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王家の地下牢と狼 3
しおりを挟む「今度はどこへ行くの?」
『ガウ……』
こちらの言葉は通じているように思えるけれど、狼は喋ることがない。いまだ足下は不安定で、周囲は暗い。黙ってその背中を追いかける。
ガキイィンッと硬質なものがぶつかり合う音がした。目の前に現れたのはウェルズ様の背中だ。
(背中を見てもウェルズ様だとすぐわかってしまう)
制服は破れひどい傷を負っていた。
(ウェルズ様は、衣服を脱ぐような場面でも私に背中を見せまいとしていた?)
行為の最中の違和感。
その背中には大きな傷があったに違いない。
それでもウェルズ様は、最後の敵兵を退けてよろよろと歩き出した。
ひどい傷だ、このままでは死んでしまうに違いない。
「ウェルズ様……!」
『助けてやろうか?』
「え……?」
急に喋った狼を信じられない気持ちで見つめる。
狼は見る間に白銀の光に包まれ、白く輝く髪を持つ男性の姿になった。
男性が見下ろしてくる。その瞳はマークナル殿下やアイリス殿下と同じ紫色をしている。
『助けてやろうか、と言っている』
「……代価は」
『俺のそばにいてくれれば良い』
「……」
おびただしい血が地面に広がっていく。
これは夢なのか、それとも過去の場面にいるのか。
(ウェルズ様は一度だけ完全に死を覚悟したと言っていた。きっとこれはその時の……)
『これは現実だ。あの男が今も生きているのは、君がこの場所にいるからだろう。君の世界と精霊の世界の狭間であるこの場所では、時の流れが混ざるからな』
「ウェルズ様……!」
答えなんて一つしかないではないか。
ウェルズ様を見捨てることなんて出来るはずがないのだから。
ウェルズ様の唇が微かに動いて何かをつぶやいている。私は地面に膝をつくと座り込むウェルズ様の唇に耳を寄せた。
「カティリアを奪って、二人きりで逃げれば良かった」
「ウェルズ様」
「ああ、他の男に獲られるなんて想像もしたくない。格好つけずに君の全てを奪ってしまえば良かった」
「私はその方が良かったですよ……」
「俺は君に幸せになってほしい……。だから俺などのために泣くな、カティリア」
ぼんやりと虚空を見つめていたウェルズ様の瞳に光が戻り、視線が交差する。確実に私の姿が見えているようだ。そして口元が獲物を狙う獰猛な狼のように歪んだ。
「――捕まえた」
「は?」
強い力で手首を掴まれて引き寄せられる。
ドンッと鈍い音を立てて胸板にぶつかり抱きしめられる。
「はははっ、捕まえた……あの瞬間、もし生き残れたなら二度と君を離さないと誓ったんだ」
「えっ、あの!?」
「君を誰にも渡さない……マークナルはもちろん、精霊にだって」
胸元に輝く青い宝石が眩い光を放ち、目の前のウェルズ様の手首には同じく光を放つ青いカフス。
そこにいるのは現実のウェルズ様だ。
けれどいまだその背中からは血が流れ続けている。
「死に瀕したあのときに見た君の泣き笑いはこの瞬間のものだったのか……」
「……っ、ダメです! ウェルズ様!!」
ウェルズ様が完全に死を覚悟し、精霊に導かれた私が精霊に願い助け出したのだとすれば……。
それにこの場所には、魔力がない私しか入ることが出来ないのだ。
ウェルズ様の身体が紫色の火花に包み込まれて酷く傷ついていく。
「や、やです……!!」
必死になってすがりつくと、太くたくましい腕が私を強く抱きしめた。
「君を失うのだけは許容できない……愛しているんだ、カティリア」
「ウェルズ様、わ、私だって、誰よりもあなたのことが!」
その時、狼の遠吠えが聞こえた。
それは悲しげで、切なくて、遠く離れてしまった誰かを呼んでいるみたいだった。
再び元の姿に戻った狼が、私たちから距離をとると助走をつけて走ってくるのが見えた。
次の瞬間、強い衝撃とともに私たちは体当たりしてきた狼に弾き飛ばされたのだった。
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