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前言撤回します。
しおりを挟む久しぶりに目にしたモフモフにそっと触れ、毛足の長いぬいぐるみみたいなふわふわに体を沈めていく。フカフカでモフモフの触感。毛先がうなじに、頬に触れてくすぐったいけれど……。
こんなに素敵なのに、呪いのはずもない。守ってくれると言ったその言葉は、きっとベルン公爵を危険な場所へ誘ってしまう。一緒に戦おうって心に決めたはずなのに、その決心が早々に崩れて行ってしまうのを感じた。
「――――やっぱり前言撤回してもいいですか」
「覚悟を決めていたのに」
「……いいじゃないですか。一緒に逃げましょう」
逃げるは恥とか言うけれど、私は逃げても構わない。
たぶん、この姿のまま逃げてしまえば、こっちのものだ。
もう、乙女ゲームにも、ヒロインにも関わるのは終わりにして。
戦う力が足りないなら、逃げてしまえばいい。
「このまま、遠くに行きましょう。湖の近くに別荘があるって言ってましたよね? まずはそこで二人だけの結婚式をしましょう?」
「抗うのが難しいくらいに、魅力的な誘惑をしてくる……」
「いいじゃないですか……。こんな風に運命から逃げようとする私は嫌いですか?」
「どんなセリーヌでも、好きだ」
このまま、離れたくない。きっと、この選択肢を選ぶことが出来るのは、今しかない。
その結果として、何が起こるのかは誰にもわからないのだとしても。
フワフワの毛で覆われた手が、私のうなじをそっと撫でる。このまま、どこまでも逃げてしまうのが一番いいに違いない。どんどんその思いが大きくなってくる。
「……今すぐ私と結婚してくれませんか?」
「――――そうか、それも……」
ベルン公爵の言葉は、緊急の来客を告げるベルの音で中断されてしまった。
あと少しで、言質が取れたのに……。ベルン公爵を幸せで優しい世界に閉じ込めてしまえたのに。
「――――セバスチャン。来客は誰だ」
「レイウィル伯爵家のアルト様です」
「アルト殿が……? 緊急の知らせまで使うとは、穏やかではないな」
幼馴染のアルト様は、騎士としての礼儀を重んじる方だ。こんな風に、先ぶれもなく訪れるなんて、よっぽど火急の用事に違いない。
まっすぐ前を向くことを否定する悪役令嬢に相応しい私の誘惑に、色よい返事をくれそうだったベルン公爵。でも、今はもう次に打つ手を考えている時の真剣な瞳に変わってしまっていた。
――――運命の歯車が、再び廻りはじめてしまった。
たぶん、もう後戻りはできない……。少しだけ、覚悟するのが遅すぎたのかもしれない。
私は、離れてしまったベルン公爵の背中を慌てて追いかけた。
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