妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません

タマ マコト

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第30話 壊さないための摘発

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 摘発って言葉は、派手だ。

 剣を抜いて、扉を蹴って、誰かを引きずり出して、拍手が起きて、終わる。
  そういう絵が、頭に浮かびやすい。  でも現実の摘発は、もっと地味で、もっと汚い。

 そして——派手に壊すと、同じ穴が別の場所に空く。

 女王の机の上には、線が揃っていた。

 港湾名簿。 
 倉庫番号。 
 夜間清掃契約。 
 ノルド商会。 
 物資管理局の局次長セヴァン。 
 旧北棟の中立地帯に残っていた、母の止められた制度の紙片。

 それらを繋ぐと、一本の地図になる。  地図ができたら、次は簡単——そう思いたくなる。

 「一斉摘発を」

 監査官代理マルセルが、いつものように背筋を伸ばして言った。

「倉庫と港湾組合、商会、王宮内の部署。今なら同時に押さえられます。動くなら、今です」

 執務室には、ルーナとロラン、アレクシスもいた。 
 ロランは沈黙している。ルーナは紙を抱え、眉をひそめている。 
 アレクシスは机の端に手を置いたまま、私の顔を見ていた。

 私は一枚の契約書を持ち上げた。
  夜間清掃契約の写しだ。 
 文字は整っている。署名はある。印もある。 
 だからこそ気持ち悪い。

「摘発したら、誰が困る?」

 マルセルが即答する。

「不正を働いた者が——」

「違う」

 私は淡々と言った。

「困るのは現場だ。施薬院に薬が届かなくなる。孤児院の食糧が止まる。港の荷が滞る。そういう混乱を、次の“穴”にされる」

 マルセルが唇を噛む。

「ですが陛下、不正を見逃すわけには——」

「見逃さない」

 私は静かに言った。

「でも壊さない。壊さずに、戻す」

 ルーナが小さく息を呑んだ。 
 ロランの視線が揺れる。 
 アレクシスが、ほんの僅かに頷いた。

「陛下は、摘発を“終点”にしない」

 彼の言葉は、理解の言葉だった。

 私はペンを置き、椅子から立ち上がった。

「順番を変える。先に制度を変える。次に、変えた事実を提示する。最後に、逃げ道を塞ぐ」

 マルセルが眉をひそめる。

「それでは、証拠を隠され——」

「隠せない形にする」

 私は机の引き出しから、白紙を数枚取り出して広げた。

「まず、港湾組合の再編はしない。再編は血が出る。血が出ると、民の生活が止まる」

 ルーナが頷く。 
 彼女は現場の匂いを知っている。

「代わりに、“契約”を変える。夜間清掃契約の条項を、今日付で書き換える」

 マルセルが反射的に言う。

「契約は民間——」

 アレクシスが口を挟んだ。

「港湾管理は公的許認可が絡む。許認可の更新条件に“監査写し提出”を入れればいい」

 マルセルが固まる。 
 法律の隙間を使うのは、宰相の得意技だった。 
 それを正規の枠で使い返すのは、嫌な気持ちがする。 
 でも必要だ。

 私は続ける。

「二つ目。人員粛清はしない。代わりに“責任の所在の可視化”をする」

 ロランが低い声で言った。

「職務分掌の再定義、ですね」

「そう」

 私は頷いた。

「今の歯車は、“誰も責任を取らない”ことで回っている。だから責任を紙にする。誰が署名したか、誰が承認したか、誰が監査写しを受け取ったか。全部、欄を作る」

 ルーナが小さく言う。

「欄ができると、書けない人が出ます」

「書けない人が、穴」

 私は淡々と言った。

「書けないなら止まる。止まったら、別の署名が必要になる。その瞬間が、動いた証拠になる」

 マルセルはまだ納得していない顔だった。 
 彼は“捕まえる”ことでしか安心できない。 
 それもまた恐怖の形だ。

 私は最後を言った。

「三つ目。公表はしない。先に制度を変えて、現場の供給を確保した後で、事実を提示する」

 マルセルが苛立ち混じりに言う。

「陛下、国民は真実を——」

「真実の前に、パンが要る」

 私は言い切った。

「胃袋が空だと、真実は暴動になる。暴動になった真実は、また誰かに利用される」

 沈黙。

 その沈黙の中で、アレクシスが言った。

「陛下。これなら、“逃げる側”は自分から動く」

 私は頷いた。

「動かした瞬間を拾う」

 *

 午前のうちに、紙は動いた。

 ロランが王室印を預かり、正式な通達の準備を整える。 
 ルーナは監査機構向けの写しを作り、配布先の一覧に赤線を引く。 
 アレクシスは法務官と短い会議をし、“許認可更新条件”の文言を整えた。

 港湾組合へは、女王名でこう出した。

 ——夜間清掃契約の更新は、監査写し提出を条件とする。
  ——清掃時間帯の入退場記録を義務化する。 
 ——倉庫番号ごとの荷動き記録を、港湾と施薬院・孤児院の双方に写し提出する。

 たったそれだけ。 
 たったそれだけで、穴は狭くなる。

 昼過ぎ。 
 港湾組合のバルドが呼び出された。

 第三会議室ではなく、執務室前の小会議室。 
 今度は中立地帯ではない。王宮の正面だ。 
 逃げ道が少ない場所。

 バルドは汗をかきながらも、笑顔を作った。

「女王陛下、迅速なご判断、誠に——」

「契約の条項、読んだ?」

 私が遮ると、バルドは一瞬言葉を詰まらせた。

「もちろんでございます。しかし、現場は混乱を——」

「混乱するのは、夜だけ別の顔を持ってる人がいるから」

 私は淡々と告げた。

「夜だけ違法が動く仕組みを、昼と同じ顔に戻す。戻すだけ」

 バルドは唇を舐める。

「陛下、港は民間の——」

「民間の胃袋を守るのも、王の仕事」

 私は机の上に、もう一枚の紙を置いた。

 港湾組合の内部規程。 
 そこに新しく追加された条項の案。

 ——組合内の契約承認は、担当者の署名と承認者の署名を必須とする。 
 ——夜間の入退場は二重記録とし、記録官が週一で抽出監査を行う。 
 ——違反があれば、許認可更新に影響する。

 バルドの喉が動く。 
 これが怖い。 
 直接的な剣じゃない。 
 でも逃げ道を塞ぐ紙だ。

「……ここまで、なさる必要が?」

「必要があるから、ここまで来た」

 私は淡々と言った。

「あなたは首謀者じゃない。分かってる」

 バルドの目が揺れる。 
 責められると思っていた目だ。

「でも、維持者だった」

 その言葉で、バルドの顔から血の気が引いた。

 維持者。 
 それは、悪党より厄介だ。 
 止められたのに止めない人間。 
 変えられたのに変えない人間。

 バルドは小さく言った。

「……私は、港を守ってきただけです。秩序のために」

「秩序って言葉は便利だね」

 私は少しだけ笑った。

「秩序の下で、誰が削られた?」

 バルドは答えない。 
 答えないのが答えだ。

 私は続けた。

「あなたにやってもらうことがある。組合の中で、これまで夜間契約に関わった承認者一覧を出して。今日中に」

 バルドが目を見開く。

「今日中……?」

「今日中」

 私は繰り返す。

「明日にしたら、名簿が消える」

 バルドの肩が落ちた。 
 落ちた肩は、降伏に近い。

「……分かりました」

 彼は出ていった。

 ロランが静かに扉を閉め、私に言った。

「陛下、今ので……動く者が出ます」

「出ていい」

 私は頷いた。

「動く者の足跡を拾う」

 *

 夕方、アレクシスが執務室に戻ってきた。  
 顔色が少し疲れている。 
 でも、目は逃げていない。

「陛下。物資管理局の“通達作成室”が、写し提出に抵抗しています」

「抵抗の理由は?」

「“機密”」

 私は短く笑った。

「機密は、穴の言い訳」

 ルーナが紙を差し出す。

「セレス様、港から追加の連絡です。ノルド商会が、夜間契約の更新を拒む姿勢だと」

 私は頷いた。

「拒めばいい。拒んだ事実が残る」

 アレクシスが低く言う。

「首謀者は出ない。でも、維持者は動き始めた。……セヴァンが動いている」

 セヴァン。 
 物資管理局の局次長。 
 会議室で笑っていた男。

 私は窓の外の空を見た。 
 夕焼けが薄くなり、夜が近い。

「夜が来るね」

 ルーナが喉を鳴らす。

「……倉庫が動きますか」

「動く」

 私は言い切った。

「でも今夜は、踏み込まない」

 ルーナが驚いた顔をする。 
 マルセルなら怒鳴るだろう。 
 でもルーナは、私を見て頷いた。
  もう分かっている。 
 私が“捕まえる快感”より、“戻す確実さ”を選ぶ人間だと。

 その時、窓枠に石が当たった。

 カツン。

 私は窓を開け、紙片を受け取る。

『動く。倉庫。今夜。荷は二つに分かれる。片方は施薬院、片方は“別口”。別口が本命。維持者が来る』

 維持者。

 私は紙片を握りしめる。

 カイが続けて書いている。

『踏み込むな。今夜は足跡を拾え。足跡が王宮に戻る』

 私は息を吐いた。

「ロラン」

「はい」

「今夜、港湾への監査官立会いは予定通り。でも、現場には入らない。入口の記録と、出入りの記録だけ取る」

「承知しました」

「ルーナ」

「はい」

「施薬院と孤児院の備蓄を確認。動きが止まっても、三日は持つように手当てする。ここが揺れると、相手が“混乱”を作れる」

「はい」

「アレクシス」

「はい」

「物資管理局の写し提出を、手続きで追い込む。拒めば拒むほど、名前が浮くように」

 アレクシスは短く頷いた。

「橋を架けます。逃げ道のない橋を」

 *

 夜。

 私は王宮にいた。 
 港には行かない。 
 倉庫にも踏み込まない。

 なのに、心臓は倉庫の前にあるみたいにうるさい。

 机の上には、今日作った契約の写しが並ぶ。 
 責任者欄。 
 承認者欄。 
 写し提出欄。 
 入退場記録欄。

 欄を増やすと、息が詰まる人がいる。  息が詰まる人は、隠している。 
 でもそれは悪意だけじゃない。 
 恐怖でもある。

 だから私は、今夜も壊さない。

 しばらくして、ロランが戻ってきた。  雨に濡れてはいないのに、冷えた顔をしている。

「陛下。倉庫は動きました。帳簿に載らない荷も」

「記録は?」

 ロランは封筒を差し出す。

「入退場の記録。馬車の車輪痕。運搬人の人数。……そして、承認札の写し。札は二種類ありました」

「二種類」

 私は封筒を開け、写しを見た。

 “公用”の札。 
 そして、“私用”の札。

 私用の札には、物資管理局の印が押されている。 
 だが署名欄は空白だ。 
 空白の署名欄は、責任の穴。

 私は静かに言った。

「維持者は、署名しない」

 ロランが頷く。

「はい。……そして、局次長セヴァンが、倉庫近くに姿を見せました。直接ではありませんが、部下が」

 アレクシスが低く息を吐いた。

「出たな」

 私は机に写しを置き、ペンを取った。  赤線を引く。 
 空白に印をつける。

 次にやることは一つだ。

 この印を、逃げ道のない形で紙に落とす。 
 彼が署名しないなら、署名せざるを得ない手続きを作る。

 マルセルが、悔しそうに言った。

「陛下、今夜なら押さえられました。なぜ——」

 私は彼を見た。 
 責める目ではない。 
 教える目でもない。 
 ただ、現実を見る目で。

「押さえたら終わると思う?」

 マルセルは言葉に詰まった。

「終わらない」

 私は答えを置いた。

「押さえたら、次の維持者が出る。次の維持者はもっと上手く隠れる。だから——壊さないで戻す」

 マルセルの目が揺れる。 
 理解できない揺れじゃない。 
 理解したくない揺れだ。

 私は最後に、静かに言った。

「これは粛清じゃない。掃除でもない」

 ペンを置き、紙を揃える。

「ただ、戻すだけ」

 嵐は起きない。 
 拍手も起きない。

 でも、逃げ道は塞がった。

 港の夜は、もう“別の顔”を持てない。  王宮の中立地帯も、ただの影ではいられない。

 私は窓の外の暗闇を見た。

 誰かを倒す物語じゃない。 
 穴を塞ぐ物語だ。

 穴が塞がれた時、初めて人は、安心して眠れる。

 そしてその眠りを守るのが、王の仕事だ。
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