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第2章
将軍と部下 2
しおりを挟む「ああ、そうそう。いま、ガルシア軍は、楽しいことになっているぞ? 姫様も、ご覧になりたいですよね?」
「え、姫?」
確かに、ルンベルグ辺境伯領は、昔々一つの国だった。その名残で、私のことを今も姫様と呼ぶ人たちはいる。でも、どうしてガルシア国の副将軍様まで、私のことを姫様なんて。
「その髪色と、瞳……。うまく隠しておられますが、確かにあなた様は、我らが姫様です」
「……ジェイル」
「ああ、伝えてないのですか。どうかご容赦ください」
一瞬、ディオス様から殺気が漏れ出たような気がした。それにしても、我らが姫様、とは?
口の端が上がって、誰が見てもほほ笑んでいるように見えるディオス様の横顔。
でも、そこからは、今は話すつもりがないとでもいうような、決意が感じられてしまった。
「……まあ、とにかく来てください。きっと、姫様はご覧になりたいと思います。どうですか?」
そこまで言われると、見たいです。
でも、ディオス様は、乗り気ではないみたいだから……。
そうよね、諦めた方が良さそうね。
「そんなに、全身で行きたいと表現しなくたって……。分かりました、私はリリーナの願いはかなえることにしているので」
「あの、無理にとは……」
「さっきから、そわそわと体が動いてしまっています。落胆した顔なんて、見たくない」
チラリとジェイル様を見れば、満面の笑みだった。
竜人が、どこまでも残虐だなんて、誰が言ったのかしら。
「――――さ、行きましょう。ガルシア国軍練武場に」
ガルシア国軍の、練武場。え、そんな場所へ、私なんかを誘ってもいいのかしら?
今度は、ディオス様を見上げると、どこか吹っ切れた様子で爽やかに笑いかけられる。
「まあ、俺も気になっていたので……。行きましょう」
差し伸べられた手は、王城に行った時とは違い、しっかりと握りしめられる。
街歩きの延長線上のような雰囲気に、高まっていた緊張感が、ほんの少しだけ薄らぐ。
「それから、アベル」
「あっ……れえ。やっぱりばれていましたか。完全に気配を消していたつもりだったのですが」
急に背後から声がして、ビクッと肩を揺らすと、私を隠すみたいに、ディオス様が私の肩を引き寄せる。違う意味で、今度も肩がビクッと揺れてしまった。
「アベルに至っては、屋敷を出た直後からうろうろと……」
「は! 周囲を警戒しておりました!」
「――――そうですか」
え、お屋敷を出た時から、ずっとついてきていたのこの人⁈
まったく気が付かなかったと、黒い軍服を身に着けた、どこか存在感の薄いその人を見つめる。
なぜなのか分からないけれど、顔が認識できないようだ。魔法なのだろうか。前髪を伸ばしているせいだろうか。
そんなことを思っていたら、いたずら好きな精霊がアベル様の顔を照らす。その瞬間、はっきりと見えた顔は、焦茶色の髪と瞳をした、可愛らしい系のご尊顔だった。この顔が見えないのは、もったいない……。
おお、と妙に感動した私の周りをクルクルと飛び回って、精霊は消えていく。
「え? 信じるのですか?」
「……実際に、不測の事態が起こったときには、アベルは俺たちを守るために、戦ったでしょうから」
「っ……ディオス将軍!」
アベル様から、トゥンク……。という効果音が聞こえた気がした。
なんとなく、普段からのアベル様とのやり取りが透けて見えたようで、意味もなく頬が緩む。
「――――さて、そういう理由で許しているうちに、お前も練武場に戻れ、アベル」
「は! 全力で戻ります!」
こんな瞬間だけ、本当にディオス様は、ガルシア軍の将軍になったのだなぁ、と実感する。
最近のディオス様は、悲観的言動が多い以外、私の守護騎士をしてくれていたときと、まったく変わらないように思ってしまっていたから。
些細な変化に、時の流れを感じて、小さく胸が痛んだ。
それにしても、肩を寄せられたあと、離れるタイミングが分からなくなってしまった。
ディオス様との距離が近い。周囲の人たちが、振り返っていく。バサリと、頭から、ディオス様のマントが掛けられて、その上、横抱きにされる。
「っ……ディオス様⁈」
「――――申し訳ありません、練武場に入るまで、このままでお願いします」
「ど、どうして急に」
「あなたを見る、周囲の視線に、そろそろ耐え切れなくなりました」
よくわからない。よくわからない理屈だ。
気にしないようにしていたけれど、ディオス様なんて、すれ違った女性たちが、全員荷物を手から取り落として、ポーッとそのご尊顔を見つめていましたよ? 自覚ないのですか?
私は、特徴的な髪の毛と瞳の色以外はそこまで目立つ容姿ではない。
つまり、魔法の粉とメガネで色まで一般的になってしまった、私はもはやモブ。
信じられないほど美しい男性の隣に、なぜかモブがいることへの疑問からの視線だったに相違ない。
「――――自覚がないのが困ります」
マントにくるまれてしまった私には、ディオス様の吐息とともに発せられた言葉は聞こえないのだった。
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