魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。

氷雨そら

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ライバル

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 アルベルトは、私を抱きしめたまま目を閉じた。
 その呼吸が規則正しいのを確かめて、そっと抱きしめている腕を外して抜け出そうとする。
 すると、まだ完全には眠っていなかったのか薄らと金色の瞳が開いた。

「行かないで……」
「アルベルト、でも誰か呼んでこないと」
「シェリアにいてほしい」

 そのままギュッと手を掴まれてしまったので、諦めてソファーの横に座り込む。
 私の家に来たときあんなに汗をかいていたのに、なぜかアルベルトからは良い香りがする。
 それは学生時代も彼から漂ってきた、清涼感のある森の中のような香りだ。

「……どこにも行かないで」
「わかったから……。魔力が回復するまで眠って」

 魔力が枯渇したとき、回復するまで人は眠りに落ちる。
 先ほどの顔色といい、魔臓の辺りを押さえていたことといい、アルベルトはこのあとしばらくは眠るに違いない。

(顔色も戻ってきたことだし、完全に眠ってから人を呼びに行けば良いわね)

 繋がれていない方の手でそっと黒髪を撫でれば、目を閉じたアルベルトが少しだけ口元を緩めた。
 そんな私たちにフィーがすり寄ってくる。
 優しい香りと落ち着いた雰囲気。聞こえてくる規則正しい寝息。

(そういえば、家を追い出されることが決まって昨晩は全く眠れていなかった……)

 アルベルトが手を離してくれる気配はない。
 強い眠気に誘われて、私は夢の中へと落ちていった。

 ***

 ハッと顔を上げれば、担任のベスター先生が私の前に立っていた。

「……ウェンダー。次の文を読みなさい」
「……っ、は、はい!」

 先ほどまで違う場所にいたような気がするのは、私が居眠りをしてしまったからなのだろう。

「……32ページ3行目」

 隣の席のアルベルトが小さな声でささやいてくれた。
 私は慌てて立ち上がり、教科書を読み始める。

「よろしい……。次、ローランド」

 立ち上がったのは、黒髪に金色の瞳をしたアルベルト・ローランドだ。
 隣の席の彼は、いつも突っかかってくる。学業でも魔術でも学年首位を争う私のライバルだ。
 けれど、困ったときにはいつも手を差し伸べてくれる。

(今日も助けられてしまった……)

 小さくため息をついて、青みを帯びた黒髪を指に巻き付けていじる。
 クルクルと髪をいじりながら、ふと私の髪はこの色だったかしら、とぼんやりと思う。

 アルベルトの声は心地よい。
 朗読されているのは、建国神話の一説だ。
 そこには、魔力を失った乙女がもう一度使い魔と再会する場面が描かれている。

 チラリと机の右隣に視線を向けると、使い魔のフィーが机と机の間に少々窮屈そうに伏せている。使い魔は魔術師にとって体の一部にも近く、魔力を分け合う存在だから学園で一緒に過ごすことが許されているのだ。

 けれど、使い魔を全学生が召喚できるわけではない。
 使い魔との相性もあるし、魔力が強くなければそもそも使い魔が暮らす世界との繋がりを持つことが出来ないのだ。

(なぜかな……。いつも一緒にいるはずなのに、フィーと会うのがとても久しぶりな気がするのは)

 ――首をかしげているうちにチャイムが鳴り、授業が終わった。あとは家に帰るばかりだ。

「アルベルト、助かったわ。ありがとう……」

 私は小さな声で、左隣で教科書とノートを重ねて鞄にしまおうとしているアルベルトに声を掛けた。
 アルベルトが金色の瞳を真っ直ぐにこちらに向けてくる。
 しばらく黙ったまま私を見つめていたアルベルトは、小さくため息をついた。

「こんなので評価を下げたライバルに勝っても嬉しくないからな。しかし、授業中に居眠りするなよ。間抜けなことに口からよだれが垂れていた」
「うそ……!」

 慌ててポケットからハンカチを出して拭っていると忍び笑いが聞こえた。
 視線を向けると口元を押さえたアルベルトがいたずらっぽい笑みを浮かべて私を見つめている。

「……うそだよ」
「もう! アルベルトなんて嫌い!」

 あの頃私に向けられたアルベルトの笑顔は、いつだって太陽の日差しみたいだった。
 それは、王立学園時代、何度も繰り返された幸せな放課後の風景だ。
 懐かしく、幸せだった日々。私たちは身分が違うから、こんな関係も卒業と同時に終わりを迎えるのだと思っていた。

 ――そう、それでも、まさかあんな形で終わりを迎えるなんて。この時の私は想像もしていなかったのだった。

 ***

「……あのとき、寝顔が可愛いと素直に言えば良かったな」

 それは掠れるような、過去を悔いるような声だ。
 そっと髪の毛が指先に撫でられると、まるでひなたぼっこしている猫のような気分になる。

「もし自分の気持ちを正直に告げていたら、君は俺からの告白が贖罪などではなくて本心だって思ってくれただろうか……」

 薄らと目を開けると、私はなぜかアルベルトの膝を枕にしてソファーに横になっていた。
 
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