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十月 親衛隊は心変わりしたらすぐに推しが変更されるルール
2.
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学園祭に向けての四人での作業が終わり、吉良は隠岐と二人で安居院たちの部屋を出る。
今日はストーリーの動画制作の最終チェックだった。動画制作は他の班が主だが、隠岐がPCが得意なため、チェック&修正も担当することになったのだ。
吉良が何の気なしに部屋に戻ろうとしていたときに、隠岐がドンっと急に背中にぶつかってきた。
この前もぶつかってきたのに、こいつ!
「おいっ、隠岐! お前またっ……」
文句を言ってやろうと振り返ろうとして気がついた。隠岐はこの前みたいにぶつかってきたんじゃない。うなだれるようにして、吉良の背中に寄りかかっている。
「……吉良なんて大嫌いだ」
隠岐はそう呟いて、寄りかかったまま動かない。
「隠岐……?」
隠岐の様子がおかしい。こいつ、どうしたんだ……?
「吉良の嘘つき。吉良は『俺には親衛隊なんていない』って言ってたくせに」
な、なんの話だ……?
「僕が一番最初に好きになったのに……」
隠岐は吉良に寄りかかるのをやめ、身体を離す。
それきり何も言わずに立ち去ろうとしたので思わず「待てよ、隠岐っ」と呼び止める。
「隠岐。お前どうしたんだ? 何か俺に言いたいことがあるなら言えよ!」
「……本当のことなんて言えるわけないだろ」
隠岐は不服そうにこちらを睨みつけている。
「僕には何もない。どうせ勝てるわけがないんだ。この勝負はハナから僕の負けが決まってる。この前だって、僕はなんの手出しもできなかった……」
「勝負? 一体何の——」
隠岐は何を俺と争ってるんだ……? まさか、安居院のことか?
隠岐は安居院が吉良の親衛隊だと勘違いしているようだった。そのせいで吉良に安居院を取られるとでも思っているのだろうが、その誤解さえ解いてやれば。
「隠岐っ、安居院は俺の親衛隊なんかじゃない」
吉良は急いでスマホを取り出して、親衛隊数の画面を隠岐に見せる。もちろんそこには親衛隊0人の表示がある。
「な? 安居院は俺に興味はないよ。それに俺には親衛隊はいない」
隠岐は、吉良に親衛隊がいるかのような話ぶりだったから、ついでにそこも否定してやる。
「吉良はこの数字、信じてるの?」
「え?」
まぁ……。妥当だろうと思うが、ひとつだけ気になるのは水李葉のことだ。水李葉は、吉良に真っ直ぐな好意をぶつけてくれた。
「本音を言うと、ひとりだけ。あいつだけは俺のことを考えてくれてたんじゃないかなって思ってたんだけどな……」
「『親衛隊は心変わりしたらすぐに推しが変更されるルール』だからね」
隠岐に言われてハッとする。告白の返事もないまま曖昧な態度を取りつづける吉良に水李葉は嫌気をさして、心変わりしたのかもしれない。
水李葉と夏休みに観光を兼ねて街を歩いているときに、「モデルをやらないか」「一緒に写真撮ってもいいですか」と水李葉はやたら声をかけられていた。容姿端麗だけではなく驚異的な頭脳の持ち主の水李葉と一緒にいると引け目を感じる。そんなすごい奴がいつまでも吉良を想ってくれているという考えこそ間違っていたんだろう。
「バカだな吉良は。親衛隊数なんて人に易々教えるものじゃない」
隠岐は呆れた様子だ。
「だよな。でも隠岐は勘違いしてるみたいだし、この方が手っ取り早いかと思ったから」
勘違いに振り回されている様子の隠岐をそのままにもできなかった。そのせいで友情が壊れるのは嫌だから。
「隠岐はうまくいくといいな」
「え?」
「とぼけるなって。隠岐は安居院のことが昔から気になってたんだろ? 幼馴染だし」
「いや、僕は……」
「安居院は人気者だからな。隠岐が自信がなくなるのもわかるよ」
きっと隠岐は安居院を好きでいることに疲れたんだろう。安居院に振り向いてもらうなんて奇跡みたいな確率なんだろうから。
「やめてよ、僕のことなんて気にしなくていから」
「隠岐はこの学校に入学して最初にできた俺の友達だから。だからお前に勘違いされたり、避けられたりするのは俺もちょっとこたえるからさ……」
隠岐に避けられて胸が痛んだ。なんでなんだろうと悩みもした。このまま卒業っていうのもなんか落ち着かない。これで隠岐の誤解を解くことができただろうか。
「僕は吉良に嫌われたくて、吉良を嫌いになりたくてやったのに……」
ん……? どういう意味だ……?
「ねぇ。僕じゃないなら、これ以上僕に構わないでよ」
「隠岐……?」
「僕は吉良の幸せなんて願えない。吉良なんて大嫌いだ……」
隠岐はそう言い残して部屋に戻ってしまった。
その日の夜になり、吉良はひとり静かに机に向かっていた。いつも賑やかな楯山がいないから静寂で、少し落ち着かない。
その時、ドンドンドンドンっと急に窓を叩く音がして、吉良は飛び上がるほどびっくりした。
恐る恐るカーテンを開けるとそこにはビニール袋を引っ提げてベランダに立つ鳴宮の姿。
「な、鳴宮?! どうしたんだ?!」
鳴宮が吉良に会いに来るなんて初めてのことだ。
驚きながらも窓を開けると、鳴宮は「お邪魔します!」と靴を脱ぎ、窓から部屋に侵入してきた。
「なんで窓からやってくるんだよ……」
普通ドアから部屋に入るだろと思うが、鳴宮はどこかぶっ飛んだところがある奴だ。突飛な行動も鳴宮ならあり得るなと妙に納得してしまう。
「だってドアから入るといろいろ周りがうるさそうだからさ。ほい、差し入れ」
鳴宮は吉良にビニール袋を手渡した。中にはペットボトルや菓子類が入っている。
「吉良と話したかった。いつも吉良はキラキラ輝いてるのに、なんか今日は少し落ち込んでるように見えたから」
「えっ! いやっ、そんなことない。ちょっと疲れてるだけだ……」
そう言っても、鳴宮は「ふーん」と至近距離で吉良の顔をジロジロと見つめてくる。まるで吉良の本音を見透かそうとするように。
「最近みんなに避けられてる気がする……?」
鳴宮に言い当てられ、思わず息を呑む。なんだこいつの洞察力は。
「友達でいたいのに、なぜかうまくいかないとか?」
その通り。吉良は普通の高校生活を送りたいだけだ。でも隠岐には嫌われるばかりだし、みんなとも最近うまく接することができていないような。
「いつもならもっとみんなグイグイ迫ってくるのに、なんで来ないんだろうって?」
「いや、そこまでは——」
吉良が言いかけたところで、鳴宮は急に吉良の両手首をガッと掴んで、身体をベッドに押し倒してきた。腹の上から鳴宮にのしかかられて、鳴宮が吉良の上、マウントポジションを取るような体勢になる。
「鳴宮っ!」
抵抗するが、意外にも強い力で鳴宮は抑えつけてくる。そして、そのままの状態で鳴宮はただ吉良の様子をじっと伺っているだけだ。
「ってめぇ!」
ふざけんなよと思い、身を捩って鳴宮の体勢を崩し、その隙に渾身の力で鳴宮を撥ねつけて拘束から逃れる。
「いきなり何するんだよ!」
吉良は息を切らしながら鳴宮を睨みつけているのに、鳴宮は「アハハっ」と笑っている。
「何が可笑しいんだっ!」
「嘘じゃん。やっぱり噂は嘘だ」
「……噂?」
「うん。吉良は男が嫌いだって噂。男にグイグイ迫られると怖くて動けなくなるっていう……。でも、そんなことなかった。動けなくなるどころかすごい力で俺を跳ね返しやがった」
鳴宮は傑作だとでも言いたげに、大笑いだ。
「なんでそんな噂が流れてるんだよ……」
男に免疫がない深窓の令嬢じゃあるまいし、男子校&男子寮に居ながらそれはないだろ。
「さぁ。俺は嘘だと思ったけど、信じる奴もいるのかな。だって吉良はいくら攻めてもなびかない。難攻不落すぎるから、実は男嫌いだって言われて納得しちゃうよ」
「おい、人を砦みたいに喩えるなよ……。そもそも俺をなびかせたい奴なんてこの世にいないよ」
攻められてもないのに、陥落するもなにもないだろうが!
「そっか。吉良は可愛いなぁ」
鳴宮は満面の笑みでこちらを見ている。
何が可愛いんだよ。鳴宮の思考はよくわからない。
「ねぇ吉良、放課後に俺の歌を聴きに体育館に来てくれたでしょ」
「ああ。まさか鳴宮が学祭で歌うとは思ってなかったからびっくりしたよ。鳴宮はもうプロなんだろ? プロならそれ相応の待遇じゃないと歌わないだろ。実行委員会の奴に頼まれたのか?」
プロはプロらしく。鳴宮の歌はもう安易に聴かせていいものじゃないはずだ。何か事情があるのだろうか。
「今年で高校生活も最後だしさ。自分なりのけじめとして、歌いたいなと思ってさ。今年は引き受けることにした」
「けじめ……?」
「うん。俺さ、ずっと抱えてるものがあるんだ」
鳴宮はどこか懐かしむかのように遠い目で話し出す。
「夢中になり過ぎてる、バカみたいだとわかっているし、こんな想いはさっさと捨てないと前に進めないのもわかってるんだ。どうせ無理だから諦めたいのに、でも、忘れられない」
はぁ。と鳴宮の小さな溜め息。
「だから、けじめをつけたいの。全力で歌って、それでも想いが届かないのなら、俺はそれまでだったってこと。それなら諦められそうだから」
体育館での、音喜多の話を思い出した。鳴宮は誰かを想ってラブソングを歌っていると音喜多は言っていた。音喜多の話が本当なら、鳴宮はその人に対して想いを込めて歌いたいといことなのか。
「だから、吉良、当日聴きに来てよ」
「俺?」
「そ。俺の全力、吉良に聴いて欲しい」
いや、鳴宮ならわざわざ集客しなくても満員御礼。何の心配もいらないと思うけれど。
「わかったよ」
吉良が頷くとぱっと鳴宮の表情も明るくなった。
「約束だよ。座席なしのオールスタンディングだけど、俺は視力だけは無駄にいいから、絶対に吉良を探しだしてみせるから」
おいおい、呑気に知り合い探しなんてしてる暇があるなら歌に集中しろよ。
「吉良も俺も、元気出してこう!」
鳴宮は自分で持ってきたビニール袋からコカコーラゼロを二つ取り出して、一つを吉良に手渡してきた。二人は互いにそれをカツンとぶつけ合う。
その後、遠慮なく吉良の部屋で「あ、この漫画読みたかったやつ。読んでいい?」と漫画を手に取り、「俺、一回楯山の気分になってみたかったんだよね」と楯山のベッドに転がってくつろいでいる。楯山が見たらブチギレそうだ。
「いいなぁ。楯山は。ここからの眺めは最高だ」
鳴宮は吉良を見てやけに嬉しそうだ。こんななんの変哲もない部屋のどこが楽しいのだろう。
鳴宮は掴みどころのない男だな……。
今日はストーリーの動画制作の最終チェックだった。動画制作は他の班が主だが、隠岐がPCが得意なため、チェック&修正も担当することになったのだ。
吉良が何の気なしに部屋に戻ろうとしていたときに、隠岐がドンっと急に背中にぶつかってきた。
この前もぶつかってきたのに、こいつ!
「おいっ、隠岐! お前またっ……」
文句を言ってやろうと振り返ろうとして気がついた。隠岐はこの前みたいにぶつかってきたんじゃない。うなだれるようにして、吉良の背中に寄りかかっている。
「……吉良なんて大嫌いだ」
隠岐はそう呟いて、寄りかかったまま動かない。
「隠岐……?」
隠岐の様子がおかしい。こいつ、どうしたんだ……?
「吉良の嘘つき。吉良は『俺には親衛隊なんていない』って言ってたくせに」
な、なんの話だ……?
「僕が一番最初に好きになったのに……」
隠岐は吉良に寄りかかるのをやめ、身体を離す。
それきり何も言わずに立ち去ろうとしたので思わず「待てよ、隠岐っ」と呼び止める。
「隠岐。お前どうしたんだ? 何か俺に言いたいことがあるなら言えよ!」
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「僕には何もない。どうせ勝てるわけがないんだ。この勝負はハナから僕の負けが決まってる。この前だって、僕はなんの手出しもできなかった……」
「勝負? 一体何の——」
隠岐は何を俺と争ってるんだ……? まさか、安居院のことか?
隠岐は安居院が吉良の親衛隊だと勘違いしているようだった。そのせいで吉良に安居院を取られるとでも思っているのだろうが、その誤解さえ解いてやれば。
「隠岐っ、安居院は俺の親衛隊なんかじゃない」
吉良は急いでスマホを取り出して、親衛隊数の画面を隠岐に見せる。もちろんそこには親衛隊0人の表示がある。
「な? 安居院は俺に興味はないよ。それに俺には親衛隊はいない」
隠岐は、吉良に親衛隊がいるかのような話ぶりだったから、ついでにそこも否定してやる。
「吉良はこの数字、信じてるの?」
「え?」
まぁ……。妥当だろうと思うが、ひとつだけ気になるのは水李葉のことだ。水李葉は、吉良に真っ直ぐな好意をぶつけてくれた。
「本音を言うと、ひとりだけ。あいつだけは俺のことを考えてくれてたんじゃないかなって思ってたんだけどな……」
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「やめてよ、僕のことなんて気にしなくていから」
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隠岐に避けられて胸が痛んだ。なんでなんだろうと悩みもした。このまま卒業っていうのもなんか落ち着かない。これで隠岐の誤解を解くことができただろうか。
「僕は吉良に嫌われたくて、吉良を嫌いになりたくてやったのに……」
ん……? どういう意味だ……?
「ねぇ。僕じゃないなら、これ以上僕に構わないでよ」
「隠岐……?」
「僕は吉良の幸せなんて願えない。吉良なんて大嫌いだ……」
隠岐はそう言い残して部屋に戻ってしまった。
その日の夜になり、吉良はひとり静かに机に向かっていた。いつも賑やかな楯山がいないから静寂で、少し落ち着かない。
その時、ドンドンドンドンっと急に窓を叩く音がして、吉良は飛び上がるほどびっくりした。
恐る恐るカーテンを開けるとそこにはビニール袋を引っ提げてベランダに立つ鳴宮の姿。
「な、鳴宮?! どうしたんだ?!」
鳴宮が吉良に会いに来るなんて初めてのことだ。
驚きながらも窓を開けると、鳴宮は「お邪魔します!」と靴を脱ぎ、窓から部屋に侵入してきた。
「なんで窓からやってくるんだよ……」
普通ドアから部屋に入るだろと思うが、鳴宮はどこかぶっ飛んだところがある奴だ。突飛な行動も鳴宮ならあり得るなと妙に納得してしまう。
「だってドアから入るといろいろ周りがうるさそうだからさ。ほい、差し入れ」
鳴宮は吉良にビニール袋を手渡した。中にはペットボトルや菓子類が入っている。
「吉良と話したかった。いつも吉良はキラキラ輝いてるのに、なんか今日は少し落ち込んでるように見えたから」
「えっ! いやっ、そんなことない。ちょっと疲れてるだけだ……」
そう言っても、鳴宮は「ふーん」と至近距離で吉良の顔をジロジロと見つめてくる。まるで吉良の本音を見透かそうとするように。
「最近みんなに避けられてる気がする……?」
鳴宮に言い当てられ、思わず息を呑む。なんだこいつの洞察力は。
「友達でいたいのに、なぜかうまくいかないとか?」
その通り。吉良は普通の高校生活を送りたいだけだ。でも隠岐には嫌われるばかりだし、みんなとも最近うまく接することができていないような。
「いつもならもっとみんなグイグイ迫ってくるのに、なんで来ないんだろうって?」
「いや、そこまでは——」
吉良が言いかけたところで、鳴宮は急に吉良の両手首をガッと掴んで、身体をベッドに押し倒してきた。腹の上から鳴宮にのしかかられて、鳴宮が吉良の上、マウントポジションを取るような体勢になる。
「鳴宮っ!」
抵抗するが、意外にも強い力で鳴宮は抑えつけてくる。そして、そのままの状態で鳴宮はただ吉良の様子をじっと伺っているだけだ。
「ってめぇ!」
ふざけんなよと思い、身を捩って鳴宮の体勢を崩し、その隙に渾身の力で鳴宮を撥ねつけて拘束から逃れる。
「いきなり何するんだよ!」
吉良は息を切らしながら鳴宮を睨みつけているのに、鳴宮は「アハハっ」と笑っている。
「何が可笑しいんだっ!」
「嘘じゃん。やっぱり噂は嘘だ」
「……噂?」
「うん。吉良は男が嫌いだって噂。男にグイグイ迫られると怖くて動けなくなるっていう……。でも、そんなことなかった。動けなくなるどころかすごい力で俺を跳ね返しやがった」
鳴宮は傑作だとでも言いたげに、大笑いだ。
「なんでそんな噂が流れてるんだよ……」
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「さぁ。俺は嘘だと思ったけど、信じる奴もいるのかな。だって吉良はいくら攻めてもなびかない。難攻不落すぎるから、実は男嫌いだって言われて納得しちゃうよ」
「おい、人を砦みたいに喩えるなよ……。そもそも俺をなびかせたい奴なんてこの世にいないよ」
攻められてもないのに、陥落するもなにもないだろうが!
「そっか。吉良は可愛いなぁ」
鳴宮は満面の笑みでこちらを見ている。
何が可愛いんだよ。鳴宮の思考はよくわからない。
「ねぇ吉良、放課後に俺の歌を聴きに体育館に来てくれたでしょ」
「ああ。まさか鳴宮が学祭で歌うとは思ってなかったからびっくりしたよ。鳴宮はもうプロなんだろ? プロならそれ相応の待遇じゃないと歌わないだろ。実行委員会の奴に頼まれたのか?」
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「今年で高校生活も最後だしさ。自分なりのけじめとして、歌いたいなと思ってさ。今年は引き受けることにした」
「けじめ……?」
「うん。俺さ、ずっと抱えてるものがあるんだ」
鳴宮はどこか懐かしむかのように遠い目で話し出す。
「夢中になり過ぎてる、バカみたいだとわかっているし、こんな想いはさっさと捨てないと前に進めないのもわかってるんだ。どうせ無理だから諦めたいのに、でも、忘れられない」
はぁ。と鳴宮の小さな溜め息。
「だから、けじめをつけたいの。全力で歌って、それでも想いが届かないのなら、俺はそれまでだったってこと。それなら諦められそうだから」
体育館での、音喜多の話を思い出した。鳴宮は誰かを想ってラブソングを歌っていると音喜多は言っていた。音喜多の話が本当なら、鳴宮はその人に対して想いを込めて歌いたいといことなのか。
「だから、吉良、当日聴きに来てよ」
「俺?」
「そ。俺の全力、吉良に聴いて欲しい」
いや、鳴宮ならわざわざ集客しなくても満員御礼。何の心配もいらないと思うけれど。
「わかったよ」
吉良が頷くとぱっと鳴宮の表情も明るくなった。
「約束だよ。座席なしのオールスタンディングだけど、俺は視力だけは無駄にいいから、絶対に吉良を探しだしてみせるから」
おいおい、呑気に知り合い探しなんてしてる暇があるなら歌に集中しろよ。
「吉良も俺も、元気出してこう!」
鳴宮は自分で持ってきたビニール袋からコカコーラゼロを二つ取り出して、一つを吉良に手渡してきた。二人は互いにそれをカツンとぶつけ合う。
その後、遠慮なく吉良の部屋で「あ、この漫画読みたかったやつ。読んでいい?」と漫画を手に取り、「俺、一回楯山の気分になってみたかったんだよね」と楯山のベッドに転がってくつろいでいる。楯山が見たらブチギレそうだ。
「いいなぁ。楯山は。ここからの眺めは最高だ」
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