神殺しのステイ

はじめアキラ

文字の大きさ
上 下
22 / 24

<22・神殺しのステイ>

しおりを挟む
 後ろを使ったセックスだと、入れられる時が気持ちが良いという者、抜かれる時が気持ちが良いという者がいるらしい。前者は体内のウィークポイントで感じる者、後者は排泄の快感を増幅したように感じる者ではないかと楓は思う。自分は両方だが、比較的前者に近いだろう。正直なところ高まってしまうと、もうどっちも気持ちよくなってしまって何もわからなくなるというのが正しいところだが。
 父親に一番最初に犯された時は、本当にただ痛くて泣き叫ぶばかりであったように思う。
 初体験が小学生になるか、ならないかの年齢というのがそもそもおかしなことなのだ。はっきり言って、自分が何をされているのかさえ理解するのが難しかった。ただ最中は痛いし、翌日は痛いだけではなくて熱も出るしで散々な目に遭ったのをよく覚えている。しかも父親はそんな自分をろくに看病もせず、母親も母親でゴミを見るような目で自分を見て父親と喧嘩するばかりであったから尚更だ。今から思うと、あの時に死んでいてもおかしくなかったような気がするのである。到底病院に行ける状態でもなく、しかも熱が下がったら同じことが何度も何度も繰り返されたのだから。
 段々と気持ちよさを感じるようになってしまったのは多分、自己防衛本能のようなものであったのだろう。今ならそれがわかる。ずっと苦痛しかなかったのなら、きっと自分の精神はとっくのとうに壊れてしまっていたのだろうから。
 それでも、おぞましいはずの行為に快楽を得るようになってしまい、あまつさえ後ろだけでイけるようになった己に気づいた時には絶望したものである。自分は一体何なのだろう。とても気持ち悪い存在ではないのか。自分は父にとって、若い頃の母の身代わりにされるためだけに生まれてきたのではないかと何度も悩んだものだ。

――生きていたくないと、そう思ったことなら何度でもある。……それでも、生きていてもいいと思うようになったのは、ステイが、享がいてくれたからだ。

 汚物に塗れたような酷い経験にも、今だけは感謝することができよう。
 ゲスな父親のおかげで、どうすれば閨で同性の機嫌が取れるかよくわかってしまっているのだから。同時に、快楽を感じて絶頂しても、ある程度自分の理性を保つ術も。

「ひんっ……!」

 ぐり、と巨根に臍の裏側あたりを思い切り突かれ、息が詰まる。ずるりと後退するたび、からっぽになった腹の奥が寂しさに震えた。こんなに大きなものを、本来そのように使うわけでもない場所にねじ込まれれば、普通は痛みしか感じないはずだというのに。それで快感を覚えるようになってしまうのだから、本当に自分の体はどうしようもなく堕ちている。催淫作用のある体液まみれにされている、というのも実際あるのかもしれないが。

――動きが、早くなってきた。あと、少し……!

 快楽に侵されていない冷静な部分で、少しずつ頭を回す。何度も何度も擦り上げられた蕾の淵が、楓の意思とは無関係にひくひくと蠢き始める。恐らく、怪物より少し早く自分の方が絶頂するだろう。とにかく、意識だけは明瞭に保たなければいけない。場合によっては、こちら側の“攻撃”と同時にすぐさま自分も動いて逃げ出さなければならなくなるからだ。

「は、激しっ……あ、あんっ、いっ……」
「気持ち良いか?我に抱かれてしまえばもう、その快楽忘れられなくなるであろう?もっともっと乱れるがいいぞ、お前の体は絶品だ、いつまでも可愛がってやろう……!」
「や、やめっ……やめてくださっ……おしり、気持ちよすぎて、おかしくなる……ひんっ!」

 わざとらしく喘いでいると、機嫌を良くしてか巨根の動きが早くなる。激しく揺さぶられながら、楓は少しだけ大きな声で告げた。

「あんっ……かみ、さまっ……かみさまも、イきそう、ですか……?」

 あと、少し。
 あと少し、耐えれば。

「ああ、お前の腹の中に、大量の子種を植え付けてやろう……嬉しいだろう?喜べ、喜ぶがいい……!」
「ひっ」

 ぐり、と。前立腺のあたりを強く抉られた瞬間。楓は喉を逸らして、絶頂していた。

「いっちゃ、いく、いく、ああああああああ!」

 全身をがくがく震わせながらも、ぎゅううう、と後孔を締め上げる。ふわふわの媚肉が、男の快楽神経の塊を力強く抱きしめた。うぐ、と邪神は呻き――真っ赤になった顔で、がくがくと巨根を激しく揺り動かし始める。

「な、なんという締め付け、なんという名器……!出すぞ、我も、俺も、出す、出す出す出す出す、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 きっとその、興奮しきった声は、通話の向こうにもしっかりと聞こえていたことだろう。
 腰を痛いほど掴まれ、揺すられながら楓は――心の中で呟いていた。

――今だ……思い知れ!

 ずん、と。見えない力の壁が、震える音がした。



 ***



『やったぞ、お前が言う通り!柱の五芒星を削った!』
『こちら鈴木、こっちも完了!』
『田端班もやったぜ、そっちはどうだ!』

 ステイがLANEを送信した直後、校舎全体が大きく震えた。次々と完了の報告が入ってくる中、ステイと享の目の前、中庭の中央がギラギラと真っ赤に輝き始める。やはり、葵城の見立ては正しかった。魔法陣は、寮の中庭に設置されていたのだ。

――楓、楓!よくやった……あと、少しだ!

 唇を、血が出るほど噛み締める。楓がおぞましい邪神に抱かれ、半分演技とはいえ喘ぎ狂っているところを――ステイは、嫌でも全て通話で聞いていなければならなかった。残酷であることを承知で、楓がステイに頼んできたのだ。会話を聞いて、合図を出す役はステイにやってほしい。他の誰にも、自分の乱れた声など聞いてほしくはないから、と。
 彼はどこまでも冷静だった。男性の絶頂は誤魔化しにくいし、きっとイかされたのは本当なのだろうけれど。それでも、邪神の余裕のない状況が伝わるよう、行為の中でその言葉を引き出し、合図の代わりにしたのである。
 セックスの、イく寸前。そのタイミングほど、人が油断し無防備になる瞬間はない。余裕を失っている時ならば、多少周囲で異変が起きても、邪神が他に目を向ける余裕はなくなることだろう。
 まさに、自分達が考えた通りだった。八つの柱のすぐ傍で待機したクラスメート達は、ステイの合図と同時に一斉に五芒星を削りにかかった。全員が成功したがゆえに、今まさに隠されていた悪魔の魔法陣が中庭の中心に顕現しようとしている。
 タイルの上に浮かび上がったのは、真っ赤な血でできた魔法陣だ。こんなおぞましいものが、いつも普通に遊び、休憩に使っていた中庭に隠されていようとは。

「よし、壊すぞ!」
「おう!」

 道具はいくつも用意してきている。この魔法陣が隠されていたということはやはり、これを壊すことが悪魔との契約破棄に繋がることはまず間違いない。とにかく、大量のインクで上書きするなり、刃物で削り取るなりすれば問題ないはずである。
 享、それから数名のクラスメート達が一斉に、バケツに入れた墨汁やペンキをぶちまけ始める。魔法陣の線を、アルファベットのような記号を、渦を巻いたような紋章をぶち壊しにするように。
 だが。

「な、なんでだよ!?」

 ステイは焦った。墨汁やインクをぶちまけることはできる。それで終わりになるとばかり思っていたのに――何故か、魔法陣が隠れないのだ。まるで、油が水を弾いているかのよう。一瞬別のインクで隠れても、魔法陣部分はすぐに輝きを取り戻し、インクを弾いて浮かび上がってしまうのである。
 ならば、刃物などで物理的に削り取るしかない。ステイは用意してきた工作用の彫刻刀を取り出し、がりがりとタイルを削りにかかった。だが、引っ掻いても引っ掻いても、、魔法陣が消える気配がない。確かに石のタイルの上であるので硬いことは承知していたが、魔法陣の書いてある紅い線や文字の部分は、まるで鋼のように固く彫刻刀の刃が通る気配がないのである。
 これはまさか、特殊な魔術か何かで守られているのか。
 普通の刃物やインクでは壊すことも汚すこともできない、もしそうなのだとしたら――。

「おい、お前達!何をしている!」
「!」

 バタバタと足音がした。どうやら、自分達が魔法陣を隠す結界を壊したことがバレたらしい。男性教師達が数名、中庭に走り込んでくる。すかさず中庭にいたクラスメート達のうち、ステイが“護衛役”を依頼した生徒達が向かっていった。先生達を投げ飛ばすのは、柔道部や空手部に在籍する生徒だ。

「お前達っ……な、何をしているのかわかってるのか!」

 少し遅れて、頭の禿げ上がった校長が走り込んできて、真っ青な顔で喚いた。

「こ、こ、こんなことをしたら、神様が!神様がいなくなってしまう、それがどれほど恐ろしいことなのかわかってるのか!」
「ふざけんじゃねえよ!」

 思わず、ステイは吠えていた。それはこちらの台詞だ。お前達こそ、自分達がどれほど恐ろしいことをしてきたのか分かっていないのか。
 こんなものがあるせいで。神様を騙る、気が狂った人間と悪魔のせいで。一体どれほど罪のない少年達が狂い目られ、辱められ、泣き叫びながら死んでいったのか。それを助けることもできず、命を断つしかなかった教員はどれほど無念であったことか。

「何が神様だ、何が神子だ!お前らは神様を盾にして、安全圏から生贄を送り込んでただけじゃねえか!ただ甘い蜜を吸って、全部全部神様のせいにしてきただけじゃねえか!悪魔は宗像だけじゃない……全部知ってて協力してきたあんたらもだろ!」

 そうだ、とふと思い立った。
 魔法陣の紅い色が、もし本当に血なのだとしたら。自分、あるいは生贄の血で魔法陣を描くことで、効力を発揮することができるのだとしたら。
 それを上書きすることができるものもまた、血なのではないか。

――確証はない……!でも、迷ってる暇もねえ。邪神が気づく前に、楓が堪えてくれてる間に……やれることは、全部やる。そう決めただろうが、俺!

 彫刻刀のうち、まだ刃が欠けてない一本を取り出す。ステイは左手の袖をまくり上げると、刃をぴたりと自分の腕に当てた。

「ステイ、何を……!」
「この魔法陣を消せるものは、多分これだ……!」

 校長に飛びかかり、押さえ込んでいた享が叫ぶ。ステイは彼に笑いかけ――次に、今だ唾を飛ばして罵倒してくる校長を睨んだ。

「やめろ!やめるんだぁ!」

 まったく、面白いほどよく喋ってくれる。彼が慌てているということは、これが正解なのだろう。

「終わらせてやるよ。全ての悲しい事を、悪い夢を……!」

 ステイは刃を、力任せに引く。
 噴出した血が魔法陣にぼたぼたと落ちた瞬間――大地を揺るがすほどの咆哮が、地下から響いてきたのである。
しおりを挟む

処理中です...