデバイスを操作するな。今そのメニューを開く必要はない」

 クロウのその言葉に幾人かの生徒が慌ててデバイスを操作する。シャルナもその中の1人だった。同族意識からくる好感をシャルナに抱きながら玄咲は思考する。

(HPもMPもまこうもまぼうもすばやさもこううんも載ってない。なぜだ? いや、待て。よく考えたらCMAでのステータスは魂格以外メタ情報だった。ステータス情報を普通に会話でやり取りするRPGも存在するが、CMAはそうじゃない。世界観的にはこれで正しいのか……まぁ、よく考えたらこううんとか意味が分からないし妥当か。一瞬戸惑ったが、しかし、これはこれで俺だけメタ情報を扱えるというメリットにもなりうる。悪くない)

 ゲームと現実の違いを前向きに捉える玄咲。クロウが授業を続ける。

「下から2番目にバトルという項目があるだろう。それを指でタップしてくれ」

 SDのモニターにあるバトルという文字を指で押す。すると新たな画面に発展した。

「一番上の対戦申請というボタンを押してくれ。そしたらマップ表示になって上に名前のついた光点が出てくるはずだ。その光点は半径5メートルの生徒カードのありかを示している。そしてその光点をタップすると【対戦を申請しますか】って出るだろ。それをタップすると申請した相手のSDに【対戦を申請されました。受諾しますか】いう問いと【YES】【NO】の文字が出てくる。そこでYESを押すか、押されることで対戦が成立する。そのあとは仮想戦闘場《バトルルーム》に行って対戦だ。もし対戦相手が見つからなかったり探すのが面倒だったら、対戦申請ボタンの下にある強制マッチングボタンを押してくれ。同じく強制マッチングボタンを押した生徒との間で強制的に対戦が成立し空いてるバトルルームに案内される。ああ、今押しても何の反応もないぞ。この機能は試験開始と同時に解禁される。試験開始は12時だ。それまで待て」

 早速対戦を申請しようとした幾人かの生徒にクロウが忠告する。さらに、ため息をついた。

「C組とかならこんな忠告もしなくて済むんだろうな……」

(C組……クララ先生のクラスか。あのクラスは治安が良かったからな。教師も含めて、このクラスみたいに殺伐とした顔が並んでなかった。俺も、本来ならあっち側の人間なんだが……)

 クロウの言葉を切っ掛けに、ゲームでの自分のクラスに思いを馳せる玄咲。何千回と繰り返したスクールライフ。郷愁に駆られた玄咲の瞳から涙が一粒ホロリと落ちた。

(しかも天使が2人もいた……戻りたい。あのクラスに)

「あと、SDには時計機能がついている。最初のメニュー画面に時計って項目があるだろ。それだ。試験開始は12時。各自カードの購入を終えたら12時までに1度教室に戻ってくるように。12時の鐘が鳴ると同時に試験を始める。そのあとは6時に1日目終了の鐘がなるまで各自好きなように過ごしてくれ。……必須伝達事項はこれくらいかな。なにか抜けは……」

「先生。試験の合否はどうやって決まるんですか」

 生徒の一人がクロウに尋ねる。

「む。言ってなかったか?」

「言ってません……」

「そうか……もう少しだけ頑張るか……」

 肩を落とし、大きく息を吐いてから、クロウは説明を再開した。

「合否の基準はシンプルだ。対戦すると1勝ごとにポイントが加算され、1敗ごとにポイントが減算される。ポイントはSDのポイントの項目で確認することができる。試験終了までに学校側で定めだ規定ポイントに達しなかった生徒が退学となる。規定ポイントは試験終了まで開示されない。また、合意の上でならポイントを任意の数だけ賭けて戦うこともできる。バトルのメニューにある【フリーレート】の項目から操作できるだろう。ケツに火がついたら使ってくれ」

(バトル、メニュー……あるな。ここら辺はゲームと同じか)

 SDに指を這わし【フリーレート】の項目を玄咲は確認した。

(……しかし、それだけか? まだ、あるだろう大事なことが。まさか、それもないんじゃ――)

「あー……大事なことを忘れてた。お前たち、今からペアを作れ」

 唐突にそんなことを言うクロウ。なぜ? 生徒たちの頭に疑問符が浮かぶ。答えるようにクロウが言う。

「試験はパートナーを一人選んで二人一組で行ってもらう。合否はパートナーとの得点の合計で判断する」

 なぜ!?

 そう言いたげな戸惑いの視線がクロウに集まる。クロウは手を叩いた。

「さぁパートナーを選べ。質問は受け付けない。学園長の決定に逆らうな」

 要はクロウも理由を知らないらしかった。

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