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銀の鱗と図書室の鍵 5

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「ふむ……。まあ、とりあえず部屋に戻って、着替えをしたほうがいい」
「そうですね……」
「そのドレス、とてもよく似合っていた。……また、贈らせてくれ」
「──銀の鱗とか、狩りに行ってはダメですよ?」
「不可能ではないが、もうそこまで若くない」

 今も着ているのは、銀の鱗がビーズとしてあしらわれたキラキラ輝くドレスだ。
 結局のところ、私がまだ生まれる前に、ジェラルド様が現地調達したらしい美しい銀の鱗。
 他の素材を贈りたいと、ジェラルド様が出かけてしまったら大変だ。

「それに、君に心配をかけるつもりもない」
「それなら、良いのですが……。あと、今度靴をくださるなら、ヒールが高いものでお願いします」
「……足をくじいたらどうするんだ」
「くじきません!! 履き慣れてますし、余裕ですし!!」
「──考えておこう」

 少し恨めしげに見上げたジェラルド様も、まだ正装姿のままだ。
 ジェラルド様の正装姿、世界で一番好きだ。でも、ラフなシャツ姿も好きだ。
 そういえば、先日は汚れていたけれど、軍服姿も素敵だった。
 軍の催しに参加するときに軍の正装姿のジェラルド様、妻なら近くで拝見できるかしら? 特等席で見たい。

 結局のところ、ジェラルド様は、地味な私とは違って、何を着たって許されるに違いない。
 王太子の婚約者をしていたときは、私も大人びたドレスを着たりしてみたけれど、人には似合う服と似合わない服があるってことくらい、知っている。

「……レテリエ」
「はい、旦那様」

 小さい声だったにもかかわらず、音もなく侍女のレテリエが扉を開けて現れる。
 そういえば、彼女は気配がなくて、どんな小さい声で呼んでもすぐに来てくれる。
 なんだろう、ドルアス様やレザン卿と同じ空気を感じるのは、私の考えすぎなのだろうか。

 あいかわらず無表情なレテリエだが、美人で笑うと可愛らしいこと、私は知っている。
 もう少し、仲良くなったなら、話してくれるだろうか……。
 
「ステラを部屋に連れていってくれ」
「……かしこまりました」
「えー」
「……ステラ?」
「っ、何でもありません」

 ジェラルド様が連れていってくれると思ったのに、作戦は失敗らしい。
 肩を落とした私の様子を相変わらずの無表情で見つめていた侍女のレテリエが、そっと耳元でささやく。

「とりあえず、着替えましょう。ふふ……。とっておきを用意してあります」
「……とっておき」

 それを聞いた私は、元気を取り戻す。
 レテリエなら、夫婦の寝室に来ないつもりらしいジェラルド様の居場所を知っているに違いない。善は急げだ。

「おやすみなさいませ! ジェラルド様」
「……ああ、おやすみ。ステラ」

 慌てて食堂から出て行く私の背中を見送るジェラルド様。
 彼は、そっと首元からネックレスのようにかけていたチェーンを外し、「そういえば、今夜も渡しそびれてしまったな……」と呟いた。
 そこには、美しいエメラルドがあしらわれた可愛らしい意匠の鍵が一つ揺れている。

「だが、どちらにしても、まだ今は、ステラと寝るわけにいくまい……」

 その言葉とともに、現れた赤と青の光。ジェラルド様の視線は、私といるときとは違いどこか冷たくて鋭い。

「──なあ、さっさと私に御されてくれないか? お前たち」
『ヒヒン!!』
『ガルウ……』

 返事をしたような二体の精霊は、挑戦的なようにも見えるし、申し訳なさそうにも見える。
 赤い光のリーリルは、過去を映し出し、青い光のルルードは、未来を視せる。
 二つの精霊から加護を受けた人など、王国中探しても、もちろん歴史を調べても、未だかつていない。

 誰もが、精霊から加護を受けることができるわけではない。精霊に愛されるか否か、もちろんそれもあるけれど、高位の精霊は、対象者に多くの加護を与え、体も、魔力回路も、全てを作り替えてしまう。それに耐えられる器が必要なのだ。

「……まあ、力がほしいと言ったのは、私だ。お前たちの力、さっさと自分のものにするとしよう」

 そんな二体の精霊を見つめていたジェラルド様が、金色の瞳を細めて笑う。
 きっと、私が見ていたら、精霊とジェラルド様が見つめ合う神々しい光景に、膝をついて祈りを捧げていたかもしれない。

 この国には、古くから、強靱な精神力に強靱な精霊は宿るという言葉がある。
 つまり、国でも最高位の精霊から二つもの加護を受けたジェラルド様が、当たり前のように過ごしているのは、ただその精神力によるものなのだ。

 けれど、とっておき、という言葉が気になって飛び出してしまった私には、ジェラルド様の呟きにも、何か言いたげに、一瞬だけジェラルド様から視線をそらして私の背中を見つめた精霊たちにも、気がつかなかったのだ。
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