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第2章

将軍と部下 1

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 熱くなった頬を、誤魔化そうと、私は視線を遠くに向ける。
 視線の先には、そこだけがキラキラと魔法が掛かったように輝いている一角があった。

「あっ、あれは?」
「……魔石で作ったアクセサリーを売っている、露店のようですね。見てみましょうか?」

 露店なんて、まるでお祭りのよう。
 陽射しにきらめく魔石は、お店の中で見るよりも百倍魅力的だ。

「……これ、ディオス様の瞳の色をしています」

 小さな魔石のかけらに彩られた、ネックレス。
 妙に魔石の質が高いような気がするけれど、露店だからそんなはずないよね?
 
「……リリーナは、相変わらず、俺を喜ばせるのが上手いですね」
「え?」

 見上げたディオス様が、笑っている。幼い頃、二人だけで、庭の中に隠された、私たちだけの秘密の場所にいたときみたいに。

「それなら俺は、この葡萄色の魔石が付いたカフスを」

 ディオス様こそ、私のことを喜ばせるのが上手だと思う。

「お目が高い、そのカフスは、我らが国王陛下の瞳の色で一番人気です」

 あっ、私ではなくて、そういう……。
 私の視線に気がついたのか、「リリーナ?」と、ディオス様が、微笑む。これは、怒っている時の微笑み。

「……ところで、いつまでそのフードをかぶっているつもりだ、メイラー」
「さすが、将軍。完璧な、変装だと思ったのですが」
「――――知り合いに、本物にしか見えないほど、幻影魔法が得意な人間がいるからな」

 私と同じ色の髪をした人物が目に浮かぶ。たぶん、私が想像した人のことだろう。
 弟には、子ども時代から、何度騙されたことか。

「……ほかの、隊員もいるのか」
「こんな面白いもの見ないわけ……。は! 周囲の警戒に当たっておりました」

 フードを取り払えば、メイラーと呼ばれたその人の顔は、右目の下の一部分が、鱗でおおわれていた。もしかすると、竜の血が混ざっているのかもしれない。
 黄色味の強い緑の瞳は、切れ長で、グレージュの髪は少し癖がある。ディオス様と並んでいても引けを取らない、いやむしろ並んでいて欲しいレベルの美男子だ。
 
 ――――ベールンシア王国には、ほとんどいない竜人。
 力も魔力も強い彼らは、どこまでも残虐で、魔王軍にいて、王国軍を長い間苦しめてきたと、ベールンシアでは習った。

 でも、そんな情報と、目の前にいるメイラー様は、一致しない。
 力や魔力が強いのは事実なのだろうけれど……。
 メイラー様は、優雅な礼をしつつも、私のことを興味深そうに見つめる。

「――――ご挨拶が遅れたことを、お許しください。ガルシア国軍、副将軍ジェイル・メイヤーと申します。単独行動をしてしまう、困ったお方の片腕をしております。そのネックレスと、カフスは俺たちからの贈り物です。最高級の魔石を使っていますから、魔法も込められます」

 困ったお方とは、私の隣にいる、自己犠牲精神の強いお方のことだろうか。
 ちらりと、見上げれば、珍しいことにディオス様が、不機嫌さをむき出しにしていた。

「ありがとうございます……。あの、私は……」

 名乗ろうとしたけれど、なんて名乗ったらいいのだろう。
 いくら何でも、ルンベルグ辺境伯家は、この国だって名が知れている。
 ディオス様のお立場を考えれば……。

「――――リリーナ・ルンベルグ辺境伯令嬢と、お見受けいたします。そもそも、我らが将軍は、ルンベルグの姫のために、命と剣を捧げているというのは、仲間内であまりに有名な話ですから」
「――――へぁ」

 おかしな音が、口から零れ落ちる。

「――――先ほどから、黙っていれば、その減らず口のついた頭、よほど胴体と永遠に別れたいらしいな?」

 ディオス様の雰囲気が、ルンベルグ特別強化訓練中の、それになった。
 いつも穏やかに、丁寧な言葉を崩さないで、ニコニコしているディオス様は、訓練の時だけは、「生き残りたいなら、死ぬ気でやれ」と容赦ない。
 まあ、いくら頑張っても体力がつかない私にだけは、気の毒そうな瞳を向けつつ優しかったけれど。それの優しさは、逆にツラい。

「おぉ……。訓練以外で、そんな将軍の素顔に出会えるとは……。光栄です」

 メイヤー様、そろそろ限界です。やめましょう?
 たぶん、今日まで一緒に働いてきているのだ。
 ディオス様の限界に関しては、把握しているに違いないけれど……。
 スレスレを攻めている気がする、この人。

 それでも、三年間ディオス様の近くに、こんな人がいてくれたことに、私は心から安堵したのだった。
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