完璧からはほど遠い

橘しづき

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必要なもの

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 レンジで温めながら、ちょっと新婚ぽいかも、なんてにやにやしてしまう。だが温め終えた食事をお皿に移し替えようとして、戸棚には白いお皿一枚しかないことに気が付いた。そういえば、百均で買った一枚しか持ってないって言ってたっけ。

 仕方ないのでタッパーのまま持っていく。テーブルも届いてないので、二人で床に座り込んだ。パソコンを置いた成瀬さんも正座して手をあわせ、頂きますと挨拶している。

 その光景に、ついぶはっと噴き出してしまった。不思議そうに私を見てくる。

「いや、引っ越し初日でももう少しましな生活しますよね……!」

「そう? 俺毎日こうだから何も思わなかった」

「いえ、成瀬さんの家に来たなあ、って実感しました」

 コンディショナーもないし調理器具も食材も、お皿もテーブルもない。何これ、人間とは程遠い生活な気がするけど、なぜかわくわくして楽しかった。例えば子供の頃、家で食べるご飯より秘密基地で持ち寄ったお菓子を食べるときのような、そんな非日常感。

 二人で笑いながらご飯を頬張る。あっという間に食べ終え、一息ついた。カレーは見かけ以上に美味しかった、これは素直に認めることにしよう。高橋さん料理本当に上手いんだな。

 だが同時に、それだけ美味しくても成瀬さんは食べれなかった、という事実が嬉しかったのだ。もしかして、それを痛感したくて食べたのかも。性格悪いかな、私。

「さて、ベッド使っていいよ。明日は休みだしゆっくりしてね」

 再びソファに座り込んだ成瀬さんはパソコンを見ながらそんなことを言った。隣でそわそわしていた私はぎょっとして横を見る。慌てて聞いた。

「え、成瀬さんはまだ寝ないんですか?」

「うんちょっとやりたいことがあってね」

「私だけベッドお借りするんですか?」

「ちゃんと家事代行の人がシーツ洗ってくれてるよ」

 笑いながら言う彼に、そんなことを気にしてるんじゃない、と怒りたかった。だって、私の記憶が間違ってなければ今日告白してくれて、付き合おうってなって、初めてのお泊りですよね。キスだって結局未遂で終わっちゃって、なのに別々に寝る、ってこと?

 モヤモヤしてその場から動かない。成瀬さんは涼しい顔をしてパソコンを覗き込んでいたが、少ししてようやく私に気が付いたらしい。不思議そうに首を傾げた。

「どうした?」

「いえ、なんといいますか」

「一人で寝るの寂しい?」

 揶揄うようにそう言ってきた彼だが、図星なので何も言い返せない。私はうっと答えに詰まり、しおしおと小さくなりながら、呟いた。

「……はい、寂しい、です」

 恥ずかしさで爆発しそうだったが、正直に伝えた。だってあんまりだ、せめてもう少し恋人っぽいことがないものか。これじゃあ本当に宿泊しにきただけになってしまう。

 いやそれともあれか? あの成瀬さんだから、一般的なイチャイチャは期待できないのだろうか!? それよりも寝ていたいです、とか? 睡眠第一なのか。頭がぐるぐると混乱する。

 私の返答を聞いて、次に言葉を詰まらせたのは成瀬さんの方だった。彼は持っていたパソコンをそっと隣に置き、私に向き直る。そして一度咳ばらいをすると、やや困ったように言った。

「もしかして何か勘違いしてる? なんていうか、俺はちょっと色々考えておきたいことがあるのと、今日はとりあえずゆっくりしようかなって」

「は、はあ」

「俺まだ風呂も入ってないからさ。やること終わったら風呂入って寝るよ」

「成瀬さんも寝室に来ますか?」

「い、いや、それはちょっと」

 何で困った顔してるんだろう。付き合ってるのに彼はソファで寝るつもりらしい。私は口を尖らせる。

「また風邪ひきますよ……私が急に来たのが悪いんですから、私がこっちに」

「いやいや女の子でしょ。それに寝室はシングルで二人じゃ狭いから。
 ……っていうのは言い訳で!」

 痺れを切らしたように成瀬さんが頭を掻いた。そして眉を下げる。

「佐伯さんが隣にいたら、俺ちゃんと寝られる自信ないよ。同じ部屋にいるだけで襲いそうになったって言ったでしょ」

「襲っちゃダメなんですか?」

「……惑わしてくれるね」

 そう言った成瀬さんは少し声を小さくさせた。そして諦めた、とばかりに小さく息を吐き、苦笑しながらいう。

「俺言ったことあるでしょ。ずっと女っ気なかったわけ」

「はい」

「まさかここにきて彼女が出来るなんて思ってなかったわけ」

「はい」

「ないんだよ、大事な道具が」

 そこまで言われた瞬間、私はやっと彼が何を言いたのか悟った。同時に、顔を真っ赤に染め上げる。沸騰しそうなぐらい、顔が熱くなった。

 成瀬さんはそんな私を見て笑いながら、再びパソコンを手に取る。

「急だったしね。途中で止められる自信は全くないので、今日は申し訳ないけどこのまま寝ましょう」

 そう言われ、私は勢いよく立ち上がった。恥ずかしいのと、でもどこか嬉しい気持ちでごっちゃになりながら、私は深々と頭を下げた。

「おやすみなさいませ!」

「おやすみ、また明日ね」

 ひらひらと手を振った成瀬さんに背を向け、私は寝室へ移動した。これ以上恥をかくのはごめんだ、あまりちゃんと考えていなかったのは私の方だった。

 慌てて寝室の扉を閉め、振り返ってベッドを見た。ほかに何も物がない閑散とした部屋だ。以前熱を出した成瀬さんをここで看病して以来、あまり入ることはなかった。

 朝抜けてきたであろうそのままの形で、布団が捲れていた。それがやけに自分の心をくすぐった。一度深呼吸をしてから、ベッドに体を乗せ布団に包まる。ふわっと成瀬さんの香りがして、こんなんじゃ私も眠れるわけない、と思った。

 あの成瀬さんと、両想いだった。

 信じられないけど多分、夢じゃない。

 幸せすぎて、もう何も考えられなかった。色々悲しいことも悔しいこともあったけど、全て吹っ飛ばせる、この布団にはそんな威力があるのだ。





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