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第4章 終わりの日
06
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別荘の外でパラパラと何かがぶつかる音がした。昼間はあれほど天気が良かったのに、雨が降り始めている。冷たいのに、どこか優しさを孕んだ雨音。
覚悟を決めて待っていた唯は、まだだろうかとビクビクしていた。股の間にピタリと当てられたバイブはそのままだ。もしや自分から腰を寄せた方がいいだろうか。
(千歳さん、優しいから……)
もちろん優しいだけではなく、相手のためにすこし……いや、かなりスパルタな面もあるが。
「俺は唯が欲張りになって欲しいのに」
「……もう充分、欲張りだと思うんですけど」
「足りないです」
唯にとっては、この状況自体が贅沢である。
「もっと欲張って」
いいのだろうか。これ以上を望んでも、迷惑ではないだろうか。
唯はそっと視線を持ち上げる。その視界にしっかりと千歳を収めた。
くっきりとした目鼻立ち、薄い唇は笑みの形を作っている。けれど頬も耳も赤く、額には薄らと汗が浮き出ていた。そして瞳は向けられた人を蕩けさせるほどの熱を帯びて、求められているのが伝わってくる。
今まで唯は必要とされることが嬉しかった。
必要とされないことの方が苦しくて、悲しいことだと本気で思っていた。
千歳の人生にとって唯はなくても生きていける存在なのに、求めてくれることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
「道具を使うのは……嫌です」
「はい」
そろりと、股の間にあったものが離れていく。
「千歳さん以外としたくないです」
「はい」
他には、と彼の目が細められる。
「手を繋いだり、頭を撫でて欲しいです」
「はい」
言ってから、唯は手が足りないのではないかと気づいたが千歳は片手だけ手を繋いで、別の手で唯の頭に手を置いた。
「後は……できるだけ痛くならないようにして欲しいです」
「それは……はい」
微かな戸惑いの後、千歳は打ち消すように返事をした。むしろ嬉しそうに頷いている。かなり意地の悪い希望を伝えたのだが、彼は満足そうだ。いいのだろうか、と不安になる唯の頭を優しく撫でると再びサイドチェストからコンドームを取り出す。
しかし、今回は箱ごとだ。箱から中身をすべて取り出すと、彼は一枚一枚切り取って枕の横に置き始めた。
「千歳さん?」
「事前に準備しておきます」
一枚、二枚、三枚……とコンドームを置いていく。
「そんな……そんなに使いますか」
「使います」
ぺりぺり、と正方形の包みがさらに増える。
「千歳さんは……その、そんなに……?」
「唯が痛まないように我慢するので、痛みがなくなったら付き合ってくれますよね」
「あ……あ、ええと……頑張ります……」
いや、頑張れるのか。
本気か。
思わずサイドテーブルにある水とスポドリを見る。そして腰に敷かれたバスタオルにも意識が向いた。
本気も本気。真面目に用意していることに気づいた唯はものすごく混乱した。
「あの、千歳さんもしかして……」
「どうかしましたか」
言いながら、千歳の手は止まらない。箱の中にあるすべてのコンドームを個別にして、いつでも取れるように枕の横に置いている。
顔の横にある山盛りになったコンドームの圧がすごい。
「最初から諦めるつもり、なかったんじゃ」
あまりに準備が良すぎる。そういうことになると分かっていたかのようだった。
「まさか。唯に選んでもらえなかったら、諦めましたよ」
千歳は天使のようにふわふわと微笑んだ。表情とやっていることのギャップがすごい。
彼の言葉に嘘はない。本当にそうなのだろう。けれど、諦めると口にしたわりに、諦めなくてもいい時の用意が万全すぎるくらいにできていた。
「……嫌になりましたか?」
千歳は首を僅かに横へ傾ける。しおらしくもあり、挑発的でもあった。
「それくらいで嫌になるような好きだったら、千歳さんがいいなんて言わないです」
「ん」
答えると、彼は笑みを浮かべて満足そうに唯に顔を寄せる。
甘く艶やかな髪が唯はすこしくすぐったかった。小さく吐息を漏らすと、その唇が優しく奪われる。
「そのまま、俺だけ見ていてください」
千歳の手にはコンドームがある。装着するから、うっかり下は見ないようにという意味だろう。
唯はこれから体の内側に入るものが一体どれほどのものなのか気にはなった。見ない方がいいと言われて最初は素直に従っていたのだが、すぐそばにあるコンドームの山を見ると、確認しておくべきなのではないかと疑問を抱かせた。
けれど、千歳の甘い視線を一身に受け止めている状況で余所見などできるはずもない。
「ちょっとずつ……動きますね」
「っ……は、はい」
ピタリ、と股の間に千歳のものが触れる。バイブとは違って、触れている箇所が微妙に動く。唯はその時点ですこし気持ちよくなってしまったことを隠すように、しっかりと返事をした。
「痛くなったら教えてください」
千歳は唯が言った通り、片方だけ手を繋いで、別の手は彼女の頭を優しく撫でながら腰を倒していく。
先端が数ミリ、濡れた割れ目に埋まる。
「あ……っ」
思わず身構えてしまうのは癖だった。
しかし、頭を優しく撫でる手に唯はすこしずつ力を抜く。千歳を受け入れる場所を拒まないように意識した。
「千歳さんは痛くないですか?」
「痛くないです。むしろ気持ちが良いので、申し訳ないくらいですよ」
まだほんのすこし入っただけ。それでも目元を緩めて安心させようとする千歳に、唯は怖くても頑張りたくなる。
「唇、噛んでます」
千歳は唯の唇をそっと撫でた。まだ傷にはなっていないことを確認すると、おもむろに自身のパジャマのボタンを外し始める。
「唯だけ痛い思いをするのは嫌なので」
すらりとした白い肩を見せると、唯の口元にそれを寄せた。
「え?」
「噛むなら、俺の肩を噛んでください」
「……え?」
噛んでと言われて噛めるような肩ではない。傷一つない美しい肌に唯は混乱する。
「本当はこういう時、キスの方がいいのかなって思ったんですけど……痛いって思った時にうまく伝わらないかもしれないので。噛んでもらう方がどれくらい痛いのか、分かるでしょう?」
その提案はとても理に適っているのだが、たぶん普通はやらない。
「う、ううぅ……」
けれど唯はあれよあれよという間に千歳の肩をぱっくりと噛む状態になっていた。力は込めていないので、まだ痛くはないはずだ。
「痛くなくても怖かったら噛んでいいですから」
柔らかな声音と共に頭を撫でられるが、唯はまだ盛大に困惑していた。
「我慢しないで」
「ひぅ」
先端だけ挿っていたそれが、ぬっと唯の奥へと押し挿ってくる。チクリと針が刺さったような痛みがあった。反射的に千歳の肩を強く噛む。千歳を包む未熟な穴も、彼を強く締め付けた。
「――っ」
「んぅうっ!」
千歳はすぐに動きを止めて、腰をすこし戻す。
唯は股の間がヒリヒリと痛んだが、それよりも千歳の肩を思い切り噛んでしまったことの方が気がかりだった。唯が感じた痛みよりも酷いはずだ。
しかし千歳は唯を励ますように頭を撫でる。
彼女も何か言いたかったが、まだ口は千歳の肩で塞がれていた。
(千歳さんもこんな気持ちなのかな……)
痛い思いをさせたくない。そう思わせてしまうだけで、すごく不安になる。
「俺は大丈夫ですからね」
(千歳さん……)
すこしでも早く、千歳を受け入れてしまいたい。どうしてこんなにも、痛いことが苦手なのかと情けなくなる。何でもいいから伝えたくなった唯は、口に挟んだ肩へ舌を這わせた。千歳が頭を撫でてくれた時のように、ゆっくりと舌を動かす。
「……っ?」
腰はピタリと止まっているはずなのに、唯の中に挿っているものが、ぐんと膨らむのを感じる。おかしい。肉壁がいっぱいいっぱいになるほど広がっていく。
「……大きくしたのは唯ですからね」
だから痛くても責任を取ってと切羽詰まった声で千歳は言う。
唯は目を丸くしながら、さらに大きくなってしまったもののことを考える。
この清涼感のある上品で物静かな男の下半身はどうなっているのだろう。その見た目に見合う形であるべきだ。そうでなければ、千歳を知るほとんどの女性は泣いてしまうのではないか。いや、唯は誰にも見せるつもりはないけれども。
(今まで触るだけの時は、こんなことなかったのに……!)
だから体に千歳の肉欲がめりめりと主張してくることに混乱する。彼は無理に押し挿ろうとはしないので、それだけが救いだ。唯の体が千歳に馴染んでいくのを待ちながら、ゆったりと進んで行く。
「もうすこしですからね」
(も、もう半分くらいは挿ったかな……?)
残念なことに現実は千歳の小指の第一関節分しか挿っていない。
千歳はこれでやっと亀頭部分が挿りますという意味で言ったのだが、唯が勘違いしている気配を察知しても訂正はしなかった。たぶんその後も「後もうすこしです」と言い続けるだろう。
そうして唯は千歳の言葉を信じて、半分涙目になりながら千歳の肩を噛んだり舐めたりして痛みに耐えた。当然、まったく『もうすこし』ではなかった。途中でもう挿らないと訴えかけたが、千歳は唯の頭をよしよしと撫でる。最終的には何故か全部挿っていった。
これでようやく処女を卒業したというのに、達成感がない。体がそれどころではないのだ。
千歳の肩が離れた唯は小言を言いかけ、ぎょっとする。
「千歳さ……大丈夫なんですか!」
唯が噛んでいた肩は真っ赤になっていた。くっきりと歯形もできており、薄らと血が滲んでいるようにも見える。
「あっ、……唯、今……締める、のは」
「え?」
千歳の頭がくたりと枕の上に倒れる。
「千歳さん、ごめんなさい。痛いですよね? 傷が残ってしまうかもしれないですから、手当てしましょう」
「やっと全部挿ったのにお預けされるんですか」
「そんなつもりではなくて、でも……」
心配だと唯は千歳を見る。枕に顔を埋めたまま、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
「苦しそうなので、一旦、抜いた方がいいんじゃ」
「しばらくは動かないままでいます。また苦しい思いをすることになりますから」
唯の下腹は千歳のものが挿っているせいで、いっぱいいっぱいだった。これ以上ないくらいに引っ張られている。痛みはだいぶ引いたが、またいつ痛みが来るのか分からなくてちょっと怖い。だから全力で腰をベッドに縫い付けている状態だ。すこしの身動ぎさえ怖い。
これで千歳が腰を動かし始めたら死んでしまうのではないだろうか。
唯の目的は達成したが、千歳にとってはここからである。今まで散々、我慢させてきたのだから唯は好きにして欲しかった。でも怖い。すごく怖い。やっぱり怖い。
「私……こんなにいっぱいいっぱいで最後までできるんでしょうか」
「できますよ。挿ったじゃないですか」
「でも、結構きついと思うんですけど」
「このままじっとしていれば、ゆっくり俺に合うような形になりますよ」
「そうなんですか、知りませんでした。千歳さんってやっぱり経験が……」
千歳の謎に包まれた恋愛遍歴を明らかにするべきか、唯は躊躇する。気にはなるのだが、知りたくないような気もした。
「ないです」
「ないですよね、そうで……えっ、ない?」
ない。
「別に隠していたわけではないんです。でも唯は初めてだから、知っても不安になるだけですし……後、遠慮しそうだなって」
決して悪い意味での遠慮ではない。恋人になったばかりの唯であれば、自分が初めてなんて恐れ多いと逃げそうである。
「でも、色々と詳しいじゃないですか!」
「調べたんです。とくに役に立ったのはAV男優が書いた本ですね。AVと実際のセックスについての違いや女性の体について……」
「い、言わなくていいです! 言わないで!」
「気になるなら、今度紹介しますよ」
「いいですから」
千歳は難解な論文について語るかのような口調で猥談を始めたので、唯は必死で止めた。ただ、脳裏では千歳の話す本がちょっと気になっている。今度、千歳の部屋にある本棚を調べよう。普通に一般的な本と共に並べられている可能性が高い。帰ってからの予定を立てる。
「そろそろ、動いても大丈夫そうですね」
呑気に話をしているうちに、唯の体は不思議と余裕ができていた。千歳を受け入れるのがギリギリだった肉壁は、もうすっかり彼の形を覚えている。
「は……はい……」
唯はこれでようやく、ちゃんと千歳を満足させることができる。うっかり下腹部に力が入っても、千切れる寸前のような感覚はない。かわりに繋がっている部分は酷く泥濘み、全身が火照る。僅かに身動ぐと、はちみつのような粘稠した音が鳴った。
「唯」
たった二文字、千歳は大切に、確かめるように言う。
唯は体も心も今、しっかりと結ばれたのだと実感した。
顔を寄せる千歳の唇に、唯は自ら合わせる。ほんの数秒も待てないくらい、もっと近くにいたいという欲を隠す必要はなかった。
唇を合わせたまま、千歳は唯をしっかりと抱きしめなおすと腰を動かし始める。そこに勢いはなく、唯に負担がかからないように小刻みに最奥を突いていくのみだった。重ねた唇の隙間からは、途切れ途切れに唯の甘い声が漏れる。嬌声を隠したいわけではないけれど、唯は彼の唇を吸っていたいので我慢していた。
千歳の一週間近い努力の甲斐あって、唯が痛みを感じることはほとんどなかった。それを上回るほどの快楽がとめどなく流れ込んでくる。気持ちよすぎて、頭がふわふわしそうだった。あんなに怖かったのが嘘のように、唯も腰が動いていく。その動きを知った千歳はすこしずつ腰を動かすペースを速めていった。その反動で一度離れてしまった唇に、千歳は噛みつくようにキスをする。
そうしてしっかりとくっついた姿勢のまま動き、とうとう千歳が大きく息を吐く。ピタリと腰を止め、顔に似合わない勇ましいものがトクトクと脈打った。
「千歳さん……?」
ずっと動いていたから疲れただろうか。純粋に千歳の心配をした唯は、彼の頭に手を伸ばす。普段であればとっくに寝ている時間だ。その証拠に、彼の目はとろんとしていた。
「ん……もう一回」
が、それは眠気のせいではなかったらしい。むくむくと唯に包まれたそれが大きくなる。ゆったりと腰を引き抜くと、コンドームの山から無造作に一枚取り出して付け替え始めた。その様子を、唯は見る勇気がない。サイドテーブルの辺りを眺めていた。
しかし、その視界にはゴミ箱も映っている。千歳が使用済みのそれを捨てる場面を目撃し、唯はよく分からないショックを受けた。千歳さん、精液って出るんだ。そりゃあ出る。
そして再び唯の内側を押し開いた屹立は、一度目よりも雄々しかった。
「唯、もう無理って思ったら言ってください。……肉欲って興味なかったんですけど、ちょっと――」
千歳は途中に口を閉ざす。悩ましげな表情で腰を動かし、ちうちうと唯の唇を吸う。何度も彼女の名前を呼んでは、子どものようにしがみついてくる。指先は唯の膨らみへと伸びて、赤い尖りを優しく揉んでいく。
「んっ、んゥうっ、みゥ、アッ」
どこもかしこも優しくされているのに、唯の体はこれ以上ないくらいに追い詰められていた。気持ちいい場所ばかりで、どこに意識を向ければいいのか分からなくなる。達したとしても、どこで達してしまったのか知らないまま、脳裏は白色に染まった。
「可愛い、唯」
唯は体を震わせながら、千歳にしがみつく。極めたばかりなのに、彼は唯の過敏な場所を慰め続ける。
「アぅ、んぅうっ……」
ほっそりとして丸みのある白い足が、ガクガクと揺れた。千歳はその太ももを労うようにすりすりと撫でながら、しっかりと足を開かせる。
すると彼女の中がきゅうっと千歳を締め付けた。お尻にまで溢れた愛液を見た彼は、まだご褒美はもらえそうだと彼女の内側に何度も自身を刻みつけた。
覚悟を決めて待っていた唯は、まだだろうかとビクビクしていた。股の間にピタリと当てられたバイブはそのままだ。もしや自分から腰を寄せた方がいいだろうか。
(千歳さん、優しいから……)
もちろん優しいだけではなく、相手のためにすこし……いや、かなりスパルタな面もあるが。
「俺は唯が欲張りになって欲しいのに」
「……もう充分、欲張りだと思うんですけど」
「足りないです」
唯にとっては、この状況自体が贅沢である。
「もっと欲張って」
いいのだろうか。これ以上を望んでも、迷惑ではないだろうか。
唯はそっと視線を持ち上げる。その視界にしっかりと千歳を収めた。
くっきりとした目鼻立ち、薄い唇は笑みの形を作っている。けれど頬も耳も赤く、額には薄らと汗が浮き出ていた。そして瞳は向けられた人を蕩けさせるほどの熱を帯びて、求められているのが伝わってくる。
今まで唯は必要とされることが嬉しかった。
必要とされないことの方が苦しくて、悲しいことだと本気で思っていた。
千歳の人生にとって唯はなくても生きていける存在なのに、求めてくれることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
「道具を使うのは……嫌です」
「はい」
そろりと、股の間にあったものが離れていく。
「千歳さん以外としたくないです」
「はい」
他には、と彼の目が細められる。
「手を繋いだり、頭を撫でて欲しいです」
「はい」
言ってから、唯は手が足りないのではないかと気づいたが千歳は片手だけ手を繋いで、別の手で唯の頭に手を置いた。
「後は……できるだけ痛くならないようにして欲しいです」
「それは……はい」
微かな戸惑いの後、千歳は打ち消すように返事をした。むしろ嬉しそうに頷いている。かなり意地の悪い希望を伝えたのだが、彼は満足そうだ。いいのだろうか、と不安になる唯の頭を優しく撫でると再びサイドチェストからコンドームを取り出す。
しかし、今回は箱ごとだ。箱から中身をすべて取り出すと、彼は一枚一枚切り取って枕の横に置き始めた。
「千歳さん?」
「事前に準備しておきます」
一枚、二枚、三枚……とコンドームを置いていく。
「そんな……そんなに使いますか」
「使います」
ぺりぺり、と正方形の包みがさらに増える。
「千歳さんは……その、そんなに……?」
「唯が痛まないように我慢するので、痛みがなくなったら付き合ってくれますよね」
「あ……あ、ええと……頑張ります……」
いや、頑張れるのか。
本気か。
思わずサイドテーブルにある水とスポドリを見る。そして腰に敷かれたバスタオルにも意識が向いた。
本気も本気。真面目に用意していることに気づいた唯はものすごく混乱した。
「あの、千歳さんもしかして……」
「どうかしましたか」
言いながら、千歳の手は止まらない。箱の中にあるすべてのコンドームを個別にして、いつでも取れるように枕の横に置いている。
顔の横にある山盛りになったコンドームの圧がすごい。
「最初から諦めるつもり、なかったんじゃ」
あまりに準備が良すぎる。そういうことになると分かっていたかのようだった。
「まさか。唯に選んでもらえなかったら、諦めましたよ」
千歳は天使のようにふわふわと微笑んだ。表情とやっていることのギャップがすごい。
彼の言葉に嘘はない。本当にそうなのだろう。けれど、諦めると口にしたわりに、諦めなくてもいい時の用意が万全すぎるくらいにできていた。
「……嫌になりましたか?」
千歳は首を僅かに横へ傾ける。しおらしくもあり、挑発的でもあった。
「それくらいで嫌になるような好きだったら、千歳さんがいいなんて言わないです」
「ん」
答えると、彼は笑みを浮かべて満足そうに唯に顔を寄せる。
甘く艶やかな髪が唯はすこしくすぐったかった。小さく吐息を漏らすと、その唇が優しく奪われる。
「そのまま、俺だけ見ていてください」
千歳の手にはコンドームがある。装着するから、うっかり下は見ないようにという意味だろう。
唯はこれから体の内側に入るものが一体どれほどのものなのか気にはなった。見ない方がいいと言われて最初は素直に従っていたのだが、すぐそばにあるコンドームの山を見ると、確認しておくべきなのではないかと疑問を抱かせた。
けれど、千歳の甘い視線を一身に受け止めている状況で余所見などできるはずもない。
「ちょっとずつ……動きますね」
「っ……は、はい」
ピタリ、と股の間に千歳のものが触れる。バイブとは違って、触れている箇所が微妙に動く。唯はその時点ですこし気持ちよくなってしまったことを隠すように、しっかりと返事をした。
「痛くなったら教えてください」
千歳は唯が言った通り、片方だけ手を繋いで、別の手は彼女の頭を優しく撫でながら腰を倒していく。
先端が数ミリ、濡れた割れ目に埋まる。
「あ……っ」
思わず身構えてしまうのは癖だった。
しかし、頭を優しく撫でる手に唯はすこしずつ力を抜く。千歳を受け入れる場所を拒まないように意識した。
「千歳さんは痛くないですか?」
「痛くないです。むしろ気持ちが良いので、申し訳ないくらいですよ」
まだほんのすこし入っただけ。それでも目元を緩めて安心させようとする千歳に、唯は怖くても頑張りたくなる。
「唇、噛んでます」
千歳は唯の唇をそっと撫でた。まだ傷にはなっていないことを確認すると、おもむろに自身のパジャマのボタンを外し始める。
「唯だけ痛い思いをするのは嫌なので」
すらりとした白い肩を見せると、唯の口元にそれを寄せた。
「え?」
「噛むなら、俺の肩を噛んでください」
「……え?」
噛んでと言われて噛めるような肩ではない。傷一つない美しい肌に唯は混乱する。
「本当はこういう時、キスの方がいいのかなって思ったんですけど……痛いって思った時にうまく伝わらないかもしれないので。噛んでもらう方がどれくらい痛いのか、分かるでしょう?」
その提案はとても理に適っているのだが、たぶん普通はやらない。
「う、ううぅ……」
けれど唯はあれよあれよという間に千歳の肩をぱっくりと噛む状態になっていた。力は込めていないので、まだ痛くはないはずだ。
「痛くなくても怖かったら噛んでいいですから」
柔らかな声音と共に頭を撫でられるが、唯はまだ盛大に困惑していた。
「我慢しないで」
「ひぅ」
先端だけ挿っていたそれが、ぬっと唯の奥へと押し挿ってくる。チクリと針が刺さったような痛みがあった。反射的に千歳の肩を強く噛む。千歳を包む未熟な穴も、彼を強く締め付けた。
「――っ」
「んぅうっ!」
千歳はすぐに動きを止めて、腰をすこし戻す。
唯は股の間がヒリヒリと痛んだが、それよりも千歳の肩を思い切り噛んでしまったことの方が気がかりだった。唯が感じた痛みよりも酷いはずだ。
しかし千歳は唯を励ますように頭を撫でる。
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(千歳さん……)
すこしでも早く、千歳を受け入れてしまいたい。どうしてこんなにも、痛いことが苦手なのかと情けなくなる。何でもいいから伝えたくなった唯は、口に挟んだ肩へ舌を這わせた。千歳が頭を撫でてくれた時のように、ゆっくりと舌を動かす。
「……っ?」
腰はピタリと止まっているはずなのに、唯の中に挿っているものが、ぐんと膨らむのを感じる。おかしい。肉壁がいっぱいいっぱいになるほど広がっていく。
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「もうすこしですからね」
(も、もう半分くらいは挿ったかな……?)
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そうして唯は千歳の言葉を信じて、半分涙目になりながら千歳の肩を噛んだり舐めたりして痛みに耐えた。当然、まったく『もうすこし』ではなかった。途中でもう挿らないと訴えかけたが、千歳は唯の頭をよしよしと撫でる。最終的には何故か全部挿っていった。
これでようやく処女を卒業したというのに、達成感がない。体がそれどころではないのだ。
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「千歳さ……大丈夫なんですか!」
唯が噛んでいた肩は真っ赤になっていた。くっきりと歯形もできており、薄らと血が滲んでいるようにも見える。
「あっ、……唯、今……締める、のは」
「え?」
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「千歳さん、ごめんなさい。痛いですよね? 傷が残ってしまうかもしれないですから、手当てしましょう」
「やっと全部挿ったのにお預けされるんですか」
「そんなつもりではなくて、でも……」
心配だと唯は千歳を見る。枕に顔を埋めたまま、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
「苦しそうなので、一旦、抜いた方がいいんじゃ」
「しばらくは動かないままでいます。また苦しい思いをすることになりますから」
唯の下腹は千歳のものが挿っているせいで、いっぱいいっぱいだった。これ以上ないくらいに引っ張られている。痛みはだいぶ引いたが、またいつ痛みが来るのか分からなくてちょっと怖い。だから全力で腰をベッドに縫い付けている状態だ。すこしの身動ぎさえ怖い。
これで千歳が腰を動かし始めたら死んでしまうのではないだろうか。
唯の目的は達成したが、千歳にとってはここからである。今まで散々、我慢させてきたのだから唯は好きにして欲しかった。でも怖い。すごく怖い。やっぱり怖い。
「私……こんなにいっぱいいっぱいで最後までできるんでしょうか」
「できますよ。挿ったじゃないですか」
「でも、結構きついと思うんですけど」
「このままじっとしていれば、ゆっくり俺に合うような形になりますよ」
「そうなんですか、知りませんでした。千歳さんってやっぱり経験が……」
千歳の謎に包まれた恋愛遍歴を明らかにするべきか、唯は躊躇する。気にはなるのだが、知りたくないような気もした。
「ないです」
「ないですよね、そうで……えっ、ない?」
ない。
「別に隠していたわけではないんです。でも唯は初めてだから、知っても不安になるだけですし……後、遠慮しそうだなって」
決して悪い意味での遠慮ではない。恋人になったばかりの唯であれば、自分が初めてなんて恐れ多いと逃げそうである。
「でも、色々と詳しいじゃないですか!」
「調べたんです。とくに役に立ったのはAV男優が書いた本ですね。AVと実際のセックスについての違いや女性の体について……」
「い、言わなくていいです! 言わないで!」
「気になるなら、今度紹介しますよ」
「いいですから」
千歳は難解な論文について語るかのような口調で猥談を始めたので、唯は必死で止めた。ただ、脳裏では千歳の話す本がちょっと気になっている。今度、千歳の部屋にある本棚を調べよう。普通に一般的な本と共に並べられている可能性が高い。帰ってからの予定を立てる。
「そろそろ、動いても大丈夫そうですね」
呑気に話をしているうちに、唯の体は不思議と余裕ができていた。千歳を受け入れるのがギリギリだった肉壁は、もうすっかり彼の形を覚えている。
「は……はい……」
唯はこれでようやく、ちゃんと千歳を満足させることができる。うっかり下腹部に力が入っても、千切れる寸前のような感覚はない。かわりに繋がっている部分は酷く泥濘み、全身が火照る。僅かに身動ぐと、はちみつのような粘稠した音が鳴った。
「唯」
たった二文字、千歳は大切に、確かめるように言う。
唯は体も心も今、しっかりと結ばれたのだと実感した。
顔を寄せる千歳の唇に、唯は自ら合わせる。ほんの数秒も待てないくらい、もっと近くにいたいという欲を隠す必要はなかった。
唇を合わせたまま、千歳は唯をしっかりと抱きしめなおすと腰を動かし始める。そこに勢いはなく、唯に負担がかからないように小刻みに最奥を突いていくのみだった。重ねた唇の隙間からは、途切れ途切れに唯の甘い声が漏れる。嬌声を隠したいわけではないけれど、唯は彼の唇を吸っていたいので我慢していた。
千歳の一週間近い努力の甲斐あって、唯が痛みを感じることはほとんどなかった。それを上回るほどの快楽がとめどなく流れ込んでくる。気持ちよすぎて、頭がふわふわしそうだった。あんなに怖かったのが嘘のように、唯も腰が動いていく。その動きを知った千歳はすこしずつ腰を動かすペースを速めていった。その反動で一度離れてしまった唇に、千歳は噛みつくようにキスをする。
そうしてしっかりとくっついた姿勢のまま動き、とうとう千歳が大きく息を吐く。ピタリと腰を止め、顔に似合わない勇ましいものがトクトクと脈打った。
「千歳さん……?」
ずっと動いていたから疲れただろうか。純粋に千歳の心配をした唯は、彼の頭に手を伸ばす。普段であればとっくに寝ている時間だ。その証拠に、彼の目はとろんとしていた。
「ん……もう一回」
が、それは眠気のせいではなかったらしい。むくむくと唯に包まれたそれが大きくなる。ゆったりと腰を引き抜くと、コンドームの山から無造作に一枚取り出して付け替え始めた。その様子を、唯は見る勇気がない。サイドテーブルの辺りを眺めていた。
しかし、その視界にはゴミ箱も映っている。千歳が使用済みのそれを捨てる場面を目撃し、唯はよく分からないショックを受けた。千歳さん、精液って出るんだ。そりゃあ出る。
そして再び唯の内側を押し開いた屹立は、一度目よりも雄々しかった。
「唯、もう無理って思ったら言ってください。……肉欲って興味なかったんですけど、ちょっと――」
千歳は途中に口を閉ざす。悩ましげな表情で腰を動かし、ちうちうと唯の唇を吸う。何度も彼女の名前を呼んでは、子どものようにしがみついてくる。指先は唯の膨らみへと伸びて、赤い尖りを優しく揉んでいく。
「んっ、んゥうっ、みゥ、アッ」
どこもかしこも優しくされているのに、唯の体はこれ以上ないくらいに追い詰められていた。気持ちいい場所ばかりで、どこに意識を向ければいいのか分からなくなる。達したとしても、どこで達してしまったのか知らないまま、脳裏は白色に染まった。
「可愛い、唯」
唯は体を震わせながら、千歳にしがみつく。極めたばかりなのに、彼は唯の過敏な場所を慰め続ける。
「アぅ、んぅうっ……」
ほっそりとして丸みのある白い足が、ガクガクと揺れた。千歳はその太ももを労うようにすりすりと撫でながら、しっかりと足を開かせる。
すると彼女の中がきゅうっと千歳を締め付けた。お尻にまで溢れた愛液を見た彼は、まだご褒美はもらえそうだと彼女の内側に何度も自身を刻みつけた。
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