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王家の地下牢と狼 1
しおりを挟むそして日が傾きかけた頃、アイリス殿下と一緒に刺繍に挑戦しているとマークナル殿下が戻ってきた。
「……フリーディル夫人、王家の地下牢に来てほしい」
「マークナル殿下、良いのですか?」
「君しかあの場所に入れない」
浮かぶのは尻尾を垂らした寂しそうな白い狼の姿だ。まるで長い間飼い犬と別れているように思い出しては切なく思うのはなぜなのだろう。
「……魔力が強い者しか耐えることができないが、魔力がなければ奥まで進むことができる」
私を助けようと手を差し伸べたウェルズ様の手が酷く傷ついていたことを思い出す。
「私にとってはほんの数時間だったのに、1週間も経っていました」
「ああ……そうだな。ウェルズは反対しているから、無理にとは言えないが」
マークナル殿下は王族だ。
私の意見など聞く必要がない。
もちろんこの国の英雄となったウェルズ様の意見をむげにはできないにしても……。
「あの場所に私が行かなくてはならない理由を聞かせていただいても?」
知らないふりなどもうできない。
明らかに理由があるのだ。
(ウェルズ様が王家と盟約まで結んだ理由、3年間もの間戦場にいた理由……)
「あの場所には精霊が守る王の証がある」
「……証?」
「本来精霊は違う世界に住んでいてこの世界と行き来することはできない。けれどあの場所は特別だ」
マークナル殿下が語り始めたのは、切ない王家の始まりの物語だった。
* * *
ローランド王家の始祖は、人ではなく精霊であったといわれている。
伝承によればその姿は白い狼だったという。魔力を持たないがゆえに世界と世界の狭間を超えてしまった乙女とその精霊は縁を結び、初代王が生まれた。
「精霊は乙女がいる世界に留まることを望んだ。それがあの地下牢だ」
美しい魔法陣が織りなす幻想的な空間。
あの場所は精霊のいる世界とこの世界を繋ぐ場所なのだろう。
「けれど二人の間に生まれた子どもは、あの場所に入ることができなかった。子を育てるために乙女は精霊と暮らすことをあきらめ、毎夜短い逢瀬を繰り返した」
「それではなぜ、地下牢などという名に?」
毎夜会えるなら、それはそれで幸せだろうと思うのに……。
「精霊は子である初代王に力を与えた。そして力を持つ子孫が産まれるたび力を与えることを乙女の願いに応じて誓った。しかし、精霊と人の世界は時の流れが違う」
「……」
「精霊と過ごせば、次に戻ったとき子どもの時間は過ぎてしまっている。初代王の母は、子や孫たちのそばで過ごす時間を選んだのだろう。そして死を迎えた」
「……そんなの」
でも、私には『ひどい』と言い切ることも出来ない。寂しそうな狼の姿が繰り返し浮かぶにしても。
愛し合っていたのは確かでも、一緒に過ごせない二人。それはこの3年間のウェルズ様と私の関係に重なるようで切なかった。
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