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精霊の愛し子 ※ジェラルド視点

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 ──その出会いは、偶然か、それとも精霊のいたずらか。……やはり精霊のいたずらに違いない。犯人は、私の横にいる。

 先日、兄がようやく即位した。
 王位継承争いに巻き込まれることを望まなかったこともあり、この年になるまで、婚約者も持たずにいた私は、ようやく訪れた自由に少しだけ浮かれていた。

 のんびり過ごすのにちょうどいい、人目につかない王宮の端にある木陰。
 王位継承争いのあとは、恐らく婚約者を決めるため、忙しい日々が訪れるだろう。

 それに加えて、隣国との国境線はきな臭く、この国で一番強い精霊の加護を受けている私は、いつまた戦いに駆り出されるかわからなかった。

「おい、ルルード?」

 そのとき、姿をあらわにしたまま隣にいた風の精霊ルルードが、何かを見つけて駆け出した。
 精霊全般に言えることだが、ルルードは警戒心が強く、普段は姿を隠しているし、滅多なことでは私のそばを離れない。

 珍しいこともあるものだ、と思いながら、空を眺める。ほどなく、ルルードは帰ってきた。
 そして、私のマントを咥えて強く引く。

「本当に、どうしたんだ?」

 不思議に思いながらも、導かれるままに足を運ぶ。そこには、美しいエメラルドのような瞳に涙をためた少女がいた。

 白い肌に宝石のような瞳。その幼い少女は、可憐で精霊のようだった。

「──どうしたの、お嬢さん」
「……え?」

 普段であれば、私が他人に近づくのを好まないルルード。しかし、姿を隠して私のそばにいるルルードは、少女に敵意を向けていない。
 その事実から、その良くある色合いの少女の正体に気が付く。

「あの……。私」

 怒られるとでも思ったのだろうか、少し震えながら見上げた少女は、愛らしく庇護欲をそそる。
 キラキラ光る大粒の涙がポロリとこぼれ落ちた。

 甥である王太子フェンディルは、わがままに育ってしまった。もしかしたら、心ないことでも言われたのかもしれない。
 少しばかり胸を痛めながら、思い当たったその名を呼ぶ。

「────ステラ・キラリス伯爵令嬢だね」
「どうして私の名前をご存じなのですか?」

 その言葉の直後、私の正体に思い当たったのだろう。ステラ嬢は目を見開いた。

「ジェラルド・ラーベル王弟殿下……」

 幼いのに賢いな、と感心していると、ステラ嬢は淑女たちを見慣れている私でも驚くほど美しい礼を披露してみせた。

 先ほどまで泣いていた幼い姿が浮かぶ。少しだけ気の毒になって、甘やかしてみたくなる。

「……ステラ嬢。美しい礼だけれど」

 ステラ嬢は、先ほどよりもさらに震えた。
 怒られると思ったのだろうか。しかし、それすら小動物のようで可愛らしい。

「君はまだ子どもだから、そんなふうにかしこまるよりも、素直に甘えたらいい」
「え……?」

 久しぶりに、誰かに笑いかけたな……。
 そんなことを思いながら、その頭を撫でる。
 そういったことに慣れていないのか、ステラ嬢は頬を染めた。

 それが、ステラ嬢と私の出会いだった。
 まさか、二十歳以上も年が離れたその少女と、十年後に結婚することになるなんて、そのときは思ってもみなかった。

 ***

 ステラ嬢は、とても素直で、賢く、出会うたびに満面の笑顔を見せてくれる。この出来事のあとから、私にとって可愛い妹のような存在になった。

「なあ、ルルード」
『ヒヒンッ?』

 ──しかし、ステラ嬢に出会ったあとから、大きな問題が一つ生じた。

 ステラ嬢は、精霊に愛される加護を持つ。それゆえに、彼女自身は力を持たなくても、精霊を敬い、力を得てきたロレンス国の王族にとって特別な存在だ。

 そんな彼女は、王太子フェンディルの婚約者だ。
 しかし、その加護はこの国一番の力を持つ私の精霊、ルルードすら魅了してしまったらしい。

 彼女に出会った直後から、私のそばに女性、特に私に好意を持つ女性が近寄ると、ルルードが怒り狂うようになってしまったのだ。

「おい、ルルード、このままでは私は一生結婚できないではないか」
『ヒヒンッ!』

 そっぽを向くルルードを宥めてみても事態は変わらず……。元々結婚願望が、ほとんどなかったこともあり、そのまま結婚することなく、過ごすことになってしまったのだった。

 ──そう、彼女が婚約破棄される、その日まで。
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