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4章 マリーゴールドガーデンでいつまでも

21.埋もれていたもの

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 ヒースクリフさんはどこか名残惜ししそうに後ろへ下がって、そのまま踵を返してお庭のドアへ帰っていってしまった。
 私だって、何か名残惜しい。けれど、まだ手を伸ばす勇気はなくて、胸元できゅっと押さえ込む。

(いつか……いや、次の機会には、がんばりたい)

 裾を掴めなくても、腕まで動かなくても、せめて指先をぴくりと動かすくらいは……
 目標が段々と低くなっていってしまうのに気付いてしまって、勝手にため息が出てしまった。
 
 ぼんやりとしながらも、今日頂いたものを大事にすべく、手を動かそうと思う。
 お花は花瓶を用意して食卓へ飾ると、場がとても明るくなった。
 それに満足しつつ、他のプレゼントは一先ず自分の部屋へ。
 リップを化粧ポーチに入れて、ヒースクリフさんのペンダントはこのままつけておく。そして、残った葉書サイズくらいの箱……エドワール様の贈り物は……

(1人で見てって言ってた……)

 忘れないうちに、開けようと思えた今、開けてしまおう。
 妙な胸騒ぎを押し殺して開封すれば、一枚の写真と押し花の栞が出てきた。
 ラミネートは経年で少し黄ばんでいるようだったけど、しっかりと清潔で傷も少ない。
 押された朝顔も瑞々しい青を保っている。
 写真の方も大分前のものらしく、色褪せた印象のものだったけど、


「若い、おばあちゃん……?」


 青々としたあのお庭を背景に、朗らかな笑顔の女性が佇んでいる。
 歳をとる前からずっと陽だまりのような雰囲気で、周囲を暖かく和ませてくれていたんだろうなぁと、ちょっぴり思いを馳せた。

 その隣には、どこか薄ぼやけた印象の男性が1人。

 顔以外ははっきりとしているのに、肝心の顔がどんな様子なのかがわからない。
 どうにも個性を認識することを阻害されているような……ちょっと気持ち悪い。

 だけどじっと眺めている内に、段々と霧が晴れていくような気配もする。
 じわじわと音を立てて、日差しにあたる雪のように、魔法が解けていく。

 その顔の印象を捉えられるようになってくると、胸騒ぎが大きくなっていくのも感じて冷や汗が出てきた。
 一つ一つを認識するたびに、頭の奥から記憶が掘り出されていって、奔流に呑まれるような錯覚も見えた。

 藤棚の朝顔、声をかけてくれた大きな影。
 逆光で見えないけれども、きっと笑ってくれていた顔。

 おばあちゃんが呼ぶ声、たまに私の頭を撫でた大きな手。


「……どうしよう」


 何故忘れていたんだろうと、声に出てしまう。
 家族だけのお葬式には、まだ小さい葵太さんやお父さん、お母さんがいて、とても悲しかった事も思い出した。
 おばあちゃんが入ったお墓にも、その名前はあったはずなのに、今の今まで……
 

「おじいちゃん」


 口に出した途端、ぼやけて見えた顔が鮮明に浮かんで、その人相に驚きこそしなかったけど、へたりこみそうになった。
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