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幼馴染だったみたいです。

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 公爵令嬢としての完全武装をして使者のいる部屋の扉の前に立つ。深呼吸を一つ。
 
 ――――大丈夫。私にはモフモフがついている!

 ベルン公爵の、もふっとした手触り、最近どんどん良くなってきた毛並みを想像する。
 出会った時は、艶をなくしていた毛並み。毎日丁寧にお手入れをした結果、今では私の髪の毛よりも艶があるくらいだ。

 それに、ベルン公爵があつらえてくれた隙のない上品なドレス……。令嬢としての擬態は完璧だ。

 ――――うん。勇気が沸いてきた。

 そして、セバスチャンにうなずいてドアを開けてもらうと、まず初めにその鮮やかな赤い髪が目に飛び込んできた。

「アルト様……」

 そこにいたのは、王立学園卒業後ストレートで王立騎士団に入団を決めた幼馴染のレイウィル伯爵家長男アルト様だった。もちろん、攻略対象として乙女ゲームにも登場する。

 断罪の日、お兄様や王太子殿下とともに私に断罪を言い渡したアルト様。

 王太子殿下に関しては、婚約者として育んできた仲も、ヒロインの登場とともに冷え切ってしまっていたので諦めもついた。

 でも、ずっと友情をはぐくんでいたはずの幼馴染が断罪をする側にいるのを見た時には、さすがにセリーヌもショックが大きかったようだ。記憶を思い出すだけで、ズキリと胸が痛む。

 赤い髪の毛と、対比するような黒い瞳。快活で、正義感の強い自慢の幼馴染だった。
 私は、公爵令嬢としてできる限り美しい礼をして、アルト様に微笑みかける。

「――――セリーヌ」

 幼馴染は、いつも理不尽なことを耐える時にするように、一度だけ歯を食いしばるとかつてのように私の名を呼んだ。

「お久しぶりです。アルト様……本日はどのようなご用件でしょうか」

 王太子殿下に言われて来たのだろう。王太子の近衛騎士としても熱望されたが、まだ未熟だからと王立騎士団に最年少で入団したと聞いている。

 優秀だとは思っていたけど、こうして聞くと本当にすごい人を幼馴染にしていたのね。

 その時すごい勢いで立ち上がったアルト様が、私の目の前に膝をついて頭を下げた。

 ――――あれぇ? この構図、なんだか既視感があるのですが?

「――――もうアルトとは呼んでもらえないのかな」

「えっ? あの……」

「いや、ごめん。……とにかくセリーヌに会ってみろと、セルゲイ殿がしつこく言ってきた意味がようやく分かった。どうして俺はセリーヌと一緒に過ごしてきた日々を忘れてしまっていたんだろう……」

 お兄様……。お兄様がアルト様に声をかけてくれたのね。

 たしかに、正義感の強いアルト様が、あんな風にたった一人の令嬢をよりにもよって卒業式の席で、しかも複数人で断罪するなんて考えにくい。

 自分の立場を顧みずに止めに入ったという方がよっぽど納得できる。それくらい幼馴染のこと信じていたし知っていたつもりだった。

「アルト様……」

 セリーヌにとって、幼馴染のアルト様がとても大事な存在ということが良く分かる。セルゲイお兄様より、子どものころからずっと多くの時間を一緒に過ごしてきたのだから。

「――――言い訳をしても仕方がないな。どんな理由があったとしても、大切な人を自ら手放したのだから」

「あの……今日は、お兄様に言われていらしたのですか」

「セルゲイ殿に言われたというのもありますが、用事もあったのですよ。これを渡すように、王太子殿下から……」

 差し出されたのは王太子を示す封蝋がされた一通の封筒だった。
 この封筒をここにくる前にセリーヌは、何度も見てきた。受け取ろうとした手が思わず震えてしまう。

 卒業式の時、王太子の台詞が聞けなくて残念なんて思えたのは、まだこの世界が確かに現実だという実感がなくて、大事な人もいなかった時の話なのだから。

「招待状……ですか」

「――――これは、見なかったことにした方が良い」

「アルト様……?」

「大丈夫。殿下には俺の方から上手く言うから。だから……」

 自分の立場も顧みず、私のことを気遣ってくれる幼馴染は、以前と全く変わらなかった。

 その気持ちに胸が暖かくなる。それでも、私は参加しないという選択肢を選ぶ気にはなれなかった。
 だって、断ってしまったら、ベルン公爵にどんな迷惑をかけてしまうかわからない。それなら、私一人が断罪でも何でも受けた方がましだ。

「セリーヌ?!」

 私は、覚悟を決めると少し乱暴に封筒を開いた。
 封筒の中には、予想通り金色の縁取りがされた一通の招待状が収められていた。

 そして、そこにはなぜか私の名前ではなく、ベルン・フェンディス公爵とその婚約者セリーヌの名が記されていた。

 招待状はエルディオ王太子殿下とヒロインであるアイリの婚約式の参加を求めるものだった。

「分かりました。ベルン様はあいにく体調不良により参加できませんが、私は参加すると返事を書きます」

「まさか一人で参加する気か? ……それならせめて俺が……」

「――――俺も参加すると伝えてもらえるか」

 振り返ると、ベルン公爵が少し不機嫌そうに腕を組んで立っていた。
 一瞬だけ息をのんだアルト様が、目上の者に対する礼をする。

「……俺の姿を見て動じないとは。さすが王立騎士団最年少騎士というだけあるな。……セリーヌの幼馴染と聞いている。ベルン・フェンディスだ。王太子殿下には、長い間挨拶をすることもなかった非礼を詫びるとともに、参加の意思を伝えてもらえるだろうか」

「――――かしこまりました。それでは本日はこれで失礼いたします。それではセリーヌ様……またお会いできる日を楽しみにしています」

「……アルト様」

 どうして幼馴染は、ベルン公爵を前にしてそんなことを言うのだろう。
 それにベルン公爵も、参加するなんて無謀すぎるとは思わないのだろうか。

「ベルン様……本当に行く気なのですか」

 私は、そっとベルン公爵を見上げる。その顔は、何かを覚悟したようにも、何かを思案しているようにも感じられた。

「セリーヌこそ、罠の可能性が高いのに行こうなんて本気なのか?」

 ほんの少し笑ったような気配がして「危険だとわかっていてセリーヌを一人で行かせるなんてできない。それに、俺はまだ譲る気がない」と怒ったような諦めたような低い声が響いた。
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