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銀の鱗と図書室の鍵 7
しおりを挟む「……ジェラルド様」
「────はあ、本物か」
ベッドの上で、私を抱きしめたままのジェラルド様が、熱い吐息を吐く。
おでこに手を当ててみると、まるで暖炉の前に座っていた時みたいに熱い。
先ほどまで、平静を装っていたのが嘘みたいだ。
「……魔力の調整が上手くいかないのですか?」
「……いや、魔力というよりは」
ジェラルド様は、少しだけ私から体を離して、苦々しげに壁のほうへと視線を送る。
部屋の中を満たしていた、淡い紫色の光は消えて、ぼんやりと二つの赤と青の光が浮かんでいる。
「ルルードと、リーリルの加護ですか……」
「ルルードの加護を受けたときもそうだった。眠りにつくと決まって未来を視るが、現実との境が曖昧になるんだ。まあ、あのときはまだ未熟だったから魔力も不安定になったが……」
「そうなのですね」
「────でも、今回は、過去と未来すべてに」
熱に浮かされたような金色の瞳が向けられると、心臓が壊れそうになってしまう。
ジェラルド様が、苦しんでいるのに不謹慎だと思うけれど、心臓が早鐘を打つのを止めることなんて不可能だ。どうしようもないくらい好きだ。
「……君がいる。手に入れたくて、気が狂いそうだ」
「私は、ジェラルド様の妻ですよ?」
ジェラルド様が、笑った。
その笑顔は、少し苦しげで、妖艶なくらいに美しい。私まで苦しくなるほど、ときめいてしまう。
「……幻の中にいる、愛らしい子どもだった君は可愛いし、子どもたちに囲まれて少しだけ今よりも大人びた君は魅力的だ。……でも、目の前にいる何も知らない君が愛しい」
「ジェラルド様……?」
ひどくふらつきながら私から離れてベッドから起き上がったジェラルド様が、前髪を掻き上げて微笑む。私もゆっくりと起き上がり、その瞳を見つめる。なぜか緊張してしまって、笑うこともできずに。
「……今の私にとっては、目の前にいる君が本物だ」
もう一度、息もできないくらい抱きしめられた。
柔らかい香りがする。ジェラルド様から香るのは、針葉樹のような落ち着いた、大人の香りだ。
抱きしめられたら、苦しくなるくらい幸せで、ときめくのに、なぜかとても怖い。
「ステラ……。そうだ、申し訳ないが、やはり思った通りだった」
「……ジェラルド様?」
「夜になると不安定になる加護の力は、君の姿ばかり見せる」
「――――えっと、それは」
「君に気がつかれたくなかった、いつでも君の前では見栄を張りたいようだ」
それは、良いことなのだろうか。ジェラルド様は、完璧な王太子殿下で、いつでも優しく微笑みかけてくれた。けれど、婚約破棄されたあの日から、日々その印象は塗り替えられていく。
ジェラルド様が見ている過去や未来が幸せなものなのか、それとも私も見せられた悲しい場面なのかわからないけれど……。
「私も、今のジェラルド様が好きです」
「そうだな。君は私の妻になったのだから、完璧な自分を演じるなんて、もうやめよう」
「可愛いジェラルド様が、好きですよ?」
「私が可愛いなんて言うのは、きっと生涯君だけだろうな」
そうなのだろうか。そうだったら良いな、と思う。
でも、たぶんジェラルド様の可愛さについては、バルト卿を含め周囲の人には気がつかれているに違いない。それにしても、目の前のジェラルド様の笑顔が可愛らしく見えて、心臓が撃ち抜かれてしまう。
「……今夜は、そばにいてくれないか?」
「……はい! よろこんで!!」
「……君らしい、返事だな」
苦笑したようにそう呟いたジェラルド様は、首に提げていたチェーンを外して、私の首にかけた。
「これは……?」
「約束しただろう? 図書室の鍵だ」
「……ありがとうございます。ところで、白い結婚は解消ですか?」
「────そうだな。一緒に眠ろうか?」
「はい!!」
その夜ジェラルド様に抱きしめられて眠った私は、これですっかり白い結婚はこれで解消になったと思いこんでいた。
もちろん、二人の子どもを抱きしめている未来の私は、まだまだ解消なんてされていなかったのだと、懐かしくそのことを思い出すのだろうけれど……。
────それは、もう少し先の、未来のお話なのだった。
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