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5話
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「部長、次はどうしましょう?」
「あぁ、上からの要望通りに頼む」
時田は部下からの言葉で我に返り、手元の書類を見ながらも答えた。
「そう言えば、羽生遅いですね」
「そうだな……」
今日は月曜、先週から急遽ダンジョンに潜る事になった羽生進が出社する日の筈だ。
先週の話だとそんなに無理をするつもりは無いと言っていたが、心配だった時田はあまり深く潜らないように言っていた。それだけにいつも早く出社する羽生が既に大半の部下が揃っている時間になっても来ていない事実に動揺してしまう。
「お、おはようございます!!」
ちょうどその時だった。
部屋の入り口が開いて心配していた本人が入ってきたのは。
良かった、それが口には出さなかった時田の心の声だった。
直ぐに羽生の事に気が付いた部下が周りを取り囲み、何やら口や手を出しているようだったが、その本人たちの表情はどこか安心したようなものだったので時田は何も言わない事にした。
ヤバいと焦っていた俺は周りの事を気にする余裕も無く走っていた。
「久し、ぶりの、ダンジョンで、疲れて、た、とはいえ、まさ、か、寝坊、すると、は……」
そんなに無理をしたつもりは一切無かったんだけどな。
時より人とぶつかりそうになるのを何とか耐えながらも近付いてくる社屋を視界に収めながらも走るのを辞めない。
「じ、時間は、ギリギリ」
腕時計を見ながらも走り、その勢いのまま会社内も走り抜けて職場のドアを開けた。
「お、おはようございます!!」
何とか間に合ったと時間も室内の様子も確認しないで挨拶と共に頭を下げた俺は静まりかえった周りの様子に気が付かなかった。
そして、何も言われない事を不思議に思いながら頭を上げようとした時だった。
「羽生、来たか!」
「待ってたわ、羽生」
「お前、遅い!!」
「……心配した、羽生」
飛騨先輩、水野先輩、土田先輩、風間先輩の四人に叩かれながらもそんな事を言われる。
いつもと違う先輩たちの様子と奥で何か安堵したような表情の部長を見て一瞬だけ意味が分からなかったが直ぐに理解する。
「心配かけてすいません」
「良いさ。それよりもテスト品はどうだった?」
そう聞いてきたのはダンジョンに持ち込んだマナ式湯沸し器を考案、開発した飛騨先輩だった。
他の先輩方も何か聞きたい事が有るようだったが、仕事の話を始めた飛騨先輩に譲るつもりなのか軽く俺の肩を叩くと直ぐに自分の仕事へと戻っていった。
「あぁ、アレですか?」
「そっ、正直言ってなかなかテスト品としてはなかなか良い出来だったから気になってね」
自分の席へと向かう俺の後についてくる飛騨先輩を見るにどうやら余程の自信作だったらしい。
んー、でも、個人的には湯沸し器よりもコンロの方が良かったと言うべきか悩んでしまう。
「そうなんですね。じゃあ、後で報告書を飛騨先輩にも渡すので楽しみにしていてください」
誤魔化すように席について仕事の準備を始めていくと飛騨先輩も諦めたのか自分の席に戻るのだった。
一週間いなかっただけで溜まっていた社内メールの確認や届いていた資料に目を通していたところ、急に部長から声を掛けられる。
「羽生君、午後に付き合ってほしいところが有るんだけど良いかな?」
「えっ? えぇ、報告書の作成や次のテスト品の選定、ダンジョンへの計画を考えるだけなんで問題無いと思いますよ?」
不思議に思いながらも部長の方に顔を向けると俺を見ながらもチラチラとパソコン画面に目を向けていた。
「そうか、良かった。じゃあ、昼休憩が終わったら私の所に来てくれ」
「はい、わかりました」
そのやり取りに周りの先輩たちから急に視線が集まる。そして、直ぐに互いに見合う先輩たちの姿は何か牽制しあっているように感じた。
ただ、そんな事よりも珍しく部長に同行する事に意識がいってしまい、その事に気が付くことは無かった。
「でも、珍しいな。部長が何処か出掛けるのに付き合ってほしいなんて」
「そうだな。俺も聞いたことないな」
「ですよねー、って、誰、と……」
俺の呟いた独り言に返ってきた言葉を聞いて驚いて横を見てみるといつの間にかに隣に座っていた飛騨先輩がいた。
「で、何やったんだ? まさか、俺の作品を壊したとかじゃないよな?」
「流石にそんな事はしてないですよ。というか、俺自身思い当たる事無いんで分からないです」
「ふーん、まあ良いけどさ。それよりも報告書書けたか? 次のテスト品は絞り込んだか?」
声を掛けてきた理由はそれかと思いながらも何かしら救いの手はないかと飛騨先輩にバレないように視線だけ辺りに向けてみる。
見えた光景に一瞬見間違いを期待したかった。
なんで水野先輩も土田先輩も風間先輩ですらも獲物を見つけた肉食獣のような目で見てるんですかねぇ……。
「まだ、ですよ。それにテスト品は戻ってきてからにしようかと思ってるんで」
「そうか。早めに戻ってこれるといいな」
そう言って席から立ちあがって自分の席に戻っていく飛騨先輩と交代するように今度は水野先輩が手に何やら紙束を持ってやってくる。
「やっと飛騨がいなくなったわね、羽生。それで次のテスト品についてだけど……、これとかこれはどうかしら?」
「いや、あの、まだ……」
「それともこっちにしてみる……?」
何枚か俺の机の上にテスト品の詳細が書かれた書類を置いた後に俺の反応が鈍いのは置いた書類の中に気に入った物が無いと思ったようで更に何枚かの書類を差し出してくる。
「あー、待て待て。そこまでだ、水野」
「何よ、邪魔しないでよ、土田」
「……羽生、これ」
水野先輩の抜け駆けに気が付いた他二人の先輩もやってくる。
土田先輩はそのまま水野先輩に文句を言い、それをチラリと見た風間先輩はスッと近付いてくると一枚の書類を差し出してくる。
どうやら風間先輩も自分の作った作品を使って欲しいらしい。
「あ、あの先輩方、取り合えずテスト品は部長との外出後に決めるんで……」
「何っ? じゃあ、これ俺のな!」
「……そう」
そう言った途端に振り向いて俺に書類を差し出す土田先輩と机の上に書類を置いて席へと戻っていく風間先輩。水野先輩は土田先輩が俺の方を向いた瞬間にそそくさとその場から立ち去った。
「頼む、羽生! 前回は飛騨先輩のヤツ持ってっただろ。だから、次持ってくのは飛騨先輩の以外から選んでくれ!!」
「せ、先輩、そんな頭下げないで下さいよ」
「頭を下げたぐらいで頼み事が叶うなら頭くらい下げる。だから、頼む!!」
「はぁー、分かりました。次持っていくのは飛騨先輩の以外にしますよ」
「本当か……。ありがとう」
頭を下げてまで頼み込んできた土田先輩に負けて俺がそう言うとようやく下げていた頭を上げてくれる。
とはいえ、約束したなら三人の作品の中から選ばないといけないな。
ありがとうと何回も言いながら席に戻っていく土田先輩を見送りながら三人の先輩から貰った書類を簡単にまとめてパソコンの横に置いた。
「これはさっさと報告書を書き上げて提出しないとダメそうだな」
チラリとそのまとめて置いてある書類の束を見た俺は作りかけの報告書を早く仕上げるべく続きを始めた。
「あぁ、上からの要望通りに頼む」
時田は部下からの言葉で我に返り、手元の書類を見ながらも答えた。
「そう言えば、羽生遅いですね」
「そうだな……」
今日は月曜、先週から急遽ダンジョンに潜る事になった羽生進が出社する日の筈だ。
先週の話だとそんなに無理をするつもりは無いと言っていたが、心配だった時田はあまり深く潜らないように言っていた。それだけにいつも早く出社する羽生が既に大半の部下が揃っている時間になっても来ていない事実に動揺してしまう。
「お、おはようございます!!」
ちょうどその時だった。
部屋の入り口が開いて心配していた本人が入ってきたのは。
良かった、それが口には出さなかった時田の心の声だった。
直ぐに羽生の事に気が付いた部下が周りを取り囲み、何やら口や手を出しているようだったが、その本人たちの表情はどこか安心したようなものだったので時田は何も言わない事にした。
ヤバいと焦っていた俺は周りの事を気にする余裕も無く走っていた。
「久し、ぶりの、ダンジョンで、疲れて、た、とはいえ、まさ、か、寝坊、すると、は……」
そんなに無理をしたつもりは一切無かったんだけどな。
時より人とぶつかりそうになるのを何とか耐えながらも近付いてくる社屋を視界に収めながらも走るのを辞めない。
「じ、時間は、ギリギリ」
腕時計を見ながらも走り、その勢いのまま会社内も走り抜けて職場のドアを開けた。
「お、おはようございます!!」
何とか間に合ったと時間も室内の様子も確認しないで挨拶と共に頭を下げた俺は静まりかえった周りの様子に気が付かなかった。
そして、何も言われない事を不思議に思いながら頭を上げようとした時だった。
「羽生、来たか!」
「待ってたわ、羽生」
「お前、遅い!!」
「……心配した、羽生」
飛騨先輩、水野先輩、土田先輩、風間先輩の四人に叩かれながらもそんな事を言われる。
いつもと違う先輩たちの様子と奥で何か安堵したような表情の部長を見て一瞬だけ意味が分からなかったが直ぐに理解する。
「心配かけてすいません」
「良いさ。それよりもテスト品はどうだった?」
そう聞いてきたのはダンジョンに持ち込んだマナ式湯沸し器を考案、開発した飛騨先輩だった。
他の先輩方も何か聞きたい事が有るようだったが、仕事の話を始めた飛騨先輩に譲るつもりなのか軽く俺の肩を叩くと直ぐに自分の仕事へと戻っていった。
「あぁ、アレですか?」
「そっ、正直言ってなかなかテスト品としてはなかなか良い出来だったから気になってね」
自分の席へと向かう俺の後についてくる飛騨先輩を見るにどうやら余程の自信作だったらしい。
んー、でも、個人的には湯沸し器よりもコンロの方が良かったと言うべきか悩んでしまう。
「そうなんですね。じゃあ、後で報告書を飛騨先輩にも渡すので楽しみにしていてください」
誤魔化すように席について仕事の準備を始めていくと飛騨先輩も諦めたのか自分の席に戻るのだった。
一週間いなかっただけで溜まっていた社内メールの確認や届いていた資料に目を通していたところ、急に部長から声を掛けられる。
「羽生君、午後に付き合ってほしいところが有るんだけど良いかな?」
「えっ? えぇ、報告書の作成や次のテスト品の選定、ダンジョンへの計画を考えるだけなんで問題無いと思いますよ?」
不思議に思いながらも部長の方に顔を向けると俺を見ながらもチラチラとパソコン画面に目を向けていた。
「そうか、良かった。じゃあ、昼休憩が終わったら私の所に来てくれ」
「はい、わかりました」
そのやり取りに周りの先輩たちから急に視線が集まる。そして、直ぐに互いに見合う先輩たちの姿は何か牽制しあっているように感じた。
ただ、そんな事よりも珍しく部長に同行する事に意識がいってしまい、その事に気が付くことは無かった。
「でも、珍しいな。部長が何処か出掛けるのに付き合ってほしいなんて」
「そうだな。俺も聞いたことないな」
「ですよねー、って、誰、と……」
俺の呟いた独り言に返ってきた言葉を聞いて驚いて横を見てみるといつの間にかに隣に座っていた飛騨先輩がいた。
「で、何やったんだ? まさか、俺の作品を壊したとかじゃないよな?」
「流石にそんな事はしてないですよ。というか、俺自身思い当たる事無いんで分からないです」
「ふーん、まあ良いけどさ。それよりも報告書書けたか? 次のテスト品は絞り込んだか?」
声を掛けてきた理由はそれかと思いながらも何かしら救いの手はないかと飛騨先輩にバレないように視線だけ辺りに向けてみる。
見えた光景に一瞬見間違いを期待したかった。
なんで水野先輩も土田先輩も風間先輩ですらも獲物を見つけた肉食獣のような目で見てるんですかねぇ……。
「まだ、ですよ。それにテスト品は戻ってきてからにしようかと思ってるんで」
「そうか。早めに戻ってこれるといいな」
そう言って席から立ちあがって自分の席に戻っていく飛騨先輩と交代するように今度は水野先輩が手に何やら紙束を持ってやってくる。
「やっと飛騨がいなくなったわね、羽生。それで次のテスト品についてだけど……、これとかこれはどうかしら?」
「いや、あの、まだ……」
「それともこっちにしてみる……?」
何枚か俺の机の上にテスト品の詳細が書かれた書類を置いた後に俺の反応が鈍いのは置いた書類の中に気に入った物が無いと思ったようで更に何枚かの書類を差し出してくる。
「あー、待て待て。そこまでだ、水野」
「何よ、邪魔しないでよ、土田」
「……羽生、これ」
水野先輩の抜け駆けに気が付いた他二人の先輩もやってくる。
土田先輩はそのまま水野先輩に文句を言い、それをチラリと見た風間先輩はスッと近付いてくると一枚の書類を差し出してくる。
どうやら風間先輩も自分の作った作品を使って欲しいらしい。
「あ、あの先輩方、取り合えずテスト品は部長との外出後に決めるんで……」
「何っ? じゃあ、これ俺のな!」
「……そう」
そう言った途端に振り向いて俺に書類を差し出す土田先輩と机の上に書類を置いて席へと戻っていく風間先輩。水野先輩は土田先輩が俺の方を向いた瞬間にそそくさとその場から立ち去った。
「頼む、羽生! 前回は飛騨先輩のヤツ持ってっただろ。だから、次持ってくのは飛騨先輩の以外から選んでくれ!!」
「せ、先輩、そんな頭下げないで下さいよ」
「頭を下げたぐらいで頼み事が叶うなら頭くらい下げる。だから、頼む!!」
「はぁー、分かりました。次持っていくのは飛騨先輩の以外にしますよ」
「本当か……。ありがとう」
頭を下げてまで頼み込んできた土田先輩に負けて俺がそう言うとようやく下げていた頭を上げてくれる。
とはいえ、約束したなら三人の作品の中から選ばないといけないな。
ありがとうと何回も言いながら席に戻っていく土田先輩を見送りながら三人の先輩から貰った書類を簡単にまとめてパソコンの横に置いた。
「これはさっさと報告書を書き上げて提出しないとダメそうだな」
チラリとそのまとめて置いてある書類の束を見た俺は作りかけの報告書を早く仕上げるべく続きを始めた。
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