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水無月
第十九話
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一人暮らし用の部屋は、スペースが限られている。それでも、ラグにクッションを敷き、ソファの座面を背凭れにすれば、リビングスペースも立派なダイニングに成り代わる。
「お待たせしました」
森岡が有り合わせの材料で作ってくれたのは、炒飯だった。男は得意気に微笑むと、ローテーブルに2つの皿を置いて、俺の隣に腰を下ろした。テーブルが小さいためか、肘同士がぶつかる程に男との距離が近くて、少し落ち着かない。
「いただきます」
隣から、ぐぅと腹が鳴る音がして、顔を見合わせて笑い合う。森岡特製の炒飯は、冷凍してあった米飯に玉子と焼き鳥の缶詰を使っているらしく、シンプルだが、しっかりと甘辛い味がついていた。美味い、というわけではなかったが、空の腹を満たすには十分だ。
ブーンブーンと、テーブルの上にあるスマホが震えた。森岡はスプーンを置くと、スマホを手に取り、指を滑らせる。それから、溜め息を吐くと、立ち上がった。
「ちょっと、電話しますね」
「お構い無く」
森岡はスマホを持って、そそくさとキッチンスペースに身を寄せる。仕方なく、テレビのワイドショーをぼんやりと眺めながら、スプーンを口に運んだ。
聞くつもりはなくとも、「人が来てる」「同僚だから」というような単語に、佐倉真人が話題になっていることを感じ取ってしまう。
「ご馳走さま」
食べ終わってしまえば、手持ち無沙汰となって、意味もなくソファに座り直した。背凭れに背中を預ければ、適度な疲労感と、満腹感と、優しい雨音に、徐々に瞼が重くなる。
「雨、止まないなぁ」
「んー、そうですね」
独り言を拾われて、顔をあげれば通話を終えた森岡が食卓に戻ってくるところであった。男はクッションに腰を下ろすと、食べかけの炒飯を口に運ぶ。形のいい後頭部を見つめながら、話題を探す。
「そういえば、こっちで『いい人』は見つかったのか?」
「……うーん、それなりに?」
森岡の視線はテーブルに置いたスマホに向けられる。電話の相手は「それなり」の相手だったようだ。
「森岡くんは、モテそうだよな」
「まあ、そうですね」
さらりと肯定する男に面喰らう。
「……あはは、言わなきゃよかった」
男の肘を、膝で軽く小突いた。
「でも、佐倉さんみたいに、長く続いたことはありませんよ」
森岡は残った炒飯を食べながら、淡々と応えた。そういえば、俺の話は聞いてもらっていたが、森岡の話は聞いていなかったことに気がついた。
「やっぱり、すぐに飽きるのか?」
「……というより、俺は、面倒なのは好きじゃないので、うすーく、ゆるーく付き合うぐらいで丁度いいのかなって。だから、相手も似たようなやつが寄ってくるのかもしれませんね」
「そっか」
面倒というのは、俺みたいなタイプのことを指しているのだろう。
「あ、今、俺のこと、可哀想なやつって思いました?」
こちらに振り返った顔は、自嘲気味に口角を持ち上げている。
「そんなことないよ」
俺は、他人の恋愛観に口出しできるような人間ではない。自分が男しか愛せない人間だと気づいた時から、拭えない諦観のようなものが纏わり付いている。だから、森岡の恋愛観は、すんなりと腑に落ちた。
それに、俺には、貴俊にも打ち明けたことのない過去だってあるのだ。でも、森岡になら、同類の彼になら、打ち明けても、いいだろうか。
「ちょっと、一服しますね」
炒飯を食べ終えた男は、煙草を咥える仕草をみせた。
「タバコ吸うんだ?」
「たまに、」
森岡は立ち上がって、ベッドサイドから煙草の箱とライターを取り出すと、ベランダの窓を開いた。冷たい風が、部屋の中に吹き抜ける。
男はベランダに出ると、気だるげに紫煙をくゆらせた。いつの間にか雨足は緩み、雲の切れ間からは太陽の光が差し込んでいる。
「虹、かかってますよ」
森岡は、こちらに振り返り、無邪気に笑う。彼に顎で合図され、誘われるままにベランダに出る。男は、煙草の先で虹を指し示した。
「本当だ。綺麗だな」
七色の虹は、直ぐにでも消えそうな程に薄いものだった。雨上がりの空気は清々しく、公園の木々は嬉しそうに葉を伸ばしていた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
雨が止んだのなら、これ以上、この部屋に留まっている理由もなくなった。ぐっと伸びをして、リビングに足を向ける。
「佐倉さん」
名を呼ばれて振り返る。
「また、いつでも来てくださいね」
「ああ、ありがとう」
社交辞令を口にした男の微笑みは、どことなく寂しげで、胸がざわついた。
森岡の背中には、薄い虹がかかっていた。
「お待たせしました」
森岡が有り合わせの材料で作ってくれたのは、炒飯だった。男は得意気に微笑むと、ローテーブルに2つの皿を置いて、俺の隣に腰を下ろした。テーブルが小さいためか、肘同士がぶつかる程に男との距離が近くて、少し落ち着かない。
「いただきます」
隣から、ぐぅと腹が鳴る音がして、顔を見合わせて笑い合う。森岡特製の炒飯は、冷凍してあった米飯に玉子と焼き鳥の缶詰を使っているらしく、シンプルだが、しっかりと甘辛い味がついていた。美味い、というわけではなかったが、空の腹を満たすには十分だ。
ブーンブーンと、テーブルの上にあるスマホが震えた。森岡はスプーンを置くと、スマホを手に取り、指を滑らせる。それから、溜め息を吐くと、立ち上がった。
「ちょっと、電話しますね」
「お構い無く」
森岡はスマホを持って、そそくさとキッチンスペースに身を寄せる。仕方なく、テレビのワイドショーをぼんやりと眺めながら、スプーンを口に運んだ。
聞くつもりはなくとも、「人が来てる」「同僚だから」というような単語に、佐倉真人が話題になっていることを感じ取ってしまう。
「ご馳走さま」
食べ終わってしまえば、手持ち無沙汰となって、意味もなくソファに座り直した。背凭れに背中を預ければ、適度な疲労感と、満腹感と、優しい雨音に、徐々に瞼が重くなる。
「雨、止まないなぁ」
「んー、そうですね」
独り言を拾われて、顔をあげれば通話を終えた森岡が食卓に戻ってくるところであった。男はクッションに腰を下ろすと、食べかけの炒飯を口に運ぶ。形のいい後頭部を見つめながら、話題を探す。
「そういえば、こっちで『いい人』は見つかったのか?」
「……うーん、それなりに?」
森岡の視線はテーブルに置いたスマホに向けられる。電話の相手は「それなり」の相手だったようだ。
「森岡くんは、モテそうだよな」
「まあ、そうですね」
さらりと肯定する男に面喰らう。
「……あはは、言わなきゃよかった」
男の肘を、膝で軽く小突いた。
「でも、佐倉さんみたいに、長く続いたことはありませんよ」
森岡は残った炒飯を食べながら、淡々と応えた。そういえば、俺の話は聞いてもらっていたが、森岡の話は聞いていなかったことに気がついた。
「やっぱり、すぐに飽きるのか?」
「……というより、俺は、面倒なのは好きじゃないので、うすーく、ゆるーく付き合うぐらいで丁度いいのかなって。だから、相手も似たようなやつが寄ってくるのかもしれませんね」
「そっか」
面倒というのは、俺みたいなタイプのことを指しているのだろう。
「あ、今、俺のこと、可哀想なやつって思いました?」
こちらに振り返った顔は、自嘲気味に口角を持ち上げている。
「そんなことないよ」
俺は、他人の恋愛観に口出しできるような人間ではない。自分が男しか愛せない人間だと気づいた時から、拭えない諦観のようなものが纏わり付いている。だから、森岡の恋愛観は、すんなりと腑に落ちた。
それに、俺には、貴俊にも打ち明けたことのない過去だってあるのだ。でも、森岡になら、同類の彼になら、打ち明けても、いいだろうか。
「ちょっと、一服しますね」
炒飯を食べ終えた男は、煙草を咥える仕草をみせた。
「タバコ吸うんだ?」
「たまに、」
森岡は立ち上がって、ベッドサイドから煙草の箱とライターを取り出すと、ベランダの窓を開いた。冷たい風が、部屋の中に吹き抜ける。
男はベランダに出ると、気だるげに紫煙をくゆらせた。いつの間にか雨足は緩み、雲の切れ間からは太陽の光が差し込んでいる。
「虹、かかってますよ」
森岡は、こちらに振り返り、無邪気に笑う。彼に顎で合図され、誘われるままにベランダに出る。男は、煙草の先で虹を指し示した。
「本当だ。綺麗だな」
七色の虹は、直ぐにでも消えそうな程に薄いものだった。雨上がりの空気は清々しく、公園の木々は嬉しそうに葉を伸ばしていた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
雨が止んだのなら、これ以上、この部屋に留まっている理由もなくなった。ぐっと伸びをして、リビングに足を向ける。
「佐倉さん」
名を呼ばれて振り返る。
「また、いつでも来てくださいね」
「ああ、ありがとう」
社交辞令を口にした男の微笑みは、どことなく寂しげで、胸がざわついた。
森岡の背中には、薄い虹がかかっていた。
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