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銀の鱗と図書室の鍵 6
しおりを挟む「ところで、とっておきって?」
夫婦の部屋を通り過ぎて、入ったあいかわらずドレスであふれかえるクローゼットルーム。
その奥に、その服は用意されていた。
「こちらです!!」
「……えっと、ネグリジェ?」
「そうです。こちらをお召しになってください」
「──普通のネグリジェだわ」
白いレースいっぱいのネグリジェは、あまり着たことがなかったけれど、可愛らしくてフワフワしている。
とっておきと言うから、太ももがチラリと見えるとか、肩が出ているとか、密かに想像してみたけれど、損なことはない。
どちらかと言えば、子どもっぽい。
「まさか、これもジェラルド様が!?」
先日の部屋着も、とても可愛らしく、子どもっぽいデザインだった。
それを考えれば、これもジェラルド様が……。
「いいえ。旦那様も、さすがにここまでは用意いたしませんよ」
「ええ。それなら、どうしてこんなに子どもっぽいデザインなの……」
「……子どもっぽいなんて、本当にそう思われるのですか?」
「え?」
「清純で、可憐で、美しい。完璧です!」
首を傾げる。実は、このお屋敷に来たときから思っていた。
ここの使用人たちは、ジェラルド様に仕えているせいなのか、私の容姿に対して採点が甘い。
確かに、王太子妃の婚約者として培ってきた立ち居振る舞いには自信があるけれど、見た目は地味で平凡な私に、こんなに可愛い格好ばかり、どうしてさせたがるのだろう……。やっぱり、子ども扱いなのかしら。
「……実は、以前の奥様の姿絵を拝見したことがあるのですが」
「……え、どこで」
「それは、秘密にしておきます。でも、あんな派手な色のドレスより、こういったフリルや淡い色がお似合いです!!」
「……そうかしら。それなら、レテリエの言うとおりにするわね?」
とりあえず、もう着替えてしまったのだ。
よく見れば、胸の辺りで切り替えられた裾は長いけれど、正面で布が重なっているネグリジェは、妙に気合いが入りすぎたものよりいいのかもしれない。
「さあ、こちらです」
そして、手を引かれて向かった先は、どう考えても客室や寝室ではなく、ジェラルド様の執務室だった。
「……お仕事をしておられるの?」
「執務室の奥に、寝泊まりできる小部屋があるのです」
「……仕事部屋に寝ているの!?」
「旦那様は、このほうが効率が良いのだと……」
確かに、ジェラルド様は、高位精霊との契約者であることや、戦神のような強さだけでなく、その頭脳でも有名だ。
任されている公務もとても多いと聞いている。
確かに、効率は良いのだろう。でも、明らかに働き過ぎだ。
「……まだ、働いていたら、止めなくては!」
「頑張ってください、奥様!! ご武運を!!」
これから、戦うわけではないのだけれど……。そんなことを思いながら、扉を叩きかけて、そっと気がつかれないように入ることに決める。
「鍵がかかっているわ……」
「まあ……。旦那様は、普段であれば屋敷内では鍵など必要ない、と閉めないことが多いのですが」
「どうしてかしら」
「執事長に、マスターキーを……」
「こんな夜遅くに、起こしてしまうのも申し訳ないわ……。今夜はあきらめて……。あら?」
そのとき、青い光がドアノブを包んだかと思うと、なぜかカチャリと鍵が開く音がした。
もしかすると、ルルードが気まぐれに力を貸してくれたのだろうか。
「開いた……。えっと、行ってくるわね?」
「奥様の健闘を祈っております」
「ありがとう、頑張るわ」
そろそろ、と気がつかれないように部屋に入ると、執務室の明かりはすでに消えていて真っ暗だった。
前が見えなくて戸惑っていると、淡い赤色の光が足元を照らす。
その光に導かれるように、部屋の中を進んでいくと、奥にもう一つ扉があった。
「ジェラルド様は、この奥で眠っているのね……?」
『ヒヒン……』
『ガウ!!』
「あなたたち……」
こちらの扉には、鍵がかけられていないようだ。
なぜか姿を現した二体の精霊に導かれるように、そっと、扉を開ける。
小さな部屋には淡い赤から紫、そして青色へとカーテンのような光が広がる幻想的な光景が広がっていた。
「ジェラルド様」
「……ステラ」
フラフラと立ち上がって、なぜか私のことを抱きしめてきたジェラルド様の体は熱い。
「あまり私を惑わせないでくれ。……今度は、過去の君か? ……それとも未来の」
ようやく私は、ジェラルド様が一緒に寝るのを拒んだ理由が、私が子どもだから、ということだけではなかったことに気がつく。
「ジェラルド様……」
二体の精霊の加護。そんなものをその身に受けた人は、歴史でも類を見ない。
ジェラルド様は、子ども時代加護を受けたときは、魔力が不安定になったと言っていたのに……。
……それに、寝込むかもしれないと。
「──でも、私は本物がいい」
「……そうですか。それならそばに、いさせてください」
きっと、先日の言葉通り魔力がコントロールできていないジェラルド様は、私を抱きしめたまま至近距離で、熱に浮かされたような視線を向けてくる。そんな場合でないと思いながらも、壮絶な色気にめまいがしてくる。
でも、やはりその体は高熱を帯びていて、体調が思わしくないのは明らかだ。
「……とりあえず、寝ましょうか」
「……」
私を抱きしめたまま、緩めてくれない腕の力が、少し苦しい。
長身のジェラルド様に抱きしめられたまま、よろよろ歩くのには無理がある。
あと少しのところでバランスを崩し、夫婦の部屋に比べて簡素で狭いベッドに、私たちは揃って倒れ込んでしまったのだった。
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