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悪役令嬢の運命が変わった日 1
しおりを挟む王宮を出るまで、レザール様は表情を緩めることはなかった。
それでも、私の手は強く握られたままだ。
そのまま、馬車に乗り込んで、強く緊張していたことをようやく自覚する。
「――――レザール様」
「申し訳ありませんでした」
「え?」
巻き込んでしまったことを謝るのは、私の方なのに……。
なぜか、私に目を合わせることもなく謝罪してきたレザール様を見つめる。
「……あなたの意思を確認することもなく、婚姻を願ったことをお詫びします」
「そういえば、そうですね」
「え……?」
悪役令嬢としての追放先である“北の地”という言葉が出てきたせいで動揺してしまった。
再婚よりも、北の地をレザール様が与えられたことの方が重要に思えてしまった。
(だって……。まだ、レザール様に言えていない)
私に、ここではない世界の記憶があることを知っていたのは、この世界にただ一人しかいない。
その人は、もういない……。
「レザール様……。私、変わったと思いませんか?」
「どうしたんですか、急に……」
この世界が、乙女ゲームの世界だって、レザール様に話すのは怖い。
幼い頃から、公爵家令嬢フィアーナを好きだったのだとしたら、今の私はレザール様が好きだったフィアーナだといえないかもしれないから……。
でも、真実を伝えないままに、再婚なんて出来るはずがない。
唇をかみしめた私の頬をレザール様の手が包み込む。
少しだけ眉を寄せた顔。それすら、とても美しくて……。
「唇が傷つきますよ?」
頬に触れたままの手。その親指が唇をなぞる。
触れられた場所に熱が集まって、知らずに力が抜けていく。
「あの……。私が変わった、ということについてですが」
「フィアーナは、なにひとつ変わらないですよ。今のあなたこそが、俺の知っているフィアーナです」
「それはいったい……」
「……話したいことがあるのでしょう? あなたが教えてくれることなら、全て知りたい」
そう言ってレザール様は、私を安心させるみたいに笑った。
その笑顔は、ほんの少し幼くて、閉ざされてしまった記憶の扉を開くみたいだ。
(そういえば、レザール様と初めて出会ったのは、いつだったのかしら……)
レザール様と私は、年の差4歳だ。
初めて会ったのは、王太子殿下の婚約者になったお披露目の席だったと思うけれど、それより前にも会ったことがあるような……。
(ううん。今はそれよりも)
私は、自分の記憶について話す覚悟を決める。
自分を偽ったまま、家族になるなんて、私には出来ない。
「――――信じられないと思いますが、私には、ここではない世界の記憶があるんです。フィアーナではない違う人間として生きていた記憶が」
その言葉を継げた途端、満開の薔薇が咲き誇ったみたいにレザール様は笑った。
笑顔の意味が分からなくて、戸惑っているうちにレザール様が告げたのは信じられないひと言だった。
「やっと話してくれましたね。……知っていましたよ?」
「…………は?」
「あなたは、覚えていなくても、あの日のことは忘れられない思い出ですから」
それは、私とレザール様が初めて出会った日。
乙女ゲームのシナリオが、方向を変えた日のことだった。
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