この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

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混沌と商機と白いドレス

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 ***

 良くも悪くも、商人である。

 それがガストという男だ。
 主に商売を続けている辺境伯領は、良質な絹が産出され、隣国の影響を受けた工業製品も質がよく、隣国の製品を手に入れるルートもある。

 父の代から、商会として出入りしているミンティア辺境伯家、そして辺境伯領は王国全体に商売と同時に情報網を広げようとするガストにとって、便利な商売相手だった。

 あと数年すれば、王都に戻って商会をさらに拡大させる。
 それが、ガストの描く未来予想図だった。

『……悪いけれど、全て換金して。貴方の言い値でいいわ。それと、金貨は使いにくいからいらないわ。全て銀貨で』

 それは、ガストの目の前にいる、辺境伯令嬢ルナシェの言葉だ。
 ルナシェが幼い頃より、ドレスを用立ててきたガスト。
 しかし、ルナシェに対しての印象は、己の役割に忠実なお姫様。ただそれだけだった。

 相手のいない婚約式ですら、毅然とした態度で己の役目を全うしていたルナシェ。
 しかしガストは、尊敬こそすれ、興味を持ってはいなかった。
 それなのに、あの日のルナシェの言葉に、ガストは強く興味を持ってしまった。

 激戦の地に行こうなどと、命が惜しくないのかと尋ねれば、惜しいからこそ婚約者に会いに行くと言う。差し出してきた宝石は、どう考えても普通の宝石の価値とは比べようもないのに、銀貨しかいらないと言う。

 思わず、銀貨を渡して、一緒に砦まで行くことを提案していた。

 純粋な興味と香ってくる今まで感じたことがないほどの商機。
 それが、ガストをあのとき突き動かした。

 目の前のルナシェは、王都の流行とは違ったデザインのドレスを華麗に着こなしている。
 スカートの後ろ側にボリュームを持たせ、少しだけ大人びたドレスは、少女から大人へと姿を変えるルナシェの姿を、妖艶なほど美しく際立たせている。

 間違いなく、今夜の夜会の視線は、このドレスとルナシェに集中するであろうし、この後の社交界シーズンでは、このデザインのドレスがあふれかえるに違いない。

 ガストの情報網は、すでに王国全土に広がっている。
 だからこそ、今回の夜会でシェンディア侯爵夫人を牽制しておくことが必要であることも理解している。
 王国の剣シェンディア侯爵家と、王国の盾ミンティア辺境伯家。
 ベリアスとルナシェを取り囲む状況は、シェンディア侯爵家の後継者争い、王族や隣国の思惑、そして高位貴族、本人達が気づく気づかないに関わらず複雑で先が見えない。

 しかし、そういった場所にこそ、大きな商機は転がっているものだ。

 それに、深窓の令嬢のはずのルナシェは、なぜか自身の立場の危うさを正確に捉えているところがある。それでいて、元々の性格なのか、その行動は時に大胆で想定外だ。

「中立を貫きながら、生きていくのが商人だと思っていたのですがね……」

 首をかしげているガストのことを、不思議そうに見つめていたルナシェは、微笑んだ。

「どうしたの、急に……。確かに商人というのは、損得を元に生きているって以前言っていたものね」
「そんなこと、姫様に言ったことがありましたか?」
「…………言ってなかったかしら?」

 ――――その言葉は、ガストにとって真実だ。

 けれど、その言葉をガストがルナシェに伝えたことはなかったように思われる。
 時々ルナシェは、言っていないはずの言葉を、まるで聞いてきたかのように言うことがある。

(大変。この言葉は、やり直す前にガストから聞いたのだったわ)

 そんなルナシェの内心と、事情をガストが知るよしはないが、何かがあったことだけはすでに察しているに違いない。

 糸目で見つめられると、腹の中を探られているようだと、ルナシェは曖昧に微笑んだ。

 謎が多い東方出身の、グレイン。出自が不明であることを除けば、護衛としても執事としても優秀だ。そんな彼も、興味を持つルナシェという人間。
 騎士団長ベリアス・シェンディアが溺愛する婚約者。ミンティア辺境伯家のたった一人の令嬢。

「――――続編などいかがでしょう?」
「え、何の話?」

 商売抜きでも、今回の劇はよくできていた。

 なぜか、この劇の台本を贈ったところ、ベリアスから贈られた鍵を手中に、ガストは思う。
 ルナシェから、今回の出来事を劇として上映できないかと提案されたときには驚いたが、結果は大成功だ。

 二人の関係が良好であると知らしめただけでなく、王都を守護すると同時に冷酷だという評価が強かった、第一騎士団長ベリアス・シェンディアの印象を大きく変えたことに、ルナシェは気がついているのだろうか。

 そして、以前と違って表舞台に出て、慈善事業を惜しみなく行い、流行の最先端になりつつあるルナシェ。劇の中のヒロインとしての偶像とともに、その立ち位置は、すでに大きく変化した。

「…………続編といえば、もちろん今回の演劇の続編ですよ」
「――――もう。だって、あまりにも恥ずかしい台詞ばかりなのだもの。ベリアス様と私の関係が、完全に誤解されてしまうわ」
「誤解されるも何も、真実ではないですか。お二人はもう少し素直に思いを伝えた方がいいのでは?」
「…………そうね。後悔するよりは」

 ルナシェの瑠璃色の美しい瞳が、どこか遠くを見つめる。
 まるで、戦場から帰った騎士のような、深淵を見つめる瞳。そんな顔をルナシェがするのを、ガストはもう何度見ただろうか。

「それでは、決定ですね?」
「――――でも、恥ずかしいから、やっぱり台詞は控えめでお願い」

 その提案だけは、残念ながら聞くことができない。
 観衆が求めているのは、甘く切ない二人の物語なのだから。

 混沌とした辺境伯家を取り巻く状況。

 ルナシェに肩入れし、絆されてしまったガストは、商人としては失格なのかもしれない。
 けれど、予想していた未来を塗り替えていくルナシェの行く末を近くで見てみたいとガストは思うのだった。

 首をかしげたガストを、ルナシェが不思議そうに見つめている。

「さあ、ミンティア辺境伯令息もお待ちですよ? 今夜の夜会でも、しっかりこのドレスをアピールしてきてください」
「そうね。さ、今度こそ行きましょうか」

 黒い髪と瞳のグレインは、当然のようにルナシェの背後につき従い、歩んでいく。
 ガストの脳裏に浮かぶ未来には、白いドレスを着て笑うルナシェがいた。

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