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21>> もう……遅い
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「魔力は使えるのです。
ですから“魔力を飛ばすこと”はできるのです。ですが何故かそこから先が形にならないのです。
手のひらに水は作れるのに、“空中に水の塊を生むことはできない”のです。雨を降らせることも、川の水を操ることもできません。
何故できないのか……
理由がわかるならわたくしの方が知りたいくらいです……」
わたくしの言葉にリットン侯爵令息は険しく眉間に眉を寄せました。
「にわかには信じられないな……
でも……君が嘘を吐いてまでみんなから無能と蔑まれる意味もないもんね……
できないものはできない……か。
やろうと思えば何でも出来ちゃう僕が一番理解できない事象なんだよな~それ。困ったな~……」
そう言ってリットン侯爵令息は遂に頭を抱え始めてしまいました。
小さい頃は『できない訳がない』と言われて折檻されました。『魔力はあるのだからできる筈だ』と叱られ続けました。でもわたくしにはできませんでした。できない事が理解されずに遂には無能と呼ばれだしました。
ただでさえ魔力を一種類しか持たない欠陥品なのに、その魔力さえ扱えない無能。
──なんで生まれてきたの?──
よく言われた言葉です。
そんな事は一番わたくしが知りたい事ですのにね……
リットン侯爵令息に嘘を吐いてしまいましたが『魔力を使っているのに魔法にならない』のは“前世を思い出す前のわたくしに実際に起こっていた事”なので、完全に嘘、という訳ではありません。ですが、“騙している”事には変わりはないので、リットン侯爵令息にはとても申し訳のない気持ちになります。
でも『今のわたくしにできる事』を伝えてしまうと、ここ最近わたくしの周りで起こった出来事が全てわたくしの所為だったとバレてしまうので絶対に言えません。だって絶対に捕まってしまいますもの。
わたくしは自分が酷いことをしているとわかっています。でもやり返さないと気が済まないのです。
これは復讐です。
わたくしが、わたくしとしての自尊心を取り戻す為に、絶対に必要な行為なのです。
これは他人に兎や角言われる事ではありません。わたくしの『心の問題』なのです。
「君は……、やっぱり特別なんだね」
「はい?」
リットン侯爵令息の言葉にわたくしは首を傾げました。またもや生きてきた人生でわたくしに向けて一度も言われたことのない言葉がリットン侯爵令息の口から飛び出しました。しかしこれは……
「水の魔力しか持たず。その魔力もまともに扱えず。貴族としての血は間違いがないのに、その血が機能していない。
こんな特殊なケースは見たことも聞いたこともない。
ねぇ、魔法士団に来る気ない?」
これは褒められている訳ではなさそうです。わたくしは咄嗟に思った事を口にしてしまいました。
「え? それって実験動物としてですよね?」
リットン侯爵令息は優しく微笑みます。
「動物扱いはしないよ」
なんでそんな当然の事をこんなに優しく言われなければいけないのでしょうか……
わたくしはさすがに呆れて半眼になってしまいました。
スッとリットン侯爵令息に向けて小さく頭を下げます。
「申し訳ありません。これでもわたくし、侯爵家の娘なので魔法の実験の被験者になるのはちょっと……」
お金を積まれればお父様は王宮魔法士団にわたくしを売りそうですが、一応わたくしはワゼロン侯爵家嫡男の婚約者でもあるので、お父様だけが得をする取り引きが行われる事はないでしょう……
わたくしの言葉にリットン侯爵令息は困った様に笑いました。
「やだなぁ、被験者だなんて。
魔法士団に来れば、君も魔法の使い方の勉強ができて、魔法が使えない理由も分かるかもしれないよ?」
「そうですね……
ですが…………」
わたくしは一度そこで言葉を切り目を閉じると、改めて目を開けてリットン侯爵令息を見て笑いました。
きっと情けない笑顔になってしまった事でしょう……
「今更魔法が使えても、わたくしが“無能”と呼ばれ続けた過去は変わりません。
そして後2年もすれば侯爵家に嫁ぐことが決まっている身で、今更魔法が使えるようになったとしても……あまり意味があるようには思えませんので……」
「あ~……そうか……」
わたくしの言葉を聞いてリットン侯爵令息は申し訳無さそうに眉尻を下げて頭を掻きました。
このお誘いを……遅くても学園に入って直ぐにでも貰えていたらわたくしの今も変わっていたかもしれません……
王宮魔法士団は皆の憧れです。そこと繋ぎを取れるだけでももしかしたらお父様は喜んだかもしれません。
最高と名高い魔法士の方々に魔法の扱い方を教えてもらい、前世を思い出す前のわたくしが凄い水魔法を使えるようになっていたら、もしかしたらカッシム様もわたくしを認めてくれたかもしれません。
ですがもう……今更です……
わたくしは前世を思い出して魔力の使い方に気付き、そしてそれを“人に向けて”使いました。今更教わることも無ければ、逆に今は『わたくしができる事』を知られる訳にはいきません。
だって……わたくしの魔法はいつでも人を殺せるのです。
お兄様を窒息させたように、お義母様の腕の血を止めたように、ララーシュから意識を奪ったように……
この魔法の使い方を、知られる訳にはいかないのです……
「……申し訳ありません、リットン侯爵令息。
あまり長くこんな場所に二人でいるところを人に見られると良からぬ噂になるかもしれません……一応婚約者の居る身ですので、わたくしはもう教室に戻りたいと思います」
一度頭を軽く下げてからわたくしはリットン侯爵令息に背を向けて歩き出しました。令嬢としては少し失礼な態度ですが、今の言葉を聞いてリットン侯爵令息もわたくしを無理に引き留めようとはしないでしょう。
思った通り、リットン侯爵令息はわたくしを追いかけては来ませんでした。
背中から届いた声にわたくしは振り返りませんでした。
「……君が!
君が来たいと思ったら、いつでも僕に相談して! 人の為に、が、魔法士団の行動理念だから!」
実験動物にされそうなのにそんな事を言われてもにわかには信じられませんが、そんな風に声を掛けてもらえる事がくすぐったくて、なんだか少し笑ってしまいました。
『人の為に』……小さな子供だったわたくしが、もし王宮魔法士団の方に助けを求めていたら何か変わっていたでしょうか?
いえ、それはないですね…………
わたくしが……パーシバル侯爵家のロンナが無能と呼ばれていた事は、皆が知っていた事でしょう。それなのに一度も魔法士の方から話を聞かれたことはありません。
今更、『何かあったら魔法士団へ』なんて言われても、相談することは何もないです。
本当に……今更です…………
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「魔力は使えるのです。
ですから“魔力を飛ばすこと”はできるのです。ですが何故かそこから先が形にならないのです。
手のひらに水は作れるのに、“空中に水の塊を生むことはできない”のです。雨を降らせることも、川の水を操ることもできません。
何故できないのか……
理由がわかるならわたくしの方が知りたいくらいです……」
わたくしの言葉にリットン侯爵令息は険しく眉間に眉を寄せました。
「にわかには信じられないな……
でも……君が嘘を吐いてまでみんなから無能と蔑まれる意味もないもんね……
できないものはできない……か。
やろうと思えば何でも出来ちゃう僕が一番理解できない事象なんだよな~それ。困ったな~……」
そう言ってリットン侯爵令息は遂に頭を抱え始めてしまいました。
小さい頃は『できない訳がない』と言われて折檻されました。『魔力はあるのだからできる筈だ』と叱られ続けました。でもわたくしにはできませんでした。できない事が理解されずに遂には無能と呼ばれだしました。
ただでさえ魔力を一種類しか持たない欠陥品なのに、その魔力さえ扱えない無能。
──なんで生まれてきたの?──
よく言われた言葉です。
そんな事は一番わたくしが知りたい事ですのにね……
リットン侯爵令息に嘘を吐いてしまいましたが『魔力を使っているのに魔法にならない』のは“前世を思い出す前のわたくしに実際に起こっていた事”なので、完全に嘘、という訳ではありません。ですが、“騙している”事には変わりはないので、リットン侯爵令息にはとても申し訳のない気持ちになります。
でも『今のわたくしにできる事』を伝えてしまうと、ここ最近わたくしの周りで起こった出来事が全てわたくしの所為だったとバレてしまうので絶対に言えません。だって絶対に捕まってしまいますもの。
わたくしは自分が酷いことをしているとわかっています。でもやり返さないと気が済まないのです。
これは復讐です。
わたくしが、わたくしとしての自尊心を取り戻す為に、絶対に必要な行為なのです。
これは他人に兎や角言われる事ではありません。わたくしの『心の問題』なのです。
「君は……、やっぱり特別なんだね」
「はい?」
リットン侯爵令息の言葉にわたくしは首を傾げました。またもや生きてきた人生でわたくしに向けて一度も言われたことのない言葉がリットン侯爵令息の口から飛び出しました。しかしこれは……
「水の魔力しか持たず。その魔力もまともに扱えず。貴族としての血は間違いがないのに、その血が機能していない。
こんな特殊なケースは見たことも聞いたこともない。
ねぇ、魔法士団に来る気ない?」
これは褒められている訳ではなさそうです。わたくしは咄嗟に思った事を口にしてしまいました。
「え? それって実験動物としてですよね?」
リットン侯爵令息は優しく微笑みます。
「動物扱いはしないよ」
なんでそんな当然の事をこんなに優しく言われなければいけないのでしょうか……
わたくしはさすがに呆れて半眼になってしまいました。
スッとリットン侯爵令息に向けて小さく頭を下げます。
「申し訳ありません。これでもわたくし、侯爵家の娘なので魔法の実験の被験者になるのはちょっと……」
お金を積まれればお父様は王宮魔法士団にわたくしを売りそうですが、一応わたくしはワゼロン侯爵家嫡男の婚約者でもあるので、お父様だけが得をする取り引きが行われる事はないでしょう……
わたくしの言葉にリットン侯爵令息は困った様に笑いました。
「やだなぁ、被験者だなんて。
魔法士団に来れば、君も魔法の使い方の勉強ができて、魔法が使えない理由も分かるかもしれないよ?」
「そうですね……
ですが…………」
わたくしは一度そこで言葉を切り目を閉じると、改めて目を開けてリットン侯爵令息を見て笑いました。
きっと情けない笑顔になってしまった事でしょう……
「今更魔法が使えても、わたくしが“無能”と呼ばれ続けた過去は変わりません。
そして後2年もすれば侯爵家に嫁ぐことが決まっている身で、今更魔法が使えるようになったとしても……あまり意味があるようには思えませんので……」
「あ~……そうか……」
わたくしの言葉を聞いてリットン侯爵令息は申し訳無さそうに眉尻を下げて頭を掻きました。
このお誘いを……遅くても学園に入って直ぐにでも貰えていたらわたくしの今も変わっていたかもしれません……
王宮魔法士団は皆の憧れです。そこと繋ぎを取れるだけでももしかしたらお父様は喜んだかもしれません。
最高と名高い魔法士の方々に魔法の扱い方を教えてもらい、前世を思い出す前のわたくしが凄い水魔法を使えるようになっていたら、もしかしたらカッシム様もわたくしを認めてくれたかもしれません。
ですがもう……今更です……
わたくしは前世を思い出して魔力の使い方に気付き、そしてそれを“人に向けて”使いました。今更教わることも無ければ、逆に今は『わたくしができる事』を知られる訳にはいきません。
だって……わたくしの魔法はいつでも人を殺せるのです。
お兄様を窒息させたように、お義母様の腕の血を止めたように、ララーシュから意識を奪ったように……
この魔法の使い方を、知られる訳にはいかないのです……
「……申し訳ありません、リットン侯爵令息。
あまり長くこんな場所に二人でいるところを人に見られると良からぬ噂になるかもしれません……一応婚約者の居る身ですので、わたくしはもう教室に戻りたいと思います」
一度頭を軽く下げてからわたくしはリットン侯爵令息に背を向けて歩き出しました。令嬢としては少し失礼な態度ですが、今の言葉を聞いてリットン侯爵令息もわたくしを無理に引き留めようとはしないでしょう。
思った通り、リットン侯爵令息はわたくしを追いかけては来ませんでした。
背中から届いた声にわたくしは振り返りませんでした。
「……君が!
君が来たいと思ったら、いつでも僕に相談して! 人の為に、が、魔法士団の行動理念だから!」
実験動物にされそうなのにそんな事を言われてもにわかには信じられませんが、そんな風に声を掛けてもらえる事がくすぐったくて、なんだか少し笑ってしまいました。
『人の為に』……小さな子供だったわたくしが、もし王宮魔法士団の方に助けを求めていたら何か変わっていたでしょうか?
いえ、それはないですね…………
わたくしが……パーシバル侯爵家のロンナが無能と呼ばれていた事は、皆が知っていた事でしょう。それなのに一度も魔法士の方から話を聞かれたことはありません。
今更、『何かあったら魔法士団へ』なんて言われても、相談することは何もないです。
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