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●見つめて見つめられて
しおりを挟むあれから、レティシアさんのことが少し気になるようになった。
教室でささやかれる彼女の噂は、どれも物語の勇敢なお姫様のようだ。
無理もないだろう。
刺繍の時間にグローリアさんに向けた言葉は、衝撃的だったから。
女の子はある程度の年齢になったら、すぐに結婚するのが幸せ。
当たり前だったそれを、彼女は違うと言い切ったのだ。
私のゴーレム術は圧倒的に女性の使い手が多い。
だからよそよりは女性の立場が強いけれど……それでも無不自由に感じることは多かった。
この学園に来るのにも、ゴーレム術意外に女が学ぶ必要はないと反対する人もいたのに。
貴族の娘ではなくて、一人の女の子。
そんなことを言える人なんて、他にはいない。
けれど……とてもそうは見えない。
レティシアさんは私の隣の席だ。
なので、視線を動かせばいつも彼女が見えた。
優し気でか弱そうな姿。
私たちより少し大人な、落ち着いた雰囲気。
でも、秘めた心は誰よりも強い。
完璧な人……
のようで、実は違う。
まじめに授業を聞いているかと思えば、教科書の影でこっそりと口に砂糖菓子を運んだり、居眠りをしたり。
真剣にノートを取っているような顔をして、不思議な落書きをしていたり。
気の抜き方がうまいと言えば聞こえはいいけれど、しゃんとしているようで少し抜けている?
そんなに気にするつもりはなかったのに、隣の席の私にしか見ることができない姿に興味がわいてしまう。
それに、みんなから憧れられている人の違う顔を、私だけが知ってる少しの優越感。
だけど、もうかかわることもないと思う。
席が近いと言うだけで、他に接点なんかないんだから。
「本日は、講師の先生をお呼びしました。皆さん魔法の系統ごとにそれぞれ分かれてください」
モーリア先生の声に、隣のレティシアさんが反応するのが分かった。
前向きでいいな。
「黒板に自分の名前がない人は、申し訳ないけれども自習になります。自分の魔法を使った成果物を作ってください」
私の名前が黒板にないことはわかっている。
気楽な自習の時間とでも思っていればいい。
この学園はまだ歴史が浅い。
少しずつ間口を広げている最中で、私のような一般的でない魔法を使うものはうまく扱えないでいる。
それでも、地元で学んでいるよりは、ずっとたくさんのことを知ることができるのだから……
「レティシアさんは、この呪で閉じられた箱を開けてみてください。もちろんチャレンジするだけで開かなくても仕方がないの。できる所まで、ね」
え? レティシアさんも?
言われてみればそうだ。
彼女の魔法もかなり珍しい。
魔法の系統ごとに呼ばれ、教室にいる人数は減っていき、結局最後に残ったのは私とレティシアさんの二人だけになってしまった……
レティシアさんは課題に出された、ロックの札がついた箱をくるくると回して調べている。
ただそれだけのことなのに、どこか絵になるのがすごい。
私は鞄の中から粘土を取り出す。
少しの量の粘土を持ち歩くのは、癖みたいなものだ。
粘土はどんな形にもできるから、何かと便利で重宝する。
さっさと作って本でも読んで時間をつぶそう。
固くなっていた粘土をよく練って、適当に人間のような形にする。
細部までしっかり作った方が使い勝手はいいのだが、今日は適当に作ってしまおう。
頭と胴体。
足、腕。
簡単な作りでもバランスさえちゃんとしておけば、意外と何とかなるもの。
「まぁ、器用なのね」
突然かけられた声に驚いたが、なんとか平静を保った。
「それほどでもありません」
あくまで冷静に答えて……粘土にはもう少し手を加える。
だって、レティシアさんが興味深そうに私の手元を見つめているからっ。
ああ、もう、うまくいかない。
使い慣れたへらを持ってきておくんだった。
粘土ももう少ししっかり練ってなめらかにしておけば!
後悔しても仕方がない。
ある程度の出来で諦めて、髪をほどく。
「まぁ。あなたの髪、すごくきれいなのね」
「……それほどでも」
髪は、大事にしていた。
ゴーレム術に使えるからだけじゃない。
丁寧にきれいに伸ばした髪が、私の自慢……だった。
「そんなことないわ。うらやましいぐらい」
「みんな、怖がるんですけど」
「へ?」
だけど、こちらに来てからはきつく結んで目立たないようにするしかなかった。
むやみにおびえられると、自分が存在しているだけで迷惑をかけているような気分になってしまうから。
この人はどうだろう?
きっと怖がるって予想と、もしかしたら受け入れてくれるかもしれないという淡い希望。
……希望なんて持つだけ無駄なのに。
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