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訪れる時と禁書 3
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「ここ、どこ?」
先ほどまで、確かにルンベルグ辺境伯邸の図書室にいたはずなのに、私はいつのまにか広い広い野原の真ん中に立っていた。
その時、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねるスライムが、私の前を通り過ぎていく。
「マティ様?」
けれど小さなスライムは、紫色をしていない。その体は、どこにでもいるような水色だ。
それでも、半ば確信を持って私は、そのスライムを追いかけていく。
「あれれ、珍しいね? 人間の女の子だ」
「迷い込んだのかな。あの小さな魔物でも追いかけてきたんだろうか」
可愛らしい声がする。
声の主を、私はよく知っている。
「でも、この人間。いい匂いがするね」
「本当。この髪の毛と瞳から魔力が溢れている」
……美味しそうだ、という不穏な言葉が聞こえた。
まあ、普段からあのキラキラした精霊たちは、声が聞こえないだけで、そんなことを言っているのかもしれないけれど。
「マティ様……。見失ってしまった」
いつのまにか、野原ではなく深い森の中に入ってきてしまったようだ。
完全に迷子だ。そもそも、野原にいた時から、どこにいるのかわからなかったのに。
「ん?」
そこには、ディオス様が立っていた。
振り返ったディオス様は、少し目を見開いた後、ためらいなく駆けてきて私のことを抱きしめる。
「探していた」
「――――え?」
いったいどういいうことだろう。
私は、どうしてここにいるんだろう。
「もう、逃がさない」
「――――え?」
「……ベールンシアなど、見限ってしまえばいい。いいえ、あなたの愛する人間の住む、ここルンベルグは守りましょう。国境線を変えるんだ。そうでなければ、あなたはまた」
この人はいったい誰なのだろう。
確かに、ディオス様の姿かたちをしているのに。
「許さない……、俺の姫を殺したベールンシア。もう、二度と渡したりしない」
「ディオス様?」
「あ…………。リリーナ?」
その瞬間、ディオス様は、ようやく私を真っすぐに見つめた。
視線が交差して、ようやくディオス様が元に戻ったらしいことを理解した私が、安堵の息を吐いた瞬間、元の図書館に私たちは立っていた。
皆、黙ったまま動けない。
「ディオス様……?」
ディオス様の様子がおかしかったことと、マティ様っぽいスライムがいた以外、残念ながら収穫はなかったのに。
けれど、ディオス様は、口元を押さえている。
私と見たものが違うのだろうか?
あれ。シェアザード兄様まで、蒼白になっていますが、大丈夫でしょうか?
「ディオス」
「はい……」
「俺は、ガルシア国王陛下に忠誠を誓う」
「俺はすでに誓っていますが」
その瞬間、シェアザード兄様が、ディオス様の胸倉をつかんだ。
「知っていたのか?!」
「――――ガルシア国王と一騎打ちした時に聞きました」
「なぜ、言わなかった!」
「――――それが、俺が魔王軍に入団するための誓約でしたので。それに、ガランド殿は知っていたはず。ルンベルグ辺境伯家の嫡子だけが知ることが出来る情報がありますから」
しばらくそのままにらみ合う二人を止めようとした瞬間、シェアザード兄様はため息とともに、ディオス様を離した。
「そうか……。分かった。どちらか選ぶのが、このルンベルグの宿命ということだな?」
「――――何も選ばないという選択もありますよ」
「ひどい冗談だ」
一人だけ話についていけない私は、首をかしげるのだった。
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