妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません

タマ マコト

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第13話 既成事実の舞踏会

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 夜会の光は、いつだって嘘をつく。

 蝋燭の火は肌をきれいに見せ、宝石は涙を誤魔化し、音楽は沈黙を華やかに塗り替える。
 そして、王城の夜会で一番高価なのはドレスでもワインでもない。
 “既成事実”だ。

 私は鏡の前で、ゆっくり息を吐いた。

 淡い青のドレス。肩から落ちる布は軽いのに、胸の奥は重い。
 ルーナが背中の紐を締める手が、いつもより慎重だった。
 彼女も感じている。今夜の空気が、甘い毒みたいに濃いことを。

「姫殿下……」

「大丈夫。行くよ」

 声は落ち着いていた。
 落ち着いているふりじゃない。
 私は一度、あの夜に死んだ。
 だから今夜の華やかさが、もう怖くない。
 怖いのは――華やかさの裏で、人の人生が勝手に決められることだ。

 大広間へ向かう回廊には、香水の匂いが渦巻いていた。
 貴族たちの笑い声が、磨かれた石壁に反響する。
 音楽が遠くから流れ、弦の音が心臓をくすぐるように震える。

 扉が開いた瞬間、熱が押し寄せた。
 人の熱。視線の熱。欲望の熱。

 そして――すぐに見つけてしまった。

 王太子アレクシス。
 第二王女ミレイア。
 中央の光が集まる場所で、二人は並んでいた。

 ミレイアは薔薇色のドレスを纏い、花そのものみたいに笑っていた。
 アレクシスは柔らかな微笑みで、彼女の手を取っている。
 距離が近い。
 近すぎる。
 周囲の貴族が“わかっている”顔で頷き合っている。

 ――演出だ。
 宰相グラディオの、次の手。

 婚約譲渡を既成事実化する。
 紙の宣言より先に、空気で決める。
 噂で固める。
 絵にして残す。

 視線を移すと、壁際に画家がいた。
 キャンバスを構え、二人の姿を描いている。
 “微笑みの写真絵”。
 後から否定できない証拠。
 否定すれば「嫉妬深い」「みっともない」と言われる証拠。

 喉の奥がひりついた。
 毒の記憶じゃない。
 前世の私が壊れた瞬間の記憶が、ここで蘇ったからだ。

 前世の私は、この光景を見て、世界が終わったと思った。
 婚約者が妹に寄り添い、貴族がそれを祝福し、父は止めず、宰相は微笑む。
 私は、その場で笑顔を貼り付け、譲った。
 譲って、褒められて、そして毒を飲んだ。

 今世は違う。

 私は足を止めずに歩いた。
 ゆっくり、でも迷いなく。
 あの中心の光へ向かって。

 貴族たちのざわめきが、波のように分かれていく。
 誰もが私の反応を見たい。
 嫉妬するのか。泣くのか。怒るのか。
 その“見世物”にされる感じが、気持ち悪い。

 でも私は、見世物にならない。

 中心に近づくと、ミレイアが私に気づいた。
 笑顔が一瞬だけ固まる。
 すぐに、いつもの可憐な笑みに戻る。

「お姉さま!」

 甘い声。
 でも今夜は、甘さの下に勝ち誇りが混じっている。
 勝ち誇りというより、必死な確認。
 “見てるよね? 私はここにいるよね?”という叫び。

 アレクシスも私を見た。
 顔色が微かに揺れる。
 あの茶会の線引きが、彼の胸にまだ残っているのだろう。
 でも彼はここで逃げる。
 穏便を選ぶ。

「セレスティア……」

 彼の声は柔らかい。
 柔らかいけれど、空洞だ。
 中身がない。
 守る意志がない。

 私は二人の前で立ち止まり、膝を折った。
 礼儀正しい一礼。
 完璧な角度。
 完璧な距離。
 それは、私の心を守る距離でもある。

「殿下。ミレイア」

 私は感情を見せたくない。
 今夜、ここで感情を見せたら、宰相の思うつぼだ。

 ミレイアが頬を赤らめて言う。

「今夜は……殿下が私をお誘いくださって。とても光栄で……」

 彼女はそう言いながら、アレクシスの腕に指を絡めた。
 わざとらしいほどに。
 絵に残るように。
 既成事実が、指先から作られていく。

 アレクシスは、少しだけ困ったように笑った。
 拒めない。拒めば貴族社会が荒れる。
 彼はまた穏便を選ぶ。
 つまり、誰も守れない。

 私はその光景を見て、胸が冷えた。

 冷えたのに、涙は出なかった。
 前世ならここで涙が出た。
 涙が出て、呼吸が苦しくなって、世界が歪んだ。
 今世は、冷えるだけ。
 冷えたものは、凍って守りになる。

「……そう」

 私は短く言った。
 それだけ。
 余計な言葉を足さない。
 足せば、燃える。

 アレクシスが何か言いかける。

「セレスティア、君は……」

 私は彼を見なかった。
 見たら、また期待してしまう。
 期待は毒だ。

 私はミレイアに視線を移す。
 妹の瞳はきらきらしている。
 でもその奥に、恐怖がある。
 “姉が壊れない怖さ”。 
 壊れない姉は、奪えないから。

「楽しんで」

 私はそれだけ言った。
 祝福でも皮肉でもない。
 事実としての言葉。
 今夜の彼女は、楽しむしかない。
 楽しむふりをしないと、宰相の檻が締まる。

 ミレイアが瞬きをする。

「……お姉さま?」

 予想していた反応じゃないのだろう。
 怒りも涙もない。
 ただの距離。

 私はもう一度、軽く礼をした。

「失礼します」

 そう言って、淡々と踵を返した。
 背中に視線が刺さる。
 貴族たちの期待が、失望に変わる音がする。

「……え?」

「泣かないの?」

「怒らないの?」

 小さな囁きが波になって追いかけてくる。
 でも追いかけても追いつけない。
 私は、もう彼らの舞台に立たない。

 歩きながら、胸の奥が痛んだ。
 痛みはある。
 だって前世の私が、ここで死んだようなものだから。
 信じる心が死んだ。
 未来が死んだ。
 だから身体が覚えている。

 それでも私は歩く。
 歩ける。
 壊れていない。

 足音が一つ、私の後ろを追いかける。
 速い。
 焦りの足音。

「セレスティア!」

 アレクシスの声が、初めて必死だった。
 必死になった理由は分かる。
 私が“遠く”なったからだ。
 都合のいい未来から、私が離れたからだ。

 私は立ち止まらない。
 立ち止まったら、また彼の言葉に溺れる。
 溺れたら、また死ぬ。

「待ってくれ!」

 彼が私の腕を掴もうとする気配がした。
 私はすっと身を避け、振り返らずに言った。

「殿下、今夜はお役目があるでしょう」

 声は穏やかだった。
 穏やかに言える自分が怖い。
 でも穏やかさは、強さだ。

「君の役目だって――」

「私の役目は、私が決めます」

 それだけ言って、私は回廊へ出た。
 大広間の熱が一気に遠のく。
 冷たい石の空気が、肺に入る。
 それが気持ちいい。
 毒の甘さより、冷たさの方が信じられる。

 ルーナが待っていた。
 彼女の目が不安で揺れている。

「姫殿下……」

「大丈夫」

 私は短く答えた。
 大丈夫じゃない部分もある。
 でも崩れない。
 崩れたくない。

 歩きながら、私は心の中で静かに確認した。

 宰相は既成事実を作りに来た。
 だから私は、既成事実を“受け取らない”。

 受け取らないことが、反撃だ。
 怒鳴るより、泣くより、ずっと効く。
 相手の舞台を成立させないから。

 背後で、夜会の音楽が続いている。
 弦の音が、まだ華やかに鳴っている。
 でも私の中では、別の音が鳴っていた。

 帳簿をめくる音。
 ペンが紙を走る音。
 制度が組み上がる音。

 既成事実の舞踏会は、ただの舞踏会だ。
 私が踊らなければ、物語は進まない。

 私は遠い背中のまま、王城の廊下を歩き続けた。
 追いかけたくなるくらい、届かない場所へ。
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