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<7・異変>

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 状況を利用しようとして利用したわけではないが、サミュエルは自分達の町の話、世界についての話を優理に詳しく教えてくれた。

「魔女について、ご存知だったんですね」

 彼は表情を曇らせる。

「今この国全土で……というか世界中で起きている大きなトラブルは大体“魔女のせい”って状況です」
「あ、やっぱり?」
「転生の魔女・ジェシカが異世界からやってきたということはわかっています。恐ろしい魔力と美貌を使って一国の王を籠絡して乗っ取り、そこから侵略を開始したということも。なんでもこの世界のどこかに眠る力を手に入れることが目的、であるそうなのですが……」

 この世界は、一つの巨大な大陸で出来ている。正確には大陸の外には広大な海があり、他にも人が住んでいる場所があるかもしれないが現状見つかっていないという状況であるらしい。今のこの世界には、船はあっても飛行機はない。気球はあるが、遠距離を飛行したり探索するにはむいていない。結果、一つの大陸のみの、閉じた世界が出来上がったというわけらしい。
 そして大陸は、東西南北で四つの国に別れている。
 北のノース・ブルー王国。
 南のサウス・レッド王国。
 西のウェスト・イエロー王国。
 東のイースト・グリーン王国。
 合計四つ。未踏の森やダンジョンもあるが、全ての土地がどこかしらの王国の領地として成立しているというわけだ。なんともわかりやすい名前である。よって省略する時はそのまま北の国だとか青の国だとか言うこともままあるのだそうだ。
 異変が起きたのは、北のノース・ブルー王国である。少し前に、この国の国王の一人娘が突然原因不明の病で急死した。悲しみに暮れ、何も手につかなかない様子の国王を、青の国の住民は勿論のこと近隣諸国の者達も皆心配していたという。四つの王国の関係はどれも良好であったし、特に北の国王は穏健派であり、人望も厚かったためである。
 だからこそ、異変は顕著だったそうだ。突然人が変わったように挙兵し、近隣諸国に攻め入るようになってしまったのだから。その理由は明らかである。何故なら国王に代わって世界中に“犯行声明”を出した“魔女”がいたのだから。



『あたしは異世界から来た転生の魔女、ジェシカ。この世界に存在する“伝説”を手に入れるためやってきたの。この世界は全て、あたしのものになる。大人しく軍門に下れば、悪いようにはしないわ。でも抗う者には血の制裁が待っている……賢い選択をすることね。あたし一人でもこの世界を蹂躙できるところ、既にあたしはノース・ブルーの軍事力を全て握っている。その気になればいくらでも町を灰にすることができるのだから』



 今まで各国が交わしてきた条約も、信頼も、全て踏みにじる行為と言っても過言ではなかった。魔女に支配されたノース・ブルーの人々を救出し、魔女の魔の手から世界を救いたい。誰もがそう願ったものの、よりにもよって一番最初に魔女の手に落ちてしまったのがこの国であったのが最大の問題だったのである。
 四つの国の国力は拮抗していたが、殊に軍事力に限定すれば、青の王国こそが最も優れた力を持っていた。ゆえに、真正面から戦争を仕掛ければ確実に痛い目を見る。というか、三つの国がかりで立ち向かって仮に勝利できても甚大な被害が出るのは間違いない。残る三つの国は、どのような対処をするべきか慎重に話し合っている最中であったという。
 だが、事態はさらに悪い方へと向かっていく。
 魔女は異世界からさらに“転生者”を呼び出して力を与えると、それぞれの国に送り込んで大暴れさせ始めたのだ。それぞれの国は結束するどころか、自分の国の問題を解決するだけで手いっぱいという状況に追い込まれてしまったのである。

「サミュエルの町で、医薬品の供給がストップしたってのも関係してるの?ていうかその町は、南のサウス・レッド王国の領内って認識であってる?」
「はい、それで正解です。サウス・レッドは一番軍事力が低いので、現在は国境付近を防衛するだけでいっぱいいっぱいの状況みたいで。……ただその代わり、自然が豊かなので資源は比較的豊富です。特に、農作物の輸出額なら、四つの国でナンバーワンだったかと。畜産業も盛んですし、薬草とか木の実とかもいろいろと……だからこそ、連中もさっさとこの国を手に入れてしまいたいんでしょうけど。青の国は軍事力は高いものの、食料自給率は相当低かったはずなので」
「自給率が低いって……この状況だと、普通に考えて各国から経済制裁食らうよね?食べ物の輸入とかさせてもらえなくなりそうなもんなんだけど」
「はい。だから手を打ってきてるんでしょうね。……一部の市町村が、国にナイショで食料品や医薬品をこっそり青の国に横流ししてるみたいなんです……それも相当格安で。脅されているか、賄賂を受け取っているか、転生者の力で何かをされてやむなくなのかは定かではないですが」
「あー……」

 あるいは、経済制裁の代償が大きくて、きつい規制ができないのかもしれない。相手の軍事的報復が怖いなら、それもそれとしてあり得ることだ。あまり国際情勢とか政治のことに詳しくない優理でも、それくらいの想像はつくというものである。

「君の町に医薬品が来なくなったのも、その煽りを受けたかんじ?」
「恐らくは」

 道の終わりが見えてきた。木々が開け、オレンジ色の屋根がちらほらと見えてくる。どうやらあれが、サミュエルの住んでいる町ということらしい。

「僕達が主に医療品・医薬品を買っていた隣町であるシュカの町……そこに大きな製薬会社や工場があったんですけど。最近そのあたりの動きがどうにもおかしいなとはみんな感じてたみたいで。……そしたら突然、もう僕達のグレンの町には……というか、よその町に薬を売る余裕がないみたいなことを言われたみたいで」
「余裕がない?」
「はい。薬が作れなくなったってことなんですかね……」

 その口ぶりだと、この町に恨みがあるとか攻撃したいだとかそういうことではなく、純粋に薬の供給量が減って売りに出せなくなったといった印象である。大きな会社や工場があるならば、本来安定供給するのになんら問題はなかったはずだ。というか、だからこそサミュエルの町の者達もほぼその町に頼りっきりであったのだろうから。
 それができなくなったとしたら、原材料が入手できなくなったか――あるいは、工場が稼働できなくなったか。もしくは、大口の取引先ができて、そっちに全て持って行かれてしまった可能性が高いと言うことになるのではないか。

「……なるほど。薬を全部、青の王国に持って行かれちゃってるせいで、こっちの町に来なくなったかもしれないってわけか」

 少なくとも、サミュエルはそう考えているらしい。なるほど、想像以上に状況は複雑かつ、面倒というわけだ。もし本当にそうならば、単に隣の町に薬を売ってくれと頼んだだけでは、物事は解決しそうにない。

「大体理解したよ。でもさ、それなら薬草を少し摘んで町に帰ったところで、根本的な解決にはならないだろ。なんとしてでも隣の町に交渉するなり、隣の町の状況を探るなりしないと」
「僕もそう思って、町長とか、大人の人達に訴えたんです。でも」
「でも?」
「……絶対やめた方がいいって。というのも、実は既に何度も交渉は行った後だったみたいなんです。ところが、三回目の交渉で、ついに向こうが実力行使に出てきて。大人の人が、何人も大怪我をしたらしくて。大人の人達、荒事になるかもしれないと思って一応武器を携帯していたみたいなんですが、全員手も足も出なかったというんです。たった一人の……傭兵の、女の人相手に」
「女……」

 一瞬るりはのことか?と思った。転生者として、彼女もほぼ確実にこの世界のどこかにいるはず。そして魔女に呼び出されたのだから、その魔女の手先としてあっちこっちに迷惑をかける側であるのもまず間違いないことである。ただし、傭兵、というのがどうにも気にかかる。どう見てもそんなガラではない。拳や剣で戦うイメージなど一切見えないし、いくら大人びていても女子中学生だ。女の人、という表現はしないような気がしている。

――とすると、転生者メンバーの誰かに操られてる、現地の住民とかそういうのだろうか?

 何にせよ、きっと本意ではないのだろうし、気の毒な話である。なんとか助けてやれないものか、と優理は頭を悩ませた。魔女に繋がる道を見つけるためには、地道に下っ端の敵を叩いていくしかないのだろうが。いかんせん最大の問題は、優理自身にまともな戦闘能力がないということである。精々、機転を利かせて作戦を考えるとか、敵から逃げまくるしか能がない。
 異世界転生と言えば基本的に、転生すると同時にチートスキルを与えられて爽快に無双するもののはずなのに、まったく自分がサトヤに与えられたスキルの貧弱さといったら。



『強すぎるスキルなんぞ与えたら、世界のバランスがぶっ壊れちまうからな。物足りないと思うかもしれないが、それでどうにか頑張ってくれ。何、お前が“正しい努力”をすりゃ、うまく機能してくれるだろうよ。これでも考えて考えて、お前に相応しいスキル構築にしたんだからな。その名も、“引き寄せスキル”。具体的に、どういうもんなのかというと……』




――ひょっとして、この子もそうだったりするのか?

 ちらり、と優理は、自分より少し低い位置にあるサミュエルの顔を見る。ローブを着ていてわかりづらいが、お世辞にも屈強な体格には見えない。少女と見まごうくらいに繊細な顔立ちだが、それ以上に体格が非常に華奢であるように見える。肩幅も狭いし首も細い。何か凄い才能を秘めている、ようには見えないのだが。
 いや、異世界であることを考えると、見た目云々は関係がないのかもしれないけれど。二次元世界では、いかにもほそっこくてロリ顔な美少女が、ものすごい怪力で敵を倒すパワーアタッカーである!なんてこともままある話である。ただ、彼はあんなイノシシに怯えて逃げていたほどだ。戦闘能力に少しでも自信があったなら、自力で対処できていてもおかしくない気がするのだが。

「あの、ユーリさん」

 そんな優理の考えをよそに――町の入口まで来たところで、サミュエルが戸惑ったように足を止めた。

「ユーリさんはその、現代日本っていうところからの転生者なんですよね?」
「え?ああ、うん。さっき言った通りだよ」
「赤の他人の僕のことを体張って助けてくれたし、僕自身はユーリさんを信じたいと思ってます。でも、町の他の人はどうかわかりません。というか……今の話の流れでお察しでしょうけど、異世界からの転生者とか転移者とか、そういう存在に皆さん非常に良いイメージがないんです。彼等が居なければこの世界はいつまでも平和だったのに、と思っている人が少なくなくて。だからその……少なくとも時が来るまでは、異世界から来たってのは秘密にしておいた方がいいかなって」
「……確かに」
「ごめんなさい。助けてもらったのに、こんなこと言って」

 本当に申し訳なさそうな様子のサミュエルである。彼が謝らなければいけないことなど何もないのにな、と優理は思う。というか、この状況で異世界人を嫌うな、怖がるなというのが土台無理な話である。町の人の偏見に晒されても仕方ないとしか言いようがない。実際、連中が酷い迷惑をかけているのは事実なのだから。

「君が謝るようなことじゃないだろ」

 それよりも。そんな自分のことを心配して、アドバイスしてくれる気持ちの方が嬉しい。

「じゃあ、とりあえず森の中で記憶喪失で迷子になってたってことにでもしておいてくれる?それならこの世界について全然知らなくてもおかしくないしさ」
「すみません。わかりました、そうしましょう」
「ああ」

 何とかしてやりたい。掛け値なしに思うのである。
 同時に、一番最初にこの世界で逢ったのが、サミュエルで本当に幸運だったな、とも。
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