彼女に死ねと言われたら

浦登みっひ

文字の大きさ
28 / 40

四人での初任務

しおりを挟む
「しかし、チトセシティってさ、中心部から郊外に出るとホントにガラッと風景が変わるよね」

 黒いセダンに揺られながら、助手席のミヤビ様が言った。
 窓の外を眺めると、かつて工業地帯で働く労働者たちが多く暮らしていたマンションやアパートが林立している。だが、壁に大きな罅が入っていたり、窓ガラスの大半が割れていたりと、人が住んでいる気配はあまり感じられない。通行人も全くいないわけではないが、チトセシティの中心部の賑やかさとは比べ物にならなかった。

 シャダイ王国の中で最も栄えた都市である首都チトセシティだが、そもそも『チトセシティ』という呼称は、一つの都市の中に複数の区域が存在する複合都市の総称として使われる言葉だ。チトセシティの中に明確な境界線や行政区分があるわけではないが、教育、商業、工業、港湾地区といった具合にそれぞれ施設がまとめられていて、前回の任務で行った廃倉庫群などは、工業地区と港湾地区の境目に位置していた。
 化石燃料の枯渇はシャダイ王国、そしてチトセシティの経済活動全体に大きな影響を及ぼしたけれど、特に被害が深刻だったのが工業分野だったことは前にも述べた通り。他にも、船舶の燃料費の高騰によって港湾地区、貿易の縮小によって商業地区がそれぞれ深いダメージを被り、マナ・チャージの技術が確立されるまで、シャダイ王国は出口の見えない不況に苛まれていたのだ。

 運転席のレイさんが、笑いながらミヤビ様に答える。

「メイダンだって似たようなものじゃないか。特区から一歩出れば、外の街並みの荒れっぷりはこんなものじゃないよ」

 シャダイ王国では十八歳にならなければ車の運転免許が取得できないが、二人の出身地メイダン首長国連邦では、十六歳でも免許を持てるらしい。メイダンの免許証は本来シャダイ王国では使えないけれど、今回は超法規的措置としてレイさんに運転免許が交付されていた。

「そうだけどさ、メイダンの場合、特区とそれ以外のエリアがくっきり区別されてるじゃない? チトセシティの場合、同じ都市の中でこれだけ違うんだもの」
「チトセシティのこの辺りは、昔、海沿いの工業地帯で働く人々が暮らす住宅街だったの」

 後部座席、僕の左隣に座ったロザリーが、二人の会話に割って入る。

「でも化石燃料の価格が高騰して、工業地帯にあった工場の大半は経営が悪化し、閉鎖に追い込まれた。当然、そこで働いていた従業員達は失業。地方からチトセシティに来ていた人々は実家に帰って行ったけれど、帰る家のない人やここで生まれ育った人たちは、路頭に迷うことになった。貧しくなり、住民の大半が去ったかつての住宅地や工業地帯は、治安が悪化し、テロ組織――つまりグリーンフォレストの温床になり始めたの」

 ロザリーは車の窓から外の景色を眺めながら続けた。

「環境保護を訴えるグリーンフォレストの主張は、確かにとても耳障りがいい。我々人間の経済活動を支えてきた化石燃料は、遠くない将来に枯渇してしまう。エネルギー問題を解決するため、私たちシャダイ王国は未知のエネルギーであるマナを資源として使おうとしているけれど、マナに関する研究は十分とは言えない。マナというエネルギーの正体、そしてマナを使うことのデメリットがまだよくわかっていない状況にも関わらず、私たちはマナ・チャージをライフラインの一部として普及させようとしている――いえ、少し話が逸れた。とにかく、荒廃してその日暮らしの生活を強いられているこの地域の住民たちの耳には、グリーンフォレストの掲げる理想が崇高なものに聞こえたんでしょう。住民の一部がグリーンフォレストに同調し、彼らをこのチトセシティに引き入れて、この工業地帯はテロの温床となってしまった。それ以来ずっと、シャダイ王国はテロの脅威と戦い続けている。マナ・チャージ技術の発展による経済成長が彼らの生活水準を向上させ、治安が改善されるまでには、まだまだ時間がかかるようね」

 ロザリーがチトセシティとグリーンフォレストの現状について説明している間、二人は複雑な表情を浮かべていた。
 何故ならば、二人の出身国であるメイダン首長国連邦は世界シェア七割に迫る最大の産油国であり、シャダイ王国が苦境に陥った直接の原因は、メイダンが石油価格を大幅に引き上げたことなのだ。化石燃料が潤沢だったうちは資源の輸出で暴利を貪り、埋蔵量の枯渇が世界的な問題になってから突然輸出価格を釣り上げる。しかも、メイダンは化石燃料の埋蔵量に関するデータを隠し続けていたため、資源を持たない国々は事前に対策を立てることができなかった。メイダンは国際社会で強く非難されたが、万が一資源の輸出を止められでもするとさらに状況は悪化するため、実効力のある制裁などは課せられなかった――らしい。社会科の授業でそう教わった。

 と、いきなり難しい世界情勢の話から入ってしまった。順番が前後するけれど、僕たち四人は、レイさんの運転する車で、チトセシティの郊外、グリーンフォレストのアジトがあると思われる一帯に向かっている。理由はもちろん、前回と同じく偵察任務だ。
 ただし、この間の廃倉庫群の任務と違い、今回ははっきり場所がわかっていないため、まずはアジトの場所を探るところから始めなければならない。警察が動くと警戒されるし、軍を出すわけにもいかないので、ロザリー達アルビノの力を貸してほしい、というわけだ。
 グリーンフォレストの構成員には若者が多く、僕たちが潜入すれば、よりスムーズに情報が引き出せるかもしれない。ダイヤモンド侯爵はそう言ったが、決して簡単な任務ではないだろう。なのに、何故僕まで頭数に入れられているのかは相変わらず謎である。

 前回はロザリーの能力で姿を消しながら敵のアジトに潜入したけれど、今回は任務の性質上同じ手を使えない。そのため、僕たちは郊外の雰囲気に馴染めるよう、わざわざ妙な変装をしてここまでやって来たのだ。

 ロザリーは金髪のウィッグの上につばの広い黒いキャップを被り、デニムパンツにデニムジャケット、スニーカーという出で立ち。普段の赤いカラーコンタクトと違い、今日は目立たないライトブラウンのものを付けている。見慣れたドレス姿の方がずっと似合っているとは思うけれど、これはこれで、なかなか新鮮でいいな、と思った。

 ミヤビ様は、小麦色の肌にピンクの髪。いつもはおだんごヘアのミヤビ様だが、今日は高めのツインテールに結んでいる。へそ出しの白いタンクトップに、お尻が半分ぐらい見えてるんじゃないかと思うようなダメージホットパンツ。脚こそ黒いロングブーツを履いているけれど、体の表面積のうち隠れている部分のほうが少ないんじゃないだろうか。
 メイクもギャルっぽいし、いつものミヤビ様とはまるで別人。何もそこまで徹底的にやることないと思うんだけど。ていうか、季節はまだ思いっきり冬なのに、寒くないんだろうか? 目のやり場にも困るし。

 レイさんは髪色こそオレンジのままだけど、髪にハードなワックスをつけてハリネズミのようにツンツンに立てている。耳にピアスを下げ、大きく胸の開いた黒いシャツの上に黒いジャケットを羽織り、だぼっとした黒いワイドパンツで固めたその姿は、優男風のいつもの雰囲気とはガラリと変わり、まさにヤクザかヤンキーそのものといった感じだった。

 で、僕はというと。
 メンズファッションの店でミヤビ様の着せ替え人形になって小一時間試行錯誤したものの、何をどう着ても不良っぽい感じを出せず。苦肉の策として、とりあえず黒いジーンズと黒い革ジャンを着込んで、さらに真っ黒なデカいサングラスをかけることにした。
 僕の最終的なコーディネートが決まった時の、店員の笑いを噛み殺した顔が未だに忘れられない。その時はミヤビ様も既に今のギャルっぽいファッションになっていたから、店を出て二人で街中を歩いている間、すれ違う人々の視線が僕たちに集中した。
 恥ずかしかった。
 これ、もしかして、変装に凝り過ぎて却って目立ってしまうんじゃないだろうか?

 僕たちが乗っている車は、黒のセダンタイプだ。車体も大きめでごつごつしていて、なかなか威圧感のあるフォルム。もちろんレイさんの車ではなく、ダイヤモンド侯爵がどこからか用意してくれたものだ。高級感があると郊外では浮いてしまうからと、わざわざ傷や汚れまでつけられている。
 見るからに中古車。それも、かなり年季の入った車という感じ。もしかしたら本当にただの安い中古車かもしれないけれど。
 古ぼけた黒いセダンは、寂れた郊外の街並みに上手く溶け込んでいて、通行人とすれ違っても振り返られることは皆無だった。

 空は宵闇を越えて刻一刻と暗さを増している。
 かつて多くの人々が暮らしていた団地の高層マンションに、点々と明かりが灯り始めた。しかし、道路脇の街路灯はほとんど壊れていて、車道の見通しはあまり良くない。

「さて、そろそろかな」

 レイさんは、スマートフォンの地図アプリで現在地を確かめながら、車のヘッドライトをつける。
 目的地は、この付近にあるナイトクラブだ。公安警察の情報網では、住宅街のどこかにグリーンフォレストのアジトがあることはわかっているのだけれど、具体的な場所が掴めていない。ただ、この近辺にあるナイトクラブのうちいずれかが窓口となって、そこに集まる若者をグリーンフォレストに斡旋しているらしい。
 今回の任務の主な目的は、その窓口となっているナイトクラブを探し当てることであり、あわよくば、アジトの所在につながる情報を得ようというものだった。こういうの、スパイみたいな特別な訓練を受けた人がやったほうがいい気がするんだけど、本当に大丈夫なんだろうか……。
 容疑がかけられたナイトクラブは三軒あり、目的の情報を得るためには、一軒一軒回って探りを入れてみるしかない。

 数分後、車は暗い路地を抜けて、一軒のナイトクラブに辿り着いた。
 辺りの暗さに目が慣れてしまったせいか、極彩色のネオンがやけに眩しく、目が痛いほどだった

「ここが、この近辺では一番規模の大きいナイトクラブ、『スリープレスナイト』ね」

 ミヤビ様が、助手席から眩いネオンを見上げながら言った。このギャルっぽい格好をしながら真面目な口調で話されると、違和感がありすぎる。僕は思わず吹き出しそうになったけれど、この先の任務の難しさを想像して、気を引き締めた。
 店の前には、ガラの悪そうな男女がゲラゲラと大声で笑いながら屯している。ハンロ高校で言えば、ラニなんかは結構ラフなファッションをしている方だと思うけれど、やっぱり本場のヤンキーは違うな、という印象を受ける。チトセシティの中心部ではまず見かけることのない風体だ。
 『スリープレスナイト』は思ったより大きい建物で、クラブの脇には広い駐車場があり、既に十台以上の車が停まっていた。車を駐車場に停めると、ミヤビ様がバックミラー越しに僕たちを見る。

「聞き込みはあたしたちがするから、ロザリーは不機嫌そうにムスッとして、男に話しかけられてもひたすら無視しておいて。モーリスは……誰にも声かけられないだろうけど、とりあえずあんまりキョロキョロしたり挙動不審な行動をとらないように。じゃあ、行くよ」

 車を降りると、レイさんは眼つきを鋭くし、ワイドパンツのポケットに手を突っ込んで、肩をいからせて歩き始めた。ミヤビ様は仏頂面で――それはいつものことか――レイさんの腕にべったりと絡み付き、いかにも不良カップルみたいな雰囲気を醸し出しながらナイトクラブの入り口に近付いて行く。
 僕たちはどうだろう。二人とは同い年のはずなのに、僕とロザリーは、どうにも垢抜けない、場違いなカップルのように見えるはずだ。
 でも、あんまりキョドってはいけない。僕は反り返るぐらいに胸を張ってみた……いや、これで格好がつくなら苦労はないよなあ。
 すると、緊張を察したのか、並んで立っていたロザリーの小さく冷たい右手が、不意に僕の左手を包み込んだ。

「モーリス、落ち着いて。大丈夫。私があなたを守るから」
「ロザリー……」

 本来ならロザリーを守らなきゃいけないはずの僕が、ロザリーにこんなことを言わせてしまうなんて。我ながら情けない。
 僕はロザリーの手を強く握り返して、気合を入れた。

「ううん、君を守るのが僕の役目だよ。行こう、ロザリー!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

処理中です...