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第33話 勇者、学会に参加する

〜6〜

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 魔術で作り出した異空間とはいえ、怪我をした時の痛みや恐怖は本物だ。
 決着が付いて異空間から出た後、俺は火炎魔術を直撃したトラウマを忘れるべくカルムから貰ったハーブの煙草を吸いつつ、カルムから奪い取った酒を嗜んでいた。

「勇者様、本当にこれでいいんですか?」

 酒の匂いに敏感なニーアは、何故か俺と一緒に酒を飲んでいる。異空間の中で酔っても外に出ると酔いが覚めてしまうから、改めて飲み直しているらしい。

「勝ちは勝ち、だろう」

「でも、勇者様も絶対自分が負けたと思いましたよね」

 体育会系のニーアは勝負の結果に納得いかない様子だ。
 しかし、俺はそこまで正々堂々と勝負する気はないし、審判の判断に従おうと思う。だから、ニーアには答えずに賑わっているヨルガの方を眺めていた。

「手足が焼け落ちていたんだ!続けるのは不可能だ。当然僕の勝ちだろう」

 何度目かのヨルガの不服申立てに、カルムも飽きずに何度目かのスーパースローの映像を流す。
 闘技場で火炎魔術が発動した瞬間、ヨルガはその衝撃と煙を避けて数歩下がり、その時に片足が数センチ闘技場の外に出ていた。勝利を確信して無駄な怪我を避けようとして油断したのだろう。
 すでに火炎魔術は発動していて、その時点で俺は自分が負けたと思っていた。だから、これをもってヨルガを敗北とするのはやや言いがかりのような気もする。
 しかし、審判であるカルムを味方に付けたリリーナは全く引かなかった。虎の威を借りることに関して、リリーナの右に出るものはいない。

「負けは負けでしょ。油断したあんたが悪いのよ」

「リングベリーは黙っていろ。ちゃんと見ていたのか?火炎魔術が直撃しているだろう。3年前のロキヌム半島を全滅させたのと同じ構成式の術だぞ。貴様、どこの素人だ」

 素人扱いされて、カルムが少しだけムッとした表情になった。カルムは軍事火炎魔術に関しては本家本元のプロ中のプロだ。
 可哀想になったのか、リリーナはヨルガにカルムが誰なのかそっと耳打ちする。誰を相手にしているのか気付くと、ヨルガはすぐに静かになった。

「手足が吹き飛んでも、動かなければ死ぬならば動くだろう」

 カルムがトドメのように言うと、ヨルガは青い顔でこくこくと頷いた。
 俺も、勝たせてもらって文句を言うのもアレだが、そこまで本格的な判断基準を持って来られると若干引く。
 審判に何を言っても無駄だと理解したヨルガは、今度はリリーナに噛み付いていた。頑として自分の負けを認めようとしない自意識の高さは見習うものがある。

「どうして本物を連れてくるんだ!そういう流れじゃなかっただろう」

「仕方ないじゃない。審判を頼んだのはあんたでしょ。あんたが素人なのが悪いんじゃない」

「なッ、し、素人だと?!僕は国立研究所の研究員だぞ!」

「あたしなんて教授よ。つまり、あたしの方が上ね」

 リリーナに言われて、ヨルガは唇を震わせて言い返せずにいる。
 泣き出しそうなヨルガに同情しつつハーブを吸っていると、カルムが隣に来て同じように煙草に火を点けた。

「解読を始めるのが早い」

 煙のついでにカルムが呟いたのが、俺への評価だと気付く。
 厳格な審判のお陰で勝てたものの、実践だったら負けていた。有難いアドバイスだ。
 しかし、魔術を解読して解除するまで、術が発動するまでの僅かな時間しかない。俺は養成校の中でトップの成績だったから、解読に関してはその辺りの魔術師よりも早い自信がある。

「あれより解読を遅くしていたら解除が間に合わない」

「だから、解除が遅いんだ」

 つまり、術が発動する寸前まで粘ってから確実に解読をして、そこから最速で解除をしろということか。一発で死ぬような魔術が飛んで来るのに、そんなのんびり悠長なことが出来る程、俺の頭のネジは緩んでいない。
 プロのアドバイスは、一般人が聞いても役に立たないことが多い。俺は軍事魔術に関しては本物の素人だしこれから軍事魔術師に転向する予定もないし、礼だけ言ってカルムの言葉を忘れることにした。

「ロキヌム半島の全滅は、カルムさんがやったんですか?」

 酒が入って陽気なニーアに尋ねられて、カルムは曖昧に頷く。今まで担当した戦場が多過ぎて一件一件覚えてられないのだろう。
 しかし、何故かニーアは覚えているらしく、感心して頷いていた。

「勇者様、ロキヌム半島って養成校で行こうとして勇者様が止めた所ですよね」

「そうだったか?」

「ええ、授業で習いましたよ。あそこで進んでいたら勇者も生徒も全滅していたって」

 早く思い出さないとニーアが熱く語り出してしまうから、俺は海馬を絞り出して何とか思い出した。
 今は地図に無い亡国の戦争が泥沼化して、養成校の生徒が駆り出されて港の防衛が終わった後のことだ。
 港から更に前線に近付いたロキヌム半島は、軍の施設や武器庫が固まっている要だが、港の防衛以上の仕事は指示されていない。
 通信が妨害されてオグオンと連絡が取れないし、数人の勇者と生徒たちだけでそこまで防衛に向かうかどうか決めなくてはならなかった。
 半島を死守すれば大きく戦況が変わるし、成績アップや褒賞金の額も莫大な物になるだろうと行く方向に傾いていた。
 しかし俺は、仕事は言われた最低限のことしかやらない人間だから、早く戻ろうと言って撤退させたんだった。来週に迫った黒魔術史の試験勉強をしたかったせいもある。
 その直後、とある一人の軍事魔術師が半島ごと燃やし尽くして、施設や武器どころか人っ子一人草一本残らず、今も地面が燻っていると聞いている。

「あの魔術師、カルムだったのか」

「ああ」

「……」

「……」

 殺されかけた方と、殺しかけた方。
 それが判明した所で特に盛り上がるわけもなく、その節はどうもどうも、と無難な世間話の見本のように会話をぼやかしていると、リリーナに言い負かされたヨルガが会話に割り込んで来た。

「なるほどな。養成校に戦術に長けた炭火焼き鳥みたいな呼び名の勇者がいると聞いていたが、貴様だったのか」

「炭火焼き鳥……?」

「ヨルガさん、『戦火の風見鶏』です」

 真面目なニーアがヨルガに訂正していた。
 ここで下手にニーアの相手をしてしまうと、ニーアの勇者マニアの話が延々続いて日付が変わる前に終わるかどうか心配になるところだったが、ヨルガは「どちらでもいい!」とニーアを追い払った。

「つまり、この僕の相手として不足がないということか」

 ヨルガは涙の残る目をしながら、うんうん、と何か偉そうに頷く。
 そして、一人で納得すると、俺をビシリと指差した。
 
「わかった。ここは僕も手を抜かずに、全力で勝負に挑もうではないか」

 気取った言い方をしているが、今のは練習、ということで勝手に仕切り直しをしようとしている。
 さっきまで勇者ごとき、とか言っていたのに、随分態度を変えたものだ。

「勇者様、『勇者ごとき』って言ったのはヨルガさんじゃなくてリリーナさんですよ」

 真面目なニーアが教えてくれて、俺はさらにやる気が無くなった。
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