この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

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社交界の星

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 社交界で、ベリアスの義母、フィアット・シェンディア侯爵夫人を知らない人間はいない。
 シェンディア侯爵家が持つ、広大な領地には、宝石や金が算出される鉱山があり、王都から各地をつなぐ街道が走っている。

 ベリアスの母は、公爵家の令嬢だった。
 だから、もちろんフィアットが、ベリアスと同い年の子どもを連れてすぐにシェンディア侯爵家に後妻として入ったとき、周囲からの反発も強かった。

(でも、本当に美しい人)

 ルナシェはこの年になっても損なわれないフィアットの美貌を見つめた。
 社交界の中心は、いつもフィアット・シェンディアのものだった。
 流行のドレスも、美しい宝石も、贅をこらしたきらびやかな催しも、すべてはフィアット・シェンディアが、その中心だった。

 けれど、フィアットの目の前に立つルナシェは、フィアットの着ているものとは明らかにデザインの違うドレスを身につけている。
 ドレスを飾る装飾は、本当の宝石でできているし、なにより瞳と完全に色調をそろえたネックレスとイヤリングが、ルナシェの美しさをより際立たせていた。

 金の髪を高く結い上げ、青い瞳をしたフィアットが太陽に愛されているのだとすれば、一見はかなげに見える白銀の髪に瑠璃色の瞳をしたルナシェは月に愛されているようだった。

「それにしても、慣例によれば婚約式の日には、シェンディア侯爵家にいらっしゃるはずでしたのに、初対面がこの場所になるなんて……」
「――――それは」

 やはり、そのことについてルナシェを責めるのが今回の夜会招待の目的なのだろう。
 常識のない、田舎貴族だと、社交界の一部では噂になっていることをルナシェはもちろん知っている。

「…………我が辺境伯家が、シェンディア侯爵家と縁をつなぐ必要はないのですよ、夫人」
「――――な、なにを」
「我が妹を婚約させたのは、ベリアス殿がシェンディア侯爵家の人間だからではありません。王国の剣、第一騎士団長ベリアス・シェンディアだからです」
「………………アベル・ミンティア辺境伯令息?」

 その瞬間、アベルの瑠璃色の瞳に、小さな星が瞬いたのを見たのは、恐らく目の前にいるシェンディア侯爵夫人だけだっただろう。

「――――シェンディア侯爵夫人? 勘違いされているようだが、私たちミンティア辺境伯家が膝をつくのは、国王陛下の前だけです」

 その言葉は、この国におけるミンティア辺境伯家の絶対的な立ち位置を意味している。
 自治権が認められているミンティア辺境伯家だけは、国王へ忠誠を捧げていても、ほかの貴族との上下関係というものがない。

 アベルは国王陛下の前では膝をつくと言ったが、単家で国王に反旗を翻すことができるのも、ミンティア辺境伯家だけなのだ。

 ルナシェが社交界から距離を置いていたのも、そういった複雑な事情からだったのだが……。

(でも、このままではいけないわ)

「――――お義母様」
「…………ルナシェさん」
「とても、とても、お会いしたかったですわ。でも、婚約者のベリアス様に恋い焦がれるあまり、ご挨拶が遅くなったことお詫びいたします」

 ふわり、と周囲の空気が変わってしまうような、白銀の雪を溶かすようなルナシェの微笑み。
 けれど、瑠璃色の瞳の中には、やはり小さく金の星が瞬いている。

「それでは、またお会いできるのを楽しみにしております。結婚式には、是非参列してくださいませ?」

 優雅に礼をして去って行くルナシェ。

(あら……。結局、ドレスのアピールも、どこかのご令嬢と仲良くなるのも、失敗してしまったようだわ? ベリアス様、ガスト、ごめんなさい……)

 ルナシェは知らない。
 今までフィアットを中心に回っていた社交界の流行が、すでに変わりつつあるという印象を、周囲が受けたことも。
 この後起こる、前回の人生にはなかった出来事の数々も。

 また一つ、運命は形を変えた。
 人間にその結末を知る力なんて、もちろんないのだとしても。

            
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