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第2章
口元の花びらのかけら
しおりを挟む着替えさせてもらったワンピースは、浅瀬の海の色のグラデーション。
膝下丈で、軽く膨らんだ裾のシンプルなワンピース。最近、この国では、この色が流行っているらしい。
「早くっ、早く行きましょう? ディオス様」
「その前に、色だけは変えておきましょう」
「え?」
ディオス様が不思議な七色の粉を私に振りかける。腰まで伸びた淡い紫色の髪は、一瞬にして亜麻色になった。手渡された眼鏡をかければ、葡萄色の瞳は、二人の兄様、そして弟とお揃いのダークブルーになった。
「わぁっ!」
ディオス様に手を引かれて街に繰り出せば、そこはファンタジー世界だった。
もちろん、ミミルーとの出会い、精霊たち、実在する魔法、ファンタジーだなぁ、と思っていた。
でも、次元が違う。
王都のメインストリートは、猫耳犬耳もふもふであふれかえっている。服装も、現代日本がミックスされているようなベールンシア王国に比べて、ファンタジー要素が強い。
握りしめられた、ディオス様の手は温かい。
私は、幸せをかみしめていた。
「あれは?」
「ああ、仙人桃の樹液を固めたものを煮て、回復薬の材料になる木の実や花を浮かべたものですね」
「仙人桃って、超高級品の……」
どうして、そんなものが街中に普通に売っているのだろうか。
「――――ベールンシアでは、珍しくても、仙人桃ならそこらにたくさん生えていますから」
「あ……」
仙人桃が高い理由は、国境を越えないとなぜか生えていないからだ。
魔王領からの、密輸品、あるいは危険を冒して取りに行かない限り手に入らない。
――――私が熱を出すと。兄弟たちとディオス様が、大騒ぎして、なぜか煮詰めた樹液を飲ませてくれた。
今に思えば、どうやって手に入れてきたのか、鳥肌が立つ。
「は、そういえば、リリーナが熱を出した時には、国境すれすれまで、四人で取りに行きました。ルシードが結界を少しだけ壊して、俺たちが手を伸ばして。懐かしいですね……」
だから、聞きたくなった。
ディオス様は、懐かしい思い出のように、簡単に笑いながら話すけれど。
――――そう、笑いながら、ディオス様は、仙人桃の樹液に色とりどりの木の実や、かわいらしいエディブルフラワーが浮かんだ飲み物を購入して、一口飲んだ。
「毒は入っていないようですね……。どうぞ」
「――――え? 毒?」
こんな街中で、毒を入れてくる人間なんて、いないに違いない。
これは、ただの間接キスというのではないだろうか。
からかわれているのかと、一瞬思ったけれど、ディオス様は極真面目な顔をして、首をかしげる。
……望まれない王族として育ったディオス様は、子どもの頃から、そんな思いをしてきたのだろうか。あるいは、私たちから離れた、三年前から今まで。
辺境伯領は、王都から遠く離れ、私は周囲に守られて育った。
王都の学園は、厳重な警備体制だった。第三王子殿下と、学友でもあったから、私たちの学園の警備は、なおさら厳しかっただろう。
平和な世界に生きていた私は、ディオス様のいる世界に気が付かないまま、ただ甘えていた。
「いただきます」
毒見のつもりで、他意がないディオス様に対して、失礼だったと反省しつつ飲む。
甘いシロップで味付けされていた琥珀色のトロトロしたそれは、ほんの少しほろ苦い。
「――――ふふ、間接キスだって、気が付いていましたか?」
「はぇ⁈」
「口に、花びらのかけらが、くっついていますよ」
ディオス様が、私の唇から、白い花びらのかけらをつまみ取り、ぺろりと食べてしまったのを、スローモーション再生を見ているように見つめた。
そのあと、頬に急激に熱が集まってきたのを感じて、私は両方の手のひらで、頬を隠した。
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