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混線 5(司)
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当直前のわずかな時間に、急いで屋上に上がり数子に電話を掛ける。
緊張する指でスマホを操作し、地味なトーンの呼び出し音を聞きながら、心臓はバクバクとイヤなリズムを刻んでいる。
着信履歴は残っていなかった。
数子は俺から電話が掛かってくるのを、待っていてくれたのだろう。
待ちぼうけを食わされて、怒ってるよなぁ……。
梨々花のところへ行っていたなんて言えないけれど、とにかく早く謝りたかった。
後日たくさん埋め合わせをして、数子を喜ばせたい。
この時俺は単純にそう思っていた。
『もしもし』
あっ、数子。
沈んだ声を聞いたとたん一気に不安が増し、咄嗟に「昨日はごめんっ」と口にしていた。
「今までバタバタしてて、この後すぐ当直だからあんまり時間無いんだけど、謝ろうと思って。数子、本当にごめん」
『別に謝らなくて良いよ。忙しかったんでしょう?』
声にトゲがある。でも、それだけ待たせてしまったのだから仕方がない。
「うん、今までオペ入ってて……」
だから電話も出来ないくらい、すっごーく忙しかったんだ、というニュアンスを込める。
かなり後ろめたいけれど、嘘は言っていない。
『どんなオぺだか』
嘆息交じりの声にぎくりとした。
「え?」
『私との約束すっぽかして、元カノさんの所へ行ってたんでしょう? 電話で元カノさんがご丁寧に教えてくれたから、全部知ってるよ。私から電話あったって、彼女言ってなかった?』
さぁぁっと血の気が引いてゆく。
梨々花、あの女、いったい数子に何言った!?
履歴も削除しやがって!!
「あ…えっと、それは」
『やっぱり行ってたんだ』
数子は狼狽えている俺の言葉を、寂しそうな声で遮った。
『小学校一年生の四月じゃないんだから、嘘を吐いてはいけません、なんて言わせないでくれる? 愛だ恋だで始まったわけじゃないけど、こんな形で裏切られるのってやっぱり凄く悲しいものだよ……。鈴田先生、電話有り難うございました。さようなら』
涙声?
数子を傷付けてしまった事が、心苦しくて仕方がない。
それに『さようなら』なんて、心臓を握り潰されるような気分だ。
「数子ちょっと待って、ごめんっ、謝るから話を聞いてくれっ!!」
口をついて出た言葉の途中、正確には『ごめん』と言い終わらないうちに、彼女は電話を切ってしまった。
「ああぁっ、くそっ!!」
そう悪態を吐いた直後、ふと気付けばさっきまで一緒だった森田と井上が直ぐ傍にいて、コーヒー片手にキラッキラの眼差しで俺を見ながら、意味ありげに笑っていた。
*
朝十時
「美味しいお魚ちゃん見ぃっけ!」
声を弾ませながら、守が当直室に入って来た。
「お前、数子ちゃんとトラブっちゃったのかぁ?」
ギクッ
「なっ…いきなり何だよっ」
「お、図星だな? さっき森田と井上に聞いたんだよ。くくく」
守は目を三日月形に細めた。
ったくあいつら、余計なこと言いやがって……
「そっかぁ、振られて別れちゃったのか~、かわいそうにぃ。涙無くしては聞けない話だなぁ……」
なんて言いながら、明らかに面白がって声高らかに笑っている。腹立たしいことに涙目だ。
「別れてないっ、笑うなっ! 邪魔だからもう出てけっ!!」
「アハハ、そんなに怒んなよぉ、ひょっとしてお前、生理前か? ところで昨日何があったんだ?」
守は目を輝かせて楽しそうに言った。
教えろ、教えない、いや教えろ!
海老沢先生の検査の事まで恩着せがましく持ち出され、俺はしぶしぶ昨日の事を話した。
「人の不幸は蜜の味……」
「なんだとっ!!」
「でもなぁ司、この世に偶然は無い、バレるべくしてバレたんだ。いっそ梨々花とより戻せよ。美人で頭と尻が軽くて、最っ高じゃないか~。たまに俺に貸してくれ!」
「うるさいっ、いいからもう帰れっ!!」
声を荒らげた時、ちょうど部屋の電話が鳴った。
高速道路で玉突き事故があった為、救外そして応援要請を受けた当直医は、その後目が回るほどの忙しさだった。
守も病院に残り、運び込まれた人たちの診察にあたっていたが、俺がオペに入っている最中、恐らく患者がひと段落したタイミングに帰ったようだ。
まさか病院を後にした守が幅広い交友関係を駆使し、梨々花の電話番号を調べあげ電話を掛けたなんて、俺は夢にも思わなかった。
「久しぶり。司が昨日世話になったみたいだね。そう言えばさぁ、君のこと大工事した竹ノ内クリニックの院長、俺の母親の兄さんなんだ。二年前死んだけどね」
『な、なによ……』
「司に二度とちょっかい出すなって事。顔と体のお直し、世間に知られたくは無いだろう?」
『そんなの、医者の守秘義務違反でしょう!?』
「だから? 俺は司の為なら何だってやるよ。これからも女優としての君を応援してるよ、梨々花」
*
日付が変わる少し前、俺はその日初めての食事、と言ってもカロリーメイトを食べながら、数子にラインを打った。
電話は呼び出し中にはなるが、出てくれない。
『数子、本当にごめん。前の彼女の所に行ったのは事実だけど、数子を裏切るつもりなんて無い。きちんと話がしたいから電話に出てくれないかな』
結局数子から連絡は無かったものの既読は付いた。
拒否設定はされていないようだ。
細い糸でも数子と繋がっている事に、俺は少しホッとした。
きっと木曜日には会える……ちゃんと話そう。
緊張する指でスマホを操作し、地味なトーンの呼び出し音を聞きながら、心臓はバクバクとイヤなリズムを刻んでいる。
着信履歴は残っていなかった。
数子は俺から電話が掛かってくるのを、待っていてくれたのだろう。
待ちぼうけを食わされて、怒ってるよなぁ……。
梨々花のところへ行っていたなんて言えないけれど、とにかく早く謝りたかった。
後日たくさん埋め合わせをして、数子を喜ばせたい。
この時俺は単純にそう思っていた。
『もしもし』
あっ、数子。
沈んだ声を聞いたとたん一気に不安が増し、咄嗟に「昨日はごめんっ」と口にしていた。
「今までバタバタしてて、この後すぐ当直だからあんまり時間無いんだけど、謝ろうと思って。数子、本当にごめん」
『別に謝らなくて良いよ。忙しかったんでしょう?』
声にトゲがある。でも、それだけ待たせてしまったのだから仕方がない。
「うん、今までオペ入ってて……」
だから電話も出来ないくらい、すっごーく忙しかったんだ、というニュアンスを込める。
かなり後ろめたいけれど、嘘は言っていない。
『どんなオぺだか』
嘆息交じりの声にぎくりとした。
「え?」
『私との約束すっぽかして、元カノさんの所へ行ってたんでしょう? 電話で元カノさんがご丁寧に教えてくれたから、全部知ってるよ。私から電話あったって、彼女言ってなかった?』
さぁぁっと血の気が引いてゆく。
梨々花、あの女、いったい数子に何言った!?
履歴も削除しやがって!!
「あ…えっと、それは」
『やっぱり行ってたんだ』
数子は狼狽えている俺の言葉を、寂しそうな声で遮った。
『小学校一年生の四月じゃないんだから、嘘を吐いてはいけません、なんて言わせないでくれる? 愛だ恋だで始まったわけじゃないけど、こんな形で裏切られるのってやっぱり凄く悲しいものだよ……。鈴田先生、電話有り難うございました。さようなら』
涙声?
数子を傷付けてしまった事が、心苦しくて仕方がない。
それに『さようなら』なんて、心臓を握り潰されるような気分だ。
「数子ちょっと待って、ごめんっ、謝るから話を聞いてくれっ!!」
口をついて出た言葉の途中、正確には『ごめん』と言い終わらないうちに、彼女は電話を切ってしまった。
「ああぁっ、くそっ!!」
そう悪態を吐いた直後、ふと気付けばさっきまで一緒だった森田と井上が直ぐ傍にいて、コーヒー片手にキラッキラの眼差しで俺を見ながら、意味ありげに笑っていた。
*
朝十時
「美味しいお魚ちゃん見ぃっけ!」
声を弾ませながら、守が当直室に入って来た。
「お前、数子ちゃんとトラブっちゃったのかぁ?」
ギクッ
「なっ…いきなり何だよっ」
「お、図星だな? さっき森田と井上に聞いたんだよ。くくく」
守は目を三日月形に細めた。
ったくあいつら、余計なこと言いやがって……
「そっかぁ、振られて別れちゃったのか~、かわいそうにぃ。涙無くしては聞けない話だなぁ……」
なんて言いながら、明らかに面白がって声高らかに笑っている。腹立たしいことに涙目だ。
「別れてないっ、笑うなっ! 邪魔だからもう出てけっ!!」
「アハハ、そんなに怒んなよぉ、ひょっとしてお前、生理前か? ところで昨日何があったんだ?」
守は目を輝かせて楽しそうに言った。
教えろ、教えない、いや教えろ!
海老沢先生の検査の事まで恩着せがましく持ち出され、俺はしぶしぶ昨日の事を話した。
「人の不幸は蜜の味……」
「なんだとっ!!」
「でもなぁ司、この世に偶然は無い、バレるべくしてバレたんだ。いっそ梨々花とより戻せよ。美人で頭と尻が軽くて、最っ高じゃないか~。たまに俺に貸してくれ!」
「うるさいっ、いいからもう帰れっ!!」
声を荒らげた時、ちょうど部屋の電話が鳴った。
高速道路で玉突き事故があった為、救外そして応援要請を受けた当直医は、その後目が回るほどの忙しさだった。
守も病院に残り、運び込まれた人たちの診察にあたっていたが、俺がオペに入っている最中、恐らく患者がひと段落したタイミングに帰ったようだ。
まさか病院を後にした守が幅広い交友関係を駆使し、梨々花の電話番号を調べあげ電話を掛けたなんて、俺は夢にも思わなかった。
「久しぶり。司が昨日世話になったみたいだね。そう言えばさぁ、君のこと大工事した竹ノ内クリニックの院長、俺の母親の兄さんなんだ。二年前死んだけどね」
『な、なによ……』
「司に二度とちょっかい出すなって事。顔と体のお直し、世間に知られたくは無いだろう?」
『そんなの、医者の守秘義務違反でしょう!?』
「だから? 俺は司の為なら何だってやるよ。これからも女優としての君を応援してるよ、梨々花」
*
日付が変わる少し前、俺はその日初めての食事、と言ってもカロリーメイトを食べながら、数子にラインを打った。
電話は呼び出し中にはなるが、出てくれない。
『数子、本当にごめん。前の彼女の所に行ったのは事実だけど、数子を裏切るつもりなんて無い。きちんと話がしたいから電話に出てくれないかな』
結局数子から連絡は無かったものの既読は付いた。
拒否設定はされていないようだ。
細い糸でも数子と繋がっている事に、俺は少しホッとした。
きっと木曜日には会える……ちゃんと話そう。
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