私の夫は変わっている

榎南わか

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そして私は彼の婚約者(仮)となる3

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綺麗な化粧室と、それに続くお手洗いは、豪奢な作りながらも、落ち着けるようにとの配慮からかそこまで広くはなかった。
今朝切ってきたばかりだろう淡い色の薔薇をふんだんに生けた花瓶が鏡の両脇に置かれ、その豊満な香りが辺りを満たす。

ガチャリと鍵を内側からかけると、その閉鎖された空間にホッと息をついた。

さっきの雰囲気は、危ないやつだ。
父親同士が意気投合し始めてしまった。
元々情に脆い父は、もしかしたらあのまま私とあいつとの婚約を了承してしまうかもしれない。というか、その可能性が高い。

ぐるぐると狭い部屋を歩き回りながらどうしたものかと考えを巡らす。
誰か別の候補者を挙げればいいだろうか。ここほど条件は良くなくとも、ヴォスボアール家に釣り合う男性は幾人か候補者の中にいたはずだ。

それか、私が嫌だと言い張れば、父も折れてくれるだろうか。けれど、情に脆い父は情に訴えかけるのも上手い。父の事が大好きな私は、その情で訴えられたら何だかんだで負けてしまう。そもそも彼の話術に勝てたことなど一度としてないのだ。

「どうするのがベストなのかしら…」
「何がだ?」

いきなり聞こえた声に、ギョッっとして飛び上がる。

「っ!?」
「ここだ、ここ」

そう言ってシュタッと上から大きい影が飛び降りてきて、私は目をひん剥いた。
べちゃ、と変な音がしてそれは華麗に着地した。
泥まみれのそれは、紛れもなくオトコだった。

「ぎゃあああっ!??こ、こ、ここ化粧室!!なんでッ、へへへへんたーーーむぐぐ!」
「おい、メイド候補、貴様煩いぞ。主人の前だ口を慎め。というか何だ変態とは。俺様は変人であって変態ではないッ」

大きい手が私の口を覆う。土臭さに咽せそうになる。
というかこの男、どう考えても、さっきのコソ泥もとい婚約者(仮)。

「ぷはっ、なんでこんなところに男性の貴方がいらっしゃるのですか!しかも上から降ってくるなんて何事ですの?!貴方頭おかしいですわよ!」

口を覆う手を払うように退けて一気にまくし立てると、男は少しだけ照れたように笑う。
なぜ照れる。全く褒めてないんだけど。

「頭がおかしいとは、嬉しい褒め言葉だな!」
「全く褒めてませんわよ!?」
「そうなのか?大学の連中は、よく賞賛とともにその言葉を送ってくれるが、理解できないほど頭が良いという意味なのだろう?」
「一周回ってポジティブすぎる…」

げんなりと目の前の男を見つめると、へへん、と彼は人差し指で鼻の下を擦る。

「まあ、凡人のメイド風情には俺様の成すことを理解は出来るまい!ふはははは!」
「女子トイレに入ってくる男の気持ちなんて露ほども理解できなくて結構ですわ…」
「なんてことはない、ジメジメした場所に生える苔を辿っていったら、天井裏だったってだけのことだ。
 そしたら下から貴様の声がしたのでな、さっきのよしみで話しかけてやったのだぞ、この天才で風雲児な俺様がな!」

もう何処から突っ込めば良いのか分からない。
はあ、と盛大にため息を吐く。

私はこの男との婚約話で頭を抱えているのに、当の本人は苔を追っているのだから呑気なものである。
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