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魔法が効かない妻 2
しおりを挟む「あれ……?」
重要文書を抱きしめて廊下を急いでいた私は、信じられない光景を目の当たりにした。
第三王子宮にあるマークナル殿下の執務室。
その出入り口はいつも近衛騎士が警備に当たっている。
貴族出身者で構成された彼らは、真摯に職務に当たる認められし人たちだ。
夜会の警備や祝辞のパレードにも駆り出される彼らは騎士団の模範としての行動が求められる。
――けれど、そんな彼らが立ったまま居眠りをしている。
(何が起こっているの?)
もしも居眠りしているのが1人であれば、驚きはしても『とてもお疲れなの?』と思うくらいだったかもしれない。
けれど、目の前の光景はそんな悠長な考えなんてしていられないくらい異様だ。
(マークナル殿下……!!)
私は廊下を引き返してマークナル殿下に異変を報せようと走り出そうとした。
けれど腕が掴まれ阻止される。
「なぜ魔法が効いていない? この領域には象でも眠るような睡眠魔法を掛けたはず」
黒い衣装に身を包んだ男性の楽しそうな声に恐怖を感じる。
「この魔法に抗えるほど強そうには見えない。睡眠魔法が無効なだけか、それとも」
必死になって腕を振り払い駆け出す。
けれど、騎士たちは眠り込んで誰も私を助けてくれそうにない。
「……ウェルズ様!」
結局、こんなときに思い出す人は一人しかいない。
このまま掴まってしまったら、ウェルズ様に迷惑が掛かってしまうのは明白だ。
「よく見ればその特徴。君が噂のフリーディル卿の奥方か。それならなおさら逃がすわけには……おや」
「カティリア!!」
走り寄ってきた人は、私の手首を掴み引き寄せると背に庇った。
その背中の安心感に、ここまで必死に抑えてきた震えが一気に押し寄せてくる。
「時間を掛けたこの魔法の中でも普通に動けるか。他者をひるませる魔力と力。それが君の本来の姿だね」
先ほどまで眠ってしまっていた騎士様たちが額を押さえて次々に起き上がる。
けれど、誰も彼も顔色が悪く剣にかけようとした手が震えている。
「……誰の差し金だ」
「……調べてみれば良い。ところで、彼女は君の魔力に少しも影響されないね? 先ほどの魔法も効かなかった。つまりそういうことか……」
音を立てて抜かれたウェルズ様の剣。
けれど男性は軽やかに一度だけ跳躍すると、煙のように消えてしまった。
「ウェルズ様」
「……」
剣を鞘に収めると、重いため息が聞こえた。
それと同時に騎士たちが脱力したように膝をつく。
「見ての通りだ。俺の魔力は他者を恐れさせる」
「……」
「この状況、君と会った日のようだな」
「……そう、ですね」
――このような光景を私は見たことがある。
私は魔力がないせいで家族に疎まれていた。
そして子ども時代、さらに貴族の子どもたちには、魔力なしだと馬鹿にされ、ときに石すら投げられた。
――よみがえった記憶の中で私を背にかばう背の高い少年。そして、なぜか座り込んだまま怯えたように立ち上がれない少年たち。
彼に会ったのはその一度きりだ。
だから、今はその記憶は朧気だ。
「あの日、君は俺を恐れることがなかったな」
「だって、いじめられていた私を助けてくれたではないですか。……でも」
今ならわかる。私がウェルズ様を恐れなかったのは、魔法が効かないせいだったのだ。
でもきっと、そのときからウェルズ様は私のことを。
「ウェルズ!! カティリア!!」
マークナル殿下の声が聞こえる。
きっと、異変を感じて駆けつけたのだろう。
(王子殿下がこんな危険な場所に駆けつけるなんて)
けれど、マークナル殿下がそういう人だということを私は知っている。
「カティリア……酷い顔色だ」
「ウェルズ様……」
ウェルズ様に抱きしめられた途端、緊張の糸が切れて私は意識を失った。
そして気が付いたとき、私は夫婦の部屋のベッドの上に寝かされていた。
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