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五月 親衛隊は推しを好きになってしまったら自動的に加入させられるルール
3.
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「始まってるぞ!」
小田切と二人で慌てて岩野の姿を探す。見てなかったとか、岩野に後で殴られそうだ。クラスの奴らに混ざって岩野を応援し、続いてアンカーの紙屋も応援する。
紙屋はプレッシャーなど感じさせない、惚れ惚れするくらいの完璧な走りだ。ダントツに速くて、結果は一着でゴール。
吉良のクラスの皆は大喜びし、吉良も小田切も喜び合った。
そして体育祭は終わり、皆が帰り支度をして散り散りになっていく。
「吉良」
紙屋が声をかけてきた。プレッシャーから解放されたのか、朝とはうって違い、穏やかな表情をしている。
「紙屋、お前すごいな! さすがだよ。今日の主役はやっぱお前だったな」
「そっかな……吉良に褒められると嬉しいよ」
少し照れた様子の紙屋。
「で、でさ。俺との約束。覚えてるか?」
約束……?
「ああ、ハグがどーのってやつ? そんなの許可なんて要らない、適当にやれよ」
吉良のクラスが優勝し、さっき皆でわちゃわちゃ喜んでハグしたりハイタッチしたり大騒ぎしたばかりだ。
確かにそこには体育祭MVPに選ばれて壇上に上がっていた紙屋はいなかったことを思い出した。きっと紙屋も仲間に入りたかったんだろう。
「いいんだな」
「ああ」
「ほんっとうにいいんだな」
「しつこいな」
「ここじゃ嫌だ。吉良、ちょっと来て」
紙屋に連れて行かれたのは人気のない教室。
教室に入るなり、紙屋はいきなり吉良に抱きついてきた。
なんかこいつ、いつもと雰囲気が違うような……。
「か、紙屋……?」
紙屋は何も言わずにずっと吉良を抱き締めたままだ。
「おい……」
紙屋は吉良を離さない。
「はぁ……ヤバ……すげぇ癒し……」
いい加減恥ずかしくなってきた。
「な、なぁ紙屋、そろそろ……」
「あと少しだけ……」
いや、さすがにこれは甘えるにもほどがないか?! そんなに皆からの期待がプレッシャーだったのか。
その時、廊下から「吉良ー! 紙屋ー!」と二人を呼ぶ岩野の声が聞こえた。二人を探しに来たのだろう。
その声を聞いて開放されると思ったのに、紙屋は吉良を抱き締めたままだ。
「か、紙屋っ、岩野が……」
さすがにこんな場面は人に見られたくない。なのに紙屋はまだ離さない。
「おいっ!」
吉良はついに声を荒げる。それで気づかれたのか、教室のドアが開けられる——!
「お前ら、ここにいたのか。こんなとこで何してんの?」
岩野だ。
「あ、ちょっと吉良に悩み相談?」
すんでのところで吉良から離れた紙屋が何でもないかのように岩野に返事をする。
「吉良、どうした? ぼーっとして。二人とも一緒に帰ろうぜ」
「あ、ああ……」
なんとか岩野に言葉を返すが、さっきまでの紙屋の行動にまだドキドキしている。
「そうだな岩野。あれ? 小田切はどうした?」
一方の紙屋は一瞬にしていつも通りだ。
お前の変わり身の速さにびっくりするぞ。さっきまで、お前は……。
「小田切は、他校の女子に捕まってるよ。多分、告られてんじゃねぇの?」
体育祭、文化祭。他校生などが来る行事の時は決まって小田切は女子に話しかけられて「付き合ってください」だの「連絡先教えて下さい」だのと言われている。
「紙屋。お前を探してる女子もいたけど。お前、体育祭終わってすぐにいなくなったと思ったら吉良とここで話してたんだな」
「ああ。吉良に悩み聞いてもらって元気出た。ありがとな、吉良」
紙屋は吉良に笑顔を向けてきた。
「さ、岩野。帰ろうぜっ!」
その後、紙屋は明るく岩野に声をかけている。岩野も「お前どうした?」と紙屋のテンションの高さに若干驚いているようだ。
◆◆◆
「うわー。小田切の人気は相変わらずだな」
小田切は他校の女子に何やら話しかけられているようだ。いつも四人で帰っているので小田切にも「帰るぞ」と声をかけたかったが、今日は難しいかもしれない。
「お願いします!」
女子が頭を下げて、小田切に何か手紙のようなものを渡そうとしている。
「ごめん。受け取れない」
小田切はきっぱりと断った。女子が涙目だ。
「友達からでもいいんです!」
再度アタック。
「ごめん。俺、ずっと好きな奴いるから、そいつのこと以外は考えられねぇの」
「そんな……」
女子は泣き出してしまった。
一部始終を吉良も岩野も紙屋も目撃してしまった。小田切は泣いている女子を慰めることもなく、涼しい顔で三人のもとにやってきた。
「おい。俺ももう帰る。一緒に帰ろうぜ」
女子を泣かせておいて、でも小田切はいつもの冷静なままだ。まぁ、小田切にとってはこんなことは日常茶飯事なのかもしれない。
「い、いいのか……? 泣いてるぞ」
と岩野。
「付き合う気もねぇのに慰めたり優しくされる方が嫌だろ。いーんだよ、ほっとけ」
すごいな小田切は。やっぱりモテる男は平凡とは感覚が違うみたいだ。
「なぁ。小田切。ごめん、さっきの話聞いちゃったんだけどさ」
下校途中に、紙屋がおずおずと小田切に声をかけた。
「なに?」
「小田切って好きな奴、いんの? 俺、お前から恋愛話なんて聞いたことねぇなって思ってさ」
たしかにそうだ。いつも四人でつるんでいて、色んな話をするが、小田切の恋愛話は聞いたことがない。
「どーでもいいだろ、そんなこと」
「よくないっ。小田切は俺の好きな奴が誰か知ってるだろ? お前もいるなら教えろよ。ほら、まさかってこともあるし……」
え。紙屋にも好きな人がいるのか。みんなちゃんと青春してるんだな……。
「言わない」
小田切は「いない」と否定はしなかった。
「なんでだよっ」
「……どうせ叶わないから」
「は? お前が?!」
「そうだよ。だから早く忘れたいと思ってるんだけど、全然ダメだ」
「お、おい、小田切ぃ……お前そんなことをひとりで抱えてたのか?! 俺たちに相談しろよ!」
紙屋もだが、岩野も「そうだぞ」と小田切に同情している。
吉良だってそう思う。いつも小田切はなんでもない顔をしているので気づいてあげられなかった。
「いいっ! お前らの同情は要らねぇよっ」
小田切は大袈裟なくらいに励まそうとする二人をうるさくも嬉しくも思ってるみたいだ。
小田切と二人で慌てて岩野の姿を探す。見てなかったとか、岩野に後で殴られそうだ。クラスの奴らに混ざって岩野を応援し、続いてアンカーの紙屋も応援する。
紙屋はプレッシャーなど感じさせない、惚れ惚れするくらいの完璧な走りだ。ダントツに速くて、結果は一着でゴール。
吉良のクラスの皆は大喜びし、吉良も小田切も喜び合った。
そして体育祭は終わり、皆が帰り支度をして散り散りになっていく。
「吉良」
紙屋が声をかけてきた。プレッシャーから解放されたのか、朝とはうって違い、穏やかな表情をしている。
「紙屋、お前すごいな! さすがだよ。今日の主役はやっぱお前だったな」
「そっかな……吉良に褒められると嬉しいよ」
少し照れた様子の紙屋。
「で、でさ。俺との約束。覚えてるか?」
約束……?
「ああ、ハグがどーのってやつ? そんなの許可なんて要らない、適当にやれよ」
吉良のクラスが優勝し、さっき皆でわちゃわちゃ喜んでハグしたりハイタッチしたり大騒ぎしたばかりだ。
確かにそこには体育祭MVPに選ばれて壇上に上がっていた紙屋はいなかったことを思い出した。きっと紙屋も仲間に入りたかったんだろう。
「いいんだな」
「ああ」
「ほんっとうにいいんだな」
「しつこいな」
「ここじゃ嫌だ。吉良、ちょっと来て」
紙屋に連れて行かれたのは人気のない教室。
教室に入るなり、紙屋はいきなり吉良に抱きついてきた。
なんかこいつ、いつもと雰囲気が違うような……。
「か、紙屋……?」
紙屋は何も言わずにずっと吉良を抱き締めたままだ。
「おい……」
紙屋は吉良を離さない。
「はぁ……ヤバ……すげぇ癒し……」
いい加減恥ずかしくなってきた。
「な、なぁ紙屋、そろそろ……」
「あと少しだけ……」
いや、さすがにこれは甘えるにもほどがないか?! そんなに皆からの期待がプレッシャーだったのか。
その時、廊下から「吉良ー! 紙屋ー!」と二人を呼ぶ岩野の声が聞こえた。二人を探しに来たのだろう。
その声を聞いて開放されると思ったのに、紙屋は吉良を抱き締めたままだ。
「か、紙屋っ、岩野が……」
さすがにこんな場面は人に見られたくない。なのに紙屋はまだ離さない。
「おいっ!」
吉良はついに声を荒げる。それで気づかれたのか、教室のドアが開けられる——!
「お前ら、ここにいたのか。こんなとこで何してんの?」
岩野だ。
「あ、ちょっと吉良に悩み相談?」
すんでのところで吉良から離れた紙屋が何でもないかのように岩野に返事をする。
「吉良、どうした? ぼーっとして。二人とも一緒に帰ろうぜ」
「あ、ああ……」
なんとか岩野に言葉を返すが、さっきまでの紙屋の行動にまだドキドキしている。
「そうだな岩野。あれ? 小田切はどうした?」
一方の紙屋は一瞬にしていつも通りだ。
お前の変わり身の速さにびっくりするぞ。さっきまで、お前は……。
「小田切は、他校の女子に捕まってるよ。多分、告られてんじゃねぇの?」
体育祭、文化祭。他校生などが来る行事の時は決まって小田切は女子に話しかけられて「付き合ってください」だの「連絡先教えて下さい」だのと言われている。
「紙屋。お前を探してる女子もいたけど。お前、体育祭終わってすぐにいなくなったと思ったら吉良とここで話してたんだな」
「ああ。吉良に悩み聞いてもらって元気出た。ありがとな、吉良」
紙屋は吉良に笑顔を向けてきた。
「さ、岩野。帰ろうぜっ!」
その後、紙屋は明るく岩野に声をかけている。岩野も「お前どうした?」と紙屋のテンションの高さに若干驚いているようだ。
◆◆◆
「うわー。小田切の人気は相変わらずだな」
小田切は他校の女子に何やら話しかけられているようだ。いつも四人で帰っているので小田切にも「帰るぞ」と声をかけたかったが、今日は難しいかもしれない。
「お願いします!」
女子が頭を下げて、小田切に何か手紙のようなものを渡そうとしている。
「ごめん。受け取れない」
小田切はきっぱりと断った。女子が涙目だ。
「友達からでもいいんです!」
再度アタック。
「ごめん。俺、ずっと好きな奴いるから、そいつのこと以外は考えられねぇの」
「そんな……」
女子は泣き出してしまった。
一部始終を吉良も岩野も紙屋も目撃してしまった。小田切は泣いている女子を慰めることもなく、涼しい顔で三人のもとにやってきた。
「おい。俺ももう帰る。一緒に帰ろうぜ」
女子を泣かせておいて、でも小田切はいつもの冷静なままだ。まぁ、小田切にとってはこんなことは日常茶飯事なのかもしれない。
「い、いいのか……? 泣いてるぞ」
と岩野。
「付き合う気もねぇのに慰めたり優しくされる方が嫌だろ。いーんだよ、ほっとけ」
すごいな小田切は。やっぱりモテる男は平凡とは感覚が違うみたいだ。
「なぁ。小田切。ごめん、さっきの話聞いちゃったんだけどさ」
下校途中に、紙屋がおずおずと小田切に声をかけた。
「なに?」
「小田切って好きな奴、いんの? 俺、お前から恋愛話なんて聞いたことねぇなって思ってさ」
たしかにそうだ。いつも四人でつるんでいて、色んな話をするが、小田切の恋愛話は聞いたことがない。
「どーでもいいだろ、そんなこと」
「よくないっ。小田切は俺の好きな奴が誰か知ってるだろ? お前もいるなら教えろよ。ほら、まさかってこともあるし……」
え。紙屋にも好きな人がいるのか。みんなちゃんと青春してるんだな……。
「言わない」
小田切は「いない」と否定はしなかった。
「なんでだよっ」
「……どうせ叶わないから」
「は? お前が?!」
「そうだよ。だから早く忘れたいと思ってるんだけど、全然ダメだ」
「お、おい、小田切ぃ……お前そんなことをひとりで抱えてたのか?! 俺たちに相談しろよ!」
紙屋もだが、岩野も「そうだぞ」と小田切に同情している。
吉良だってそう思う。いつも小田切はなんでもない顔をしているので気づいてあげられなかった。
「いいっ! お前らの同情は要らねぇよっ」
小田切は大袈裟なくらいに励まそうとする二人をうるさくも嬉しくも思ってるみたいだ。
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