30 / 154
30.お約束の世界にメイドは一人放置される
しおりを挟むお母さんが無事であることを確認し、ようやく気を抜いて床に腰を下ろしたメイちゃんだったが、そこに再び恐怖の象徴のような男が迫っていた。
「おい」
「な、何よ!?」
完全にビビっている。そりゃそうだ。あんな風にいきなり切りかかられたんだから。
怪我こそしなかったけれど、軽いトラウマだろう。
こうなったら最後、恐怖に支配されてレイズ様の言いなりになるしか道はない。
かつてそうやって何人が彼に媚びへつらっていたことか。
「私があなたから貰った馬車を利用して、ルメール家に関わろうとすることが気に食わなかった?」
お、すごい、噛み付いた。
声だって震えてるし、顔色だってどう見ても悪いけど、それでもこの男に立ち向かうなんて中々出来ないよ。私がレイズ様だったら「はっ、面白い女だ」って言っちゃうね。
「レイズ様」
「なんだよ」
「もういいじゃないですか。お家にトラブルの一件や二件くらい。どうせシュタイン先輩あたりがなんとかして解決してくれますって」
あの人、不審者追及大好き人間だし。アリーゼ様と結婚してもどうせやる事変わんないだろ。
「だから別にそれはどうでもいい」
「どうでもいいなら尚のこと……」
「じゃなくて、ほら」
怒る風でも無く妙に淡々としながら、レイズ様は手のひらをメイちゃんの頭上に向けた。
「いや、だから暴力は……ん?」
ぽろりと地面に何かが転がる。
「鍵?」
それはどこにでもありそうな赤錆色の鍵だった。小さくルメール家の紋章が刻まれている。
「馬車の鍵。それで正式な所有者だ」
んなもんあったのか。
メイちゃんも当然ながらその事については把握していなかったようで、目を丸くさせてレイズ様を見上げた。
「これからルメール家の縁者に成りすまして人生変えていくんだろ」
「そ、そうよ。だから何?」
「根性だけは認めてやる。だからこういう物の存在がある可能性くらい考えとけ。それと――」
レイズ様が再び剣を構えて一振り。その先からは「ぎゃあ」という叫び声があがった。
なるほどこれは。
「狙われてましたね」
お母さんのお手伝いさんとして呼ばれていた男達が、それぞれ武器を片手に気を失っていた。私達が出て行くタイミングを見計らってメイちゃん達親子を襲おうとしていたに違いない。
貴族の財産を手に入れた力の無い母娘。こんな美味しい話、狙わない術はないからな。
しっかし、大半はその剣の力なんだろうけど器用な男だな。
「こういう奴の存在も忘れるなよ」
「っ……あ、りがとう」
ちょっぴり不服そうな、けれどどことなく照れも混じっていそうな感謝の言葉。
「ははっ、最初からそのぐらい素直なら可愛げ気があったのにな」
「い、いいから早く出て行けば! 後で返せなんて言っても返さないわよ!」
「言うか。ほらメイド、早く行くぞ」
そうして今度こそ私達はこの家を後にした。
「……」
……。
…………。
………………なんてね。
いやいやいや。待って、ちょっと待って、今の何? え、何この展開、よく分からない。いい感じの場面だった? キメ台詞みたいな? 改心したみたいな? えっ分からない。全然分からないぞ。私、巻き込まれて切られそうになったんですけど。そこはあれ、スルーですか?
分からない、分からないなぁ。
転生前の世界に読解力だけ置いてきちゃったかな。
0
あなたにおすすめの小説
裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです
ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる