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第3話 勇者、出張旅費を申請する

〜4〜

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 排気ガスを派手にまき散らしながら横を通った車に、リリーナは身を竦ませてニーアの影に隠れる。
 日に焼けるとか、服が汚れるとか、最初は強がってブツブツ文句を言っていたが、魔法が全然使えない知らない街を歩いているうちに、空元気も無くなっていた。
 涙目で腕を引かれるままに歩いているリリーナを励ますように、ニーアは黒い煙の筋を残して駆け抜けて行った車を指差す。

「あれ、魔法で動いてるんですか?リリーナさんなら空中を移動できそうですね」

「ふん……馬の代わりにするくらいなら、移動魔法を使えばいいのに。レベルが低いのね」

「ガソリンで動かしてるんだろ」

 2人に押し出されて後ろで1人で歩いていた俺は、何となく孤立しているような気がして面白くない。小馬鹿にしたように呟いた俺に気付いて、リリーナは振り返って睨み付けてきた。

「何?ガソリンって何よ?」

「ガソリンっていうのは、石油だよ」

「……石油?」

 リリーナが首を傾げる。
 ニーアも足を止めてしまって、俺が教える空気になっているが、文系の俺に期待しないでほしい。吸うとラリるってことくらいしか知らない。
 しかし、俺の前世では日常的にあったものだ。勿論2人は俺の前世のことなど知らないが、何も答えられないのは恥ずかしい。養成学校で諸外国の政治経済を学んだ時に少しだけ勉強した気がするから、それと前世の記憶と合わせて何とか説明する。

 確か、微生物的なものが死んだのが、地面のいい感じのところに溜まって、黒くてドロドロした石油になる。それを何やかんやで精製するとガソリンになって、多分熱すると動力になるんだと思う。あと、舐めると苦い。

 小学校の理科のテストでも×になりそうな拙い説明だったが、何も知らないリリーナはそれで納得してくれた。

「そう。地面に埋まってる石油っていうのは、魔法で掘り出すの?」

「魔法が使えないから、手動で掘り出してるんだろ」

「ああ、そう。で、そのガソリンってのは、1回作ったらずっと使えるんでしょうね」

「使ったら無くなるし、地面から無くなったら終わりだ」

「……なんでそんなに面倒な物を使うのかしら」

 リリーナは黒い煙を吐き捨てて走って行く車を睨みつけて、白いワンピースの裾をばさばさと払った。
 俺とリリーナの話をぽかんとした顔で聞いていたニーアは、流れてきた市の放送に気付いて街灯についていた箱型のスピーカーを指差す。

「でも、通信機は魔法で動いてるんですよね?」

「これは、電気だ」

「電気?音を短縮してるんじゃないんですか?」

 根っからの文系のくせに、知ったかぶるんじゃなかったと俺は早速後悔する。電気なんて、フレミングの法則のポーズしか覚えていない。
 しかし、これも勇者養成校でA4プリント1枚で学んだ覚えがある。魔術は天井まである本棚何台分の書籍と、優秀な教師が寄ってたかって力付くで教えてくるのに、電気については「後で読んでおいてください」で終わった。

「空から落ちてくる雷。あれを使いやすくしたのが電気だ」

「雷を魔術で捕まえて、飼い慣らすんですか?」

「違う。ネイピアスは水力発電だから、大量の水を流した時の勢いで電気を起こすんだ」

「巨大な水槽を作るんですね?それなら私の魔法でもできそうです」

「魔法は使えないから、川を堰き止めたり、湖に穴をあけたりして水を流すんじゃないか?」

「湖に穴を?それは、魔法で?」

「人の手でだろ。魔法が使えないんだから」

「そんな面倒臭いことしなくても、魔法で音を短縮すればいいんじゃないですかね」

「だから、魔法が使えないんだ」

「うぅーん……」

 ニーアとリリーナは、何とも言えない顰め面で揃って首を傾げた。

 ニーアはホーリア育ちで生まれた時から魔法が使えるし、リリーナは天下のモべドス卒だ。魔法が無い生活が信じられないらしい。俺からしてみると、魔法がエネルギーのほぼ全てを賄っている方が、今でも夢のようだ。
 しかし、この世界では必ずしも魔法が必需品ではない。使える人間と比べて制限のある生活を強いられるのは間違いないが、トルプヴァールのように魔法無しで生活している人たちもいるし、広いヴィルドルク国内には魔法が使えない退魔の子が住む集落もある。
 ただ、もし魔法が使えなかったら、俺は勇者になれなかった。あのまま清貧が唯一の取り柄の孤児院で一生過ごす事になっていた。だから、使えた方が良いのは間違いない。

「やぁ、久しぶり」

 立ち止まって頭上にはてなマークを浮かべているニーアとリリーナを促して先を進もうとした時、俺の正面に黒いマント姿の男が立ち止まった。
 フードを深く被って顔を隠した怪しさ満点の男に、リリーナは叫び声を上げて帽子を深く被る。

「噂には聞いていたけれど、本当に街付になったんだな」

 ニーアは男からリリーナを庇うように前に飛び出して、腰の双剣に手を掛ける。
 流石、魔法剣士のニーアだ。有言実行でリリーナを守る姿に、小柄なはずのニーアの背中が大きく見える。
 惜しむらくは、小柄過ぎて俺が全然庇えてないことだ。こんな街中で勇者の剣を抜いたら目立つから絶対に嫌だ。自分の身は自分で守れと言うのなら、ニーアの双剣を一本貸してほしい。

「今は、ホーリアか。また大変な地域を担当してるな。アウビリスに期待されてるんじゃないか?」

 男が被っていたフードを下すと、柔らかそうな灰色の髪と狼のような金色の瞳が見えた。すらりと背が高くて優男風の振舞いが気に食わなかったが、人懐っこい笑顔で俺に片手を上げて挨拶してきた。

 しかし、顔を見たところで誰だか全然記憶にない。 

 ホーリア市民で俺に笑顔で話しかけてくる奴がいるとは思えないが、ニーアの知り合いの可能性もある。そう考えてニーアに聞こうとした時、男の顔を見て大きく息を飲んだニーアが叫び声を上げた。

「エ、エイリアス様!!!」

 街中に響き渡るくらいのニーアの叫び声に、街行く人は足を止めて何だ何だとニーアを迷惑そうに窺っている。この街に来てから2人が注目を集め過ぎていて、根が小市民の俺は恥ずかしい。

 リリーナはニーアの声に驚いて俺の後ろにすっかり姿を隠してしまった。リリーナにも一応「誰?」と尋ねてみたが、人見知り100%の反応からリリーナの知り合いではなさそうだ。
 顔を赤くしてぷるぷる震えているニーアに「誰?」と尋ねても、青年を凝視しているニーアは「嘘……無理……」と呟きながら瞳を潤ませていた。

「誰って。一緒に卒業した仲だろ。入学はホーリアの方が後だったけど」

 マントの男が言う事を信じるに、どうやら俺の勇者養成校の同級生らしい。
 そんな事を言われても、俺は全然覚えていないから一方的に親しそうなツラをされても何となくムカつく。そう思ってぼんやりしていると、ニーアが俺の胸倉を掴み上げてきた。
 リリーナにこういう扱いをされるのはもう慣れたが、ニーアにやられるのは初めてだ。

「勇者様!どうして今新進気鋭のフリーの勇者、エイリアス様を知らないんですか?!」

「俺、自分より成績下位の奴に興味無いから」

「な……!なんて失礼な事言うんですか!!ぶっ殺しますよ!!!」

 一応、俺はニーアの上司的なポジションのはずだが、ニーアの勇者オタクっぷりを舐めていた。
 そして、ニーアは両手に双剣を持ったままだ。双剣は小型で全長30センチほどとはいえ、俺の首を貫通するには充分な長さはある。有言実行のニーアに俺の首が切り落とされるかもしれない。

「そんな過激なこと言わないでさ。市庁舎に行くんだろう?案内するよ」

 エイリアスに言われて、ニーアは俺の服から手を離してようやく双剣を収めた。そして、エイリアスに鞄から出したブロマイドをそっと差し出す。ニーアの奇行に俺は目を疑ったが、エイリアスは慣れた様子でそれを受け取ると、マジックを出してすらすらとサインをした。
 勇者のブロマイド。噂には聞いていたが、本当に流通しているのか。そしてそれを、ニーアは持ち歩いているのか。
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