128 / 154
128.その執事は当然に有能だった
しおりを挟む「それって」
先輩の前に現れた一見すると何の変哲もない一枚の紙切れ。
けれど、この世界では、そんな大したことなさそうな物でも、思いもよらぬ力を持っていることがよくある。今回の追放の誓約書とかね。
だから侮ることは出来ない。
私はシュタイン先輩の口から紡がれるであろう答えを静かに待った。
「移動魔法です」
先輩は答えた。
移動魔法とは、自分達がアロマスクの街に移動する際に使った魔法である。確かにあれなら秒で移動が可能だ。お値段は結構お高いが。
「わー、さっすが先輩」
私はポンと軽く手を叩いた。
「なるほど、その手がありましたね。私としたことが、そんな簡単な方法を見落としていましたよ」
「簡単?」
えっ。
その言葉を聞いた先輩は、ホラー映画の日本人形が振り向くみたいに、ゆっくりと笑顔をこちらに向けた。
「これは、ただの移動魔法ではありませんよ?」
ただの移動魔法、じゃない?
ぱちくりと瞬きをしながらその意味を推し量ろうとする私に対して、先輩は追い討ちをかけるように言葉を続けた。
「国外追放、つまり国境を越えるわけですが、その際には入出国手続きというものが必要なのはご存じですね?」
「いえ、全然」
思わず本音がポロリと漏れた。
だって知るわけがない。
あのお屋敷でのらりくらりとメイドとして生きていこうと決めていた私にとって、国外追放なんてイベントは、別の物語を生きているお嬢様お坊ちゃまの話だと思っていたんだから。
「お前、知らなかったのかよ」
まるで私なら知っていて当然だという口ぶりでレイズ様が訊ねた。
「レイズ様は知っていたんですか?」
「知るかよ、国を出るなんて。行商人かやらかした貴族くらいしかやらない話、俺には関係無い」
「奇遇ですね。私もそう思ってました」
「……」
レイズ様は顔をしかめた。
「……こほん。とにかく、国を出るにはそれなりの手続きがあります。それは移動魔法を使っても同じことです」
どうやら制限時間の関係からか、どんなにこちらが不出来でも笑顔で通すと決めたらしい先輩は、そう言ってぺらり手にしていた移動魔法をこちらに向けた。
「こちらの移動魔法は、その入出国の承認も済んでいる代物です」
「おお!」
「いいですか。ただの移動魔法では、国境に着いた時点で、手続きに手間取って制限時間を超えてしまっていたんですからね?」
「はいはい」
「くれぐれも『簡単な』方法だったとか言わないように」
「分かってます、分かってますって!」
妙に珍しく容易では無かったことを主張する先輩に、私は何度も首を縦に振った。
どうした先輩、たまには褒めて欲しくなっちゃったか?
「ありがとうございます。さすがは私の尊敬するたった一人の先輩ですよ」
0
あなたにおすすめの小説
裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです
ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる