夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第2章

秘密の恋人

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「どうか今一度お力をお貸しください!!」
「は!?」

 詰め寄った私を前に、ランディス子爵令嬢は金色の目を見開いた。

 私たち二人は思いを伝え合い、本当の夫婦になったはずだ。だが、私たち夫婦は付き合いたての恋人のように距離感を測りきれずにいる。

 お茶会はアシェル様も見に来てくださる予定だ。アシェル様色のドレスを着こなして驚かせたい。

「招待状も送らせていただいたはずです」
「……確かに届いたけれど、フィリア様が開催するお茶会は子爵令嬢程度が参加して良いものじゃないわ」
「……」
「な、なによ!! そんな顔してもだめなものはだめなんだから!」

 縋るような顔になってしまっていたかもしれない。センスが良くてなんだかんだ言っても面倒見が良いランディス子爵令嬢のことはつい頼りにしてしまう。

「おや、お久しぶりです。ベルアメール夫人」

 そのとき、後ろから声がかけられた。

「ジョルシュ様! どうしてこちらに!?」

 突如かけられた声に驚いて振り返ると、そこには宰相補佐のジョルシュ様がいた。
 このお店はドレス専門店で、紳士服の取り扱いはない。
 だから、男性一人で来るとは考えにくい。誰かの付き添いだろうか。

 癖が強いアッシュグレーの前髪に隠されたジョルシュ様の瞳がチラリと見えた。

(アシェル様より少し薄いけれど緑色!)

 ランディス子爵令嬢と私が出会ったのは、グリーン系統のドレス売り場の前だ。

「あっ!? 緑の瞳のパートナー!!」
「か、勘違いしないでよね!? ジョルシュ様と私は!!」
「おや、俺たちは恋人ということになっているはずなのに、冷たいですね」

 ジョルシュ様がランディス子爵令嬢の細い腰をグイッと抱き寄せた。

 なぜランディス子爵令嬢が夜会いつも緑色のドレスを着ているのかという疑問も氷解していく。

 そう、ジョルシュ様はアシェル様の補佐という高い地位にいるけれど平民なのだ。
 恐らく身分の障害もあって常日頃は一緒にいないけれど、二人は恋人同士だったのだ。

「待ちなさいよ! ジョルシュと私の関係は!」
「呼び捨てするような仲……」

 そのとき、ジョルシュ様がランディス子爵令嬢の耳元に唇を近づけてなにかをささやいた。ランディス子爵令嬢の眉根がこれでもかというほど寄った。

「……そう、俺たちは恋人同士です」
「……うぐぐ、そうよ」
「なんでそんなに悔しそうなんですか。もう少し恋人らしくしてください」
「うるさい!」

 貴族と平民の結婚がないわけではないが障害が多い。現在二人は周囲に秘めた仲というわけだ。
 ランディス子爵令嬢の真っ赤な頬は、言葉と裏腹に彼女の心中を雄弁に物語っているようだ。

「……なるほど」
「何がなるほどなのよ」
「お二人のことアシェル様も全力で応援してくださると思います。――では、失礼いたします」

 私は挨拶をするやいなや、招待状をもう一通作成するため踵を返して走り出した。

「あのね、私たちの関係はあなたが思っているようなものじゃなくて、あくまでお互いの利害が一致した契約だけの……あっ、なぜもういないのよ!!」

 遠くからランディス子爵令嬢の声が聞こえた気がしたけれど、走り出した私の耳には届かないのだった。
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