藍沢響は笑わない

橘しづき

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変な声出た

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「え、あ、えっと、……あ、エレベーター?」

 思い返してみる。昨日エレベーターで、血まみれの男の人に反応して開けるボタンを押してしまった。あれで気づかれたのだろうか。

「うん、あれが決定的だったかな。それ以外も、時々廊下にいる人たちを、君だけは必ず避けて歩いていた。今日の女性も」

「と、言うことはですよ、先生も視えるんですね!?」

 声が弾んでしまった。まさか自分以外に視える人と出会う日が来るなんて、想像もしていなかったのだ。

 辛い気持ち、やるせない気持ち。視えない両親たちにいくら話しても、どうしても理解しきれないだろう。自分と同じものが視える人と話せたら、と憧れていた。

 もしかして、先生もだろうか。だから今日わざわざ呼び出してくれた? 同じ能力を持つ仲間として、私と話をしたいと思ってくれたのだろうか。

 目を輝かせて先生を見るが、彼はやはりこちらを見なかった。そして無表情のまま淡々という。

「俺は君と馴れあうつもりはない」

「…………へ?」

「この仕事をしていて、相手に話しかけたことは? 身元を調べたり、能力について誰かに話したことは?」

「いや、一度もないですけど。ああいうのは、なるべく見えないふりをするのが一番かなあ、って。この力も、家族しか知りません」

 私が答えると、一つだけ頷いた。

「そう、それならいい。正しいやり方をわきまえてる。
 言う通り、見えない振りが一番だ。決して相手に関わったりしないように。絶対に、仕事仲間にも視えるなんて言わないように」

「は、はい」

「それだけ。家まで送る」

 目をちかちかさせてしまった。わざわざ呼び出しておいて、たったこれだけとは。話を聞くに、私と仲良くしたり語ったりということは全くしないつもりらしい。

「えっと、先生それを言いたいがために呼び出したんですか」

「そうだけど」

「どうしてわざわざそんな忠告を?」

「この仕事をしてるとどうしても霊には会うし、それがもしよく受け持ってた人の姿とでもなれば変な同情心を抱いて関わろうとする。そうなると本来の業務に支障をきたすことがある。だから言った」

 小さく首を傾げる。分からなくもない理由だけど、イマイチ釈然としない。看護の業務が疎かになるほど霊に肩入れするなんて、ありえないと思うのだが。

 だが、これ以上聞いても答えてもらえないだろうと分かっていた。私は納得したふりをして、前を向く。

「分かりました。ご忠告ありがとうございます。元々祓うとかそういう能力もないから、無視するのが基本です。ご心配なく」

「ならいい。家はどこ」

「あ、えっとあっちの」

 言いかけたとき、ふと視界に入った先生の肩に、白い糸くずが付いているのが見えた。深く考えることなく、私はその肩に手を伸ばした。

「先生、肩にゴミが」

「ひょっっ!!」

 突然、そんな奇声が聞こえた。そして私の手を避けるように、彼は運転席の窓に体を押し付けた。驚きで手を止める。

 変な声がした。でも、先生じゃないよね? だって先生が、あの藍沢先生が、ひょっなんて言うわけないもん。そうだよね。

 心の中で言い聞かせながら、先生の顔を見る。彼は目を見開き、眉間に皺を寄せ、それはそれは凄い形相でこちらを見ていた。

「……あ、えっと、すみません。ゴミを取ろうとしただけなんです。どうも……」

 しおしおと小さくなり手を引いた。あんな汚いものから逃げるみたいにされるなんて、さすがに傷つく。私はよっぽど嫌われているらしい。

 だが、彼は咳ばらいをして姿勢を正した。そして、申し訳なさそうに視線を落とす。

「気を悪くしたらごめん。君に対してだけこうってわけじゃない」

「え?」

「急だったから驚いて」

 そんなふうに弱弱しく言う先生を初めて見て、冷静になった。そして、脳裏に今までのことが思い浮かぶ。

 女性に興味ない素振り。助手席に座ろうとしたときの顔。触れそうになった時の驚き方……。

「もしかして、女性が苦手だったりしますか?」

 単刀直入に尋ねた。答えなかった。ただ、困ったように頭を掻いていて、それが何よりの肯定だと分かった。

 自分で言ってみたものの驚きだった。だって、医者でこれだけ顔もスタイルもいい先生が女嫌い? しかもあの反応を見るに、相当のレベルだと言える。唖然として隣を見つめるしかできない。
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