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2.ピクニック
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峠をしばらく進むと、木々に囲まれた広場に出た。黒髪の青年が、草の絨毯に飛び込む。
「あ゛──つかれた! メシにしようぜ~」
日暮れまでに麓に戻らなければならないため、いつもより少しペースをあげて歩いていた。峠に入って1時間が経ち、すでに3人の額には汗が浮かんでいる。
「そやな、この辺りでちょっと休憩しよか」
黒髪の青年は飛び起きた。
「やった! メシだ!」
「まだ先は長いのに……それだけ余力があるなら歩けよ」
銀髪のエルフが半眼で見やる。
「なんだよ、うるせーな。文句を言うなら、お前の分のメシはもらっておくからな」
黒髪の青年が、カバンから取り出した包みを掲げて振る。エルフの青年は片眉を一瞬吊り上げたが、大人しく口を噤み、近くに腰をおろした。
「へへん、ほらよ」
勝ち誇って青年が差し出したサンドイッチの包みを、無の表情で受け取るエルフ。
黒髪の青年は、別方向へと腕を伸ばした。そうして空色の髪の青年にも包みを渡す。
「こっちはお前の分」
「お、ありがとう」
そして、再びカバンに手を突っ込み、今度は自分の分を取り出そうとした。ゴソゴソとカバンを探りながら、ふと茂みのほうへ目をやる。
「ん? なんだあれ?」
端の茂みから白い耳が2つ、ぴょこんと飛び出していた。
「……ウサギ?」
ガサ、と茂みが揺れる。白い毛並みと、つぶらな瞳が覗いた。
「なんだ? これの匂いにつられたのか?」
青年が笑って言うと、白い毛並みは茂みからさらに身を乗り出す。そして、鼻らしき部分をヒクヒクと動かした。
「食べるか?」
青年はサンドイッチの包みを開き、パンの端を引きちぎると地面の近くで振って見せる。
「……おい」
「ほれ、ウサギやない」
サンドイッチを咥えたまま、エルフと空色の髪の青年が各々の武器を手にして警告する。
「え?」
茂みから現れた姿は、明らかにウサギとは違う。りんごほどの大きさの、丸くて小さな白い毛玉だった。毛玉の頭には、兎みたいな耳が生えていた。
どういう構造なのか、トコトコでもピョンピョンでもなく、地面を滑るように移動してくる。
「ニッ」
毛玉は、パンのすぐ傍まできて鳴いた。細長い耳がぴこぴこ揺れている。黒髪の青年を見上げると、様子を伺うようにふわふわの体を斜めに傾ける。
「ニッ?」
「なんだこれ、かわいい……」
「どう見ても魔物の子どもだ。魔物の領域で見かけたら、構うなと教わらなかったか」
「え、そうだったか?」
黒髪の青年は後ろのエルフを振り返る。その隙に、その耳付き毛玉はサンドイッチのカケラを回収にかかった。
感触に気づいて黒髪の青年が振り返ると、すでに手の中にサンドイッチはない。毛玉は少し後ずさり、青年を見上げ、再び鳴いた。
「ニィ」
「今なんか……ぬるっとしたんだけど」
「ニィィ」
「もしかして、まだ欲しいのか?」
「ニュッ」
「おい」
殺気を放つエルフに、毛玉はビクッと震えて耳を垂れ、後ずさる。
「怖がってんじゃねーか」
「ニニ……」
「追い払え。コイツの親が来るまえにな」
黒髪の青年は不服そうな顔で、サンドイッチを再びちぎり、今度は茂みの方角へ向かって欠片を投げた。
毛玉は反応し、しゅぴんっと長い耳を立て、跳ねるように茂みへと走る……というか転がっていった。
「これでいいんだろ」
不本意だという口調で、もぐもぐとサンドイッチを齧りながら言う。
「追い払えと言ったんだが」
「追い払ったようなもんだろ」
「ったく……」
「なあ、そんなことより」
黒髪の青年は、どこから取り出したのか、ティーポットの蓋を開けて銀髪のエルフに差し出す。中には水が入っていた。
「これ、お湯にできるか?」
「あぁ?」
「ほら、紅茶の茶葉をさっきの村で分けてもらったろ? せっかくだから飲んでみようぜ」
「……お前は、この峠にピクニックしに来たんだな」
怒りを含んだ声でそう言いながらも、エルフはピストルの形にして伸ばした人差し指を、ポットの表面の水に向ける。
先ほどまでとは全く発音の違う言葉で呪文を唱えると、突然、ボゴッと音を立てて水が沸騰した。
「お、サンキュ」
「魔力の無駄遣いさせやがって……」
「魔法のほうが早いし。それに紅茶だったら、お前どうせ2杯は飲むだろ?」
「……味による」
紅茶の入ったコップを手渡され、エルフは口を噤んだ。上質な香りが辺りに広がる。
黒髪の青年は、追加で2人分のコップに紅茶を注いだ。1つを空色の青年のところまで手渡しに行く。
「今日は凝った昼飯やな」
「最近ゆっくりメシ食ってる暇もなかったもんな」
「そうかもしれん。旨いわ。材料は村で仕入れたんやったか?」
「そうそう。いつものパンに、肉と野菜を挟んでおいたんだ。特製のソースもつけてな」
得意そうに言った青年に、後ろからエルフの声が掛かる。
「……おい」
振り向くと、先ほど紅茶を注いだ自分のコップの縁に、耳付き毛玉がいるのが見えた。
「ニィ」
「あ」
毛の一部が紅茶の色をしていた。
「ニュビッ」
3人の視線を受けて、毛玉は慌てて茂みの奥へと転がっていく。銀髪のエルフは溜め息をついた。
「まったく……」
「今の、俺は何もしてないぞ?」
「どう考えても、さっき餌付けしたせいだ」
「喉乾いてたんだって。少しぐらい、いいだろ」
エルフはまったく懲りない青年を睨む。
「で、腹を空かせた魔物に、お前は黙って食われるつもりか?」
「そんときゃ逃げるに決まってる」
「そん時はお前を捕まえて差し出すからな」
「コイツで餌付けするわけや?」
空色の髪の青年が、からかうように口を挟む。
黒髪の青年は口を尖らせ、サンドイッチを頬張った。
「お前まで言うのかよ。……悪かったって。今度からは餌やったりしないから」
「って、言うとるけど」
「……とりあえず、お前のサンドイッチよこせ」
「なんでお前にやらないといけないんだよ」
「足りん」
「む、仕方ねーなぁ」
黒髪の青年は手にしたサンドイッチを半分引きちぎり、差し出した。
「ん。これだけな」
エルフの青年は半分のサンドイッチを見、やや考えて、無言でそれを受け取った。そのまま躊躇もせずにパクリとかぶりつく。
「お前は足りるんか?」
「腹は膨れたからな。それに、気に入ったんなら悪い気はしねーや」
黒髪の青年は手に残ったサンドイッチを口に放り込むと、指についたタレを舐めた。
と、再び茂みがガサリと鳴った。
現れたのはさっきの耳付き毛玉だ。こちらの様子を伺いながら近づいてくる。
「ん、あれ……」
2本の耳の間に、器用に一輪の花を挟んでいた。黄色い小さな花が、星屑みたいに咲いている。甘い香りが、離れていても漂ってくる。
「──あの花だ!」
思わず立ち上がった黒髪の青年に、毛玉は驚いたのか茂みへと滑っていく。
「あ、待てよ!」
そのまま青年は駆け出し、茂みへと勢いよく飛び込んだ。仲間2人が慌てて立ち上がる。
「おい、待て! 自分から餌になるつもりか」
「そうならんことを祈るわ」
2人は急いで荷物を回収し、青年の後を追った。まだ湯気の立ち昇るポットとカップだけが、誰もいない森の広場にポツンと残された。
「あ゛──つかれた! メシにしようぜ~」
日暮れまでに麓に戻らなければならないため、いつもより少しペースをあげて歩いていた。峠に入って1時間が経ち、すでに3人の額には汗が浮かんでいる。
「そやな、この辺りでちょっと休憩しよか」
黒髪の青年は飛び起きた。
「やった! メシだ!」
「まだ先は長いのに……それだけ余力があるなら歩けよ」
銀髪のエルフが半眼で見やる。
「なんだよ、うるせーな。文句を言うなら、お前の分のメシはもらっておくからな」
黒髪の青年が、カバンから取り出した包みを掲げて振る。エルフの青年は片眉を一瞬吊り上げたが、大人しく口を噤み、近くに腰をおろした。
「へへん、ほらよ」
勝ち誇って青年が差し出したサンドイッチの包みを、無の表情で受け取るエルフ。
黒髪の青年は、別方向へと腕を伸ばした。そうして空色の髪の青年にも包みを渡す。
「こっちはお前の分」
「お、ありがとう」
そして、再びカバンに手を突っ込み、今度は自分の分を取り出そうとした。ゴソゴソとカバンを探りながら、ふと茂みのほうへ目をやる。
「ん? なんだあれ?」
端の茂みから白い耳が2つ、ぴょこんと飛び出していた。
「……ウサギ?」
ガサ、と茂みが揺れる。白い毛並みと、つぶらな瞳が覗いた。
「なんだ? これの匂いにつられたのか?」
青年が笑って言うと、白い毛並みは茂みからさらに身を乗り出す。そして、鼻らしき部分をヒクヒクと動かした。
「食べるか?」
青年はサンドイッチの包みを開き、パンの端を引きちぎると地面の近くで振って見せる。
「……おい」
「ほれ、ウサギやない」
サンドイッチを咥えたまま、エルフと空色の髪の青年が各々の武器を手にして警告する。
「え?」
茂みから現れた姿は、明らかにウサギとは違う。りんごほどの大きさの、丸くて小さな白い毛玉だった。毛玉の頭には、兎みたいな耳が生えていた。
どういう構造なのか、トコトコでもピョンピョンでもなく、地面を滑るように移動してくる。
「ニッ」
毛玉は、パンのすぐ傍まできて鳴いた。細長い耳がぴこぴこ揺れている。黒髪の青年を見上げると、様子を伺うようにふわふわの体を斜めに傾ける。
「ニッ?」
「なんだこれ、かわいい……」
「どう見ても魔物の子どもだ。魔物の領域で見かけたら、構うなと教わらなかったか」
「え、そうだったか?」
黒髪の青年は後ろのエルフを振り返る。その隙に、その耳付き毛玉はサンドイッチのカケラを回収にかかった。
感触に気づいて黒髪の青年が振り返ると、すでに手の中にサンドイッチはない。毛玉は少し後ずさり、青年を見上げ、再び鳴いた。
「ニィ」
「今なんか……ぬるっとしたんだけど」
「ニィィ」
「もしかして、まだ欲しいのか?」
「ニュッ」
「おい」
殺気を放つエルフに、毛玉はビクッと震えて耳を垂れ、後ずさる。
「怖がってんじゃねーか」
「ニニ……」
「追い払え。コイツの親が来るまえにな」
黒髪の青年は不服そうな顔で、サンドイッチを再びちぎり、今度は茂みの方角へ向かって欠片を投げた。
毛玉は反応し、しゅぴんっと長い耳を立て、跳ねるように茂みへと走る……というか転がっていった。
「これでいいんだろ」
不本意だという口調で、もぐもぐとサンドイッチを齧りながら言う。
「追い払えと言ったんだが」
「追い払ったようなもんだろ」
「ったく……」
「なあ、そんなことより」
黒髪の青年は、どこから取り出したのか、ティーポットの蓋を開けて銀髪のエルフに差し出す。中には水が入っていた。
「これ、お湯にできるか?」
「あぁ?」
「ほら、紅茶の茶葉をさっきの村で分けてもらったろ? せっかくだから飲んでみようぜ」
「……お前は、この峠にピクニックしに来たんだな」
怒りを含んだ声でそう言いながらも、エルフはピストルの形にして伸ばした人差し指を、ポットの表面の水に向ける。
先ほどまでとは全く発音の違う言葉で呪文を唱えると、突然、ボゴッと音を立てて水が沸騰した。
「お、サンキュ」
「魔力の無駄遣いさせやがって……」
「魔法のほうが早いし。それに紅茶だったら、お前どうせ2杯は飲むだろ?」
「……味による」
紅茶の入ったコップを手渡され、エルフは口を噤んだ。上質な香りが辺りに広がる。
黒髪の青年は、追加で2人分のコップに紅茶を注いだ。1つを空色の青年のところまで手渡しに行く。
「今日は凝った昼飯やな」
「最近ゆっくりメシ食ってる暇もなかったもんな」
「そうかもしれん。旨いわ。材料は村で仕入れたんやったか?」
「そうそう。いつものパンに、肉と野菜を挟んでおいたんだ。特製のソースもつけてな」
得意そうに言った青年に、後ろからエルフの声が掛かる。
「……おい」
振り向くと、先ほど紅茶を注いだ自分のコップの縁に、耳付き毛玉がいるのが見えた。
「ニィ」
「あ」
毛の一部が紅茶の色をしていた。
「ニュビッ」
3人の視線を受けて、毛玉は慌てて茂みの奥へと転がっていく。銀髪のエルフは溜め息をついた。
「まったく……」
「今の、俺は何もしてないぞ?」
「どう考えても、さっき餌付けしたせいだ」
「喉乾いてたんだって。少しぐらい、いいだろ」
エルフはまったく懲りない青年を睨む。
「で、腹を空かせた魔物に、お前は黙って食われるつもりか?」
「そんときゃ逃げるに決まってる」
「そん時はお前を捕まえて差し出すからな」
「コイツで餌付けするわけや?」
空色の髪の青年が、からかうように口を挟む。
黒髪の青年は口を尖らせ、サンドイッチを頬張った。
「お前まで言うのかよ。……悪かったって。今度からは餌やったりしないから」
「って、言うとるけど」
「……とりあえず、お前のサンドイッチよこせ」
「なんでお前にやらないといけないんだよ」
「足りん」
「む、仕方ねーなぁ」
黒髪の青年は手にしたサンドイッチを半分引きちぎり、差し出した。
「ん。これだけな」
エルフの青年は半分のサンドイッチを見、やや考えて、無言でそれを受け取った。そのまま躊躇もせずにパクリとかぶりつく。
「お前は足りるんか?」
「腹は膨れたからな。それに、気に入ったんなら悪い気はしねーや」
黒髪の青年は手に残ったサンドイッチを口に放り込むと、指についたタレを舐めた。
と、再び茂みがガサリと鳴った。
現れたのはさっきの耳付き毛玉だ。こちらの様子を伺いながら近づいてくる。
「ん、あれ……」
2本の耳の間に、器用に一輪の花を挟んでいた。黄色い小さな花が、星屑みたいに咲いている。甘い香りが、離れていても漂ってくる。
「──あの花だ!」
思わず立ち上がった黒髪の青年に、毛玉は驚いたのか茂みへと滑っていく。
「あ、待てよ!」
そのまま青年は駆け出し、茂みへと勢いよく飛び込んだ。仲間2人が慌てて立ち上がる。
「おい、待て! 自分から餌になるつもりか」
「そうならんことを祈るわ」
2人は急いで荷物を回収し、青年の後を追った。まだ湯気の立ち昇るポットとカップだけが、誰もいない森の広場にポツンと残された。
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