うちの悪役令息が追放されたので、今日から共闘して一発逆転狙うことにしました

椿谷あずる

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116.失敗の感情

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「私、実はね」

 そう言って彼女は内緒話をするみたいに私にそっと囁いた。

「魔法で増幅したあなたの感情、花嫁になりたくないって感情だけじゃ無かったの。それに加えてあと一つ」
「そうですかあと一つ……って、何してくれてんですか」

 そうホイホイお手軽に人の事魔法漬けにしないで欲しい。

「ああ、安心して」

 私が恨めしそうにしたからか、彼女は慌てて言葉を付け加えた。

「そっちは失敗だったから」
「失敗?」
「そう、失敗。どんな感情だったか知りたい?」
「一応」

 魔法にかけられた本人としては気になる。
 私がコクリと頷くと、彼女はおもむろに口を開いた。

「あなたがあの主人を嫌いな感情」
「……なるほど」

 私がレイズ様を嫌いな感情を増幅しようとしたのか。確かに私、マリアさんの前でも散々レイズ様と喧嘩してたしな。目の付け所は間違ってない。

「あそこであなた達二人が盛大に仲違いすれば、私がここまで追い詰められることも無かったかもしれないのにね」
「でも失敗したってことは」

「そう、あなたは彼を嫌いにならなかったの」

 街の活気は騒がしくて、私達の会話はところどころ彼らの声にかき消されるのに、マリアさんのその一言だけは妙にはっきりと鮮明に聞こえた。

「考えられることはただ一つ」

 すうっと彼女が息を吸う。
 私はそれを黙って見ている。

「あなたが本当は微塵も彼を嫌いになっていないから」
「……」

 いつの間にか、足は動きを止めていた。

「あんなに険悪な雰囲気を出してるのに、これっぽっちも嫌いじゃないなんて……………………あなた達、本当に変だわ、二人とも」

 これっぽっちも嫌いじゃない。
 その言葉がやけに清々しくて、私は心の奥でそれを何度も噛み締めた。二人とも、か。

「いやー」

 マリアさんの口調に反比例するように、私はゆる~く言葉を口にした。

「それは違うと思いますよ」

 たったその一言。
 たぶん私の顔は今、笑っているだろう。

「? どうして?」

 対するマリアさんは怪訝な表情を浮かべた。

「もう一つあるでしょう。私の感情を増幅出来なかった理由」
「何かしら」

 悩むほどのものではない。
 魔法なんてあっても無くても関係ない。
 それくらい明瞭な理由。

「私があの人を最大限嫌っているから」

 簡単なことだ。

「……そんな理由で?」

 彼女は目をぱちくりとさせて言った。

「そんな理由だからです」

 実際のところ、真実はどっちか分からない。
 けれど私は後者を推す。
 
 私がレイズ様を嫌ってない? ないない、そんな事は絶対無いね。この世界に誓ってそれは無い。

 まだ立ち止まっているマリアさんを置いて、私は軽い足取りで先へと進んだ。


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