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第2章

魔王と悪役令嬢の弟

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 魔王城と呼ばれる、荘厳な城。
 そこは、黒と金色を中心に装飾された、魔王の城にふさわしい外観と内装をしている。

「色合いは確かにそれっぽいけど、全てが超一流だな」

 つぶやいた人間は、私と同じ薄紫の髪の毛と、兄と同じダークブルーの瞳をしていた。

「……それに、働いている人間は、多種族。差別されることもなく、同等に働いている。……それにしても」

 もっと、侵入者に対して、抵抗を見せるのかと思ったのに、なぜかルシードの髪の毛を食い入るように見ては、大事な客人でも来ているかのように深くお辞儀をしてくる。

「戦う気満々だったから、不完全燃焼な上に、気味が悪い」
「そうか? では、戦いの場を提供しようか」

 真後ろを取られるまで、気配がなかったことに、ルシードは戦慄した。
 ルシードは、常時周囲を警戒しながら生きている。
 中、遠距離であれば、ルシードは誰にも後れを取らないだろう。だが、至近距離まで寄られてしまうと、魔法陣を編む時間が必要な魔術師は、実力の半分も出すことが出来ない。

 まだ、王立学園に在学中であるがゆえに、本格的な前線は免除されているが、それでもルシードは王国最高峰の魔術師だ。学生でありながら、精鋭ぞろいの王立魔術師団にも所属している。
 今まで、こんな風に、背後を取られることなんて……。

 その瞬間、ルシードの脳裏に兄二人と、姉の守護騎士の姿が浮かぶ。

 ――――幼い頃から、彼らにはかなわなかった。遠距離から戦闘が開始するハンデがあれば、ルシードが一番強いかもしれないが……。いや、守護騎士にだけは叶わないだろう。
 つまり、ルシードは、まだまだ修行中の身ということだ。

「――――ガルシア国王陛下」

 それに、ルシードの後ろにいる人間、ジークハルト・ガルシア国王陛下には、敵意のかけらもない。

「おや、後ろに目でもついているのかな? 振り返りもせずに言い当てるなんて」

 たぶん、この城で一番強い、いやガルシア国で一番強い人間だ。魔王に決まっているだろう。
 舌打ちしたい気持ちを抑え込み、ルシードは振り返ると、膝をついた。

「リリーナ・ルンベルグの弟。ルシードと申します」
「へぇ。家名ではなく、リリーナの弟としてあいさつするのか。賢明だな。――――それであれば、友人として歓迎せざるを得ない。立ち上がってくれ」

 葡萄色の瞳がまず一番初めに目についた。
 リリーナとまるっきり同じ色合いだ。
 ルンベルグ家の四人の中で、唯一違う色合いを持つリリーナ。
 瞳の色は、血統を表す場合が多い。だが、どこから来た色なのか、ルシードは知らされていなかった。

「俺の目が気になるようだな? その、髪の色は受け継がれていたのか……。弟君にも」
「髪の色……? 何のことだ」
「ここで話すような内容でもない。ついてきてくれるか?」

 罠の可能性が高い。常識的な部分が、そんな警鐘を鳴らす。それと同時に、絶対的強者であるガルシア国王がそんなことはしないという確信。
 それに、本拠地に入り込んでおいて、あまりに今更だ。

「喜んで、お誘いを受けさせていただきます」
「素のままでいい、友人としての招待だ」

 だが、この後ルシードが、聞いてしまった話は、私に関係することなのだった。
 魔王からの誘いを聞いてしまった人間は、必ず選択を迫られる。
 だって、それは人生の岐路なのだから。

 私の知らない間に、また一人、大事な人は他を投げ捨てて、私を選んでしまった。
 そのことを、当の本人である私は、知りもしない。

「――――姉さんを選ぶに決まっている」
「そうか、では、私と手を組むということで」
「気に入らないが、そうなるな」
「では、ルシード殿は、明日からガルシア魔術師団に所属していただこう」
「は? なんで」


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 妙に疲れた様子で、弟のルシードが帰宅した。
 何かを倒しに行っていたはずなのに、ディオス様とバラバラに帰って来た。

「――――明日から、この国の魔術師団所属になったから」
「は? なんで」

 姉と弟は、まったく同じ返しをしたのだが、そのことを私は知る由もない。
 ルンベルグ家の人間が、二人、そして私の守護騎士であり、ベールンシア王族でもあるディオス様が、ガルシア国にいる。その余波が、私の大事なルンベルグ辺境伯家を巻き込み、王国と魔王の国の均衡を、三百年ぶりに崩してしまうことを私は知らない。

 それでも、もう取り返しがつかないほど、乙女ゲームからシナリオは改変され、本当の物語が始まろうとしているのだった。
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