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 正門前、歩道の先に見えたスーツ姿の男が真っ直ぐ俺を認識した瞬間、小走りになったからピンときた。
 耳に掛からない短い髪。端正な顔つきをしているがたしかに、そう言われてみれば似ているような気さえしてくる。
「えっと、さなだもとはる……真田元治さん、ですか?」
 残り五歩ほどのところで声をかけると、相手は動揺することもなく俺に向かって、冷静に頭を下げた。
「……高宮先生、ご連絡ありがとうございました。久也のはとこの真田です、久也がお世話になっております」
 あの後、動揺してパニックになった春名を落ち着かせながら貴昭に電話をして来てもらった。今はこの人を出迎えている俺に変わって、貴昭に春名を見てもらっている。とても一人にはできない状態だったから。
 春名が言った元治、というのは、どうやら家族の中で一番気を許している存在らしい。
「春名は、…久也君は僕の部屋です、遠いですが、」
 ここから絵画科の校舎まで少し歩く。
「先生、だったんですね」
「え?」
「いえ。久也の様子は?」
「ああ、あなたが来てくれると分かって少し落ち着いたようですが、」
 隣に並び、俺もこの人も少しの早足になっている。結局、春名が一体全体どうしたのか、というのは分からないままだった。彼に電話するので全ての力を注いだらしい。消沈した姿は痛々しく。
 分かっていることはただひとつ。うちの大学に  『志野』という苗字を持つ男子生徒はいないということ。これは、俺が各科の事務に確認したから間違いない。ということは外部利用の人間どころか、全く関係ない人間ということだ。色々な理由を持った人達が簡単に出入りできる環境にあるし、校舎のアートギャラリーは近所の人間や美術家、うちの大学を受験したいといった中高生達も気軽に観覧できるというのを目玉にしている部分があるせいで外部の人間を全員把握するのは難しいどころの話ではなくなる。
 じゃあ、久也のマフラーを俺に持ち込み、『志野』と名乗った彼は一体誰だったのか。そうだ、渡されたのはマフラーだけではない。
 ここです、とスライドドアを開けると、ソファに座った春名と貴昭が神妙な面持ちで待っていた。
「元治!」
 俺の後ろに居た真田さんの姿に気付いた春名が、急に立ち上がる。
 駆け寄ってきた春名には、志野の名前を出した時と同じくらいの動揺を感じた。落ち着いていたのに、先ほどを思い出したらしい。真田さんの腕を掴み、フラッシュバックのように口をぱくぱくと動かした。
「あ、あいつ、し、しの、志野が、」
 言いながら、春名がまた首に手を回す。この位置からよく見える。さするように、自分の首筋を触っているのだ。
「お前自身に接触は?」
「わっ分かんない、けど、声、とかは、掛けられてない、」
「家には?」
「知らねえよ、帰ってねえし……」
「え……どういう事だ?お前、『家に帰るから』っつって……家まで送ってやったよな?」
 じゃあお前、今までどこに居たって言うんだ、という真田さんの言葉に頭を抱えてくなる。
「それは……」
 春名が、ちらりと俺を見た。
「真田さん、」
「はい、」
「実は俺の親戚……そこにいる貴昭と仲が良くて……ここ半年は、よくうちのアトリエを使って作品を作っていまして、」
 大丈夫、嘘はついていない。こいつが家に転がり込んできてから、うちのアトリエで制作した作品数は三点ある。つーかなんで俺がかばってやってんだよ。
 だが、口から出した言葉を、『嘘でした』なんて今更言えず。
「あっ、それは……ご迷惑をお掛けしてしまい……」
 どうやら納得してくれたらしい。真田さんが申し訳なさそうに俺と貴昭に向かって頭を下げた。
「いえいえ、全く。大丈夫ですから」
 言うと、すみません、ともう一度俺たちに向かい頭を下げてから、真田さんがきつい目つきで春名へと向き直った。
「……雪絵には俺から話す。送って行ってやるから一度家に、」
「っやだ!!」
 真田さんの手が肩に触れようとした途端、春名はそれを強く払いのけ、壁代わりと言わんばかりに俺の後ろへと回った。
「……久也」
 じろり、と諌めるように向けられた春名が身体を縮こまらせた。俺の腕を掴み、ふるふると頭を横に振る。
「せんせえ、」
「馬鹿、先生巻き込んでどうするんだ、」
 大きくため息をついた真田さんの腕が向かった先はもちろん春名だ。俺から引き剥がすようにして腕を掴むと、嫌がる春名をぐいと引っ張る。でも春名の手のひらは俺の腕を掴んだまま。
「やだ、やだ……!」
 相当な拒絶に、あきらめが悪いのを通り越して痛々示唆すら感じる。
 家に帰りたがらないのは知っていた。俺はそれを許していた。大人として、子どもが逃げるべき場所は用意するべきだと思う。でも実際に、俺が春名に施していたのはそれと縁遠いもので。
「っあの!」
 もやもやとした気持ちが大きくなり、わだかまりに突き動かされ咄嗟に真田さんの腕を掴んでしまった。
「……っ、今日はこのまま春名君を預かります」
 冷静を努めなければ。理由が必要だ。このままいけばこいつの跡形はきっと、あの場所からひとつつ残らず失くなってしまうんだろう。だがそれも仕方がない。真田さんに嘘をついたのは春名だ。
「……なので、今日うちにある私物をまとめてもらって……明日、必ず春名君をお家に送り届けますので」
 予測ではない。真田さんには真実が見えていることだろう。俺が春名の意図を汲み取り、こいつを庇っている事実が。
 まるで『売られた』、とばかりの視線が下から寄越される。こいつは何もわかってないんだろうな。未だに手のひらで首をお追い続けている。春名に言われたことを思い出した。なんとなく腑に落ちてしまったが、真実は分からない。それが本当なら、ひどく腹ただしい。













 何かあった時の為に場所の確認も兼ねて、と真田さんが家まで俺たち三人を送ってくれた。多分想像していなかったんだろう。
 警備会社と契約を結んでいること。
 いたるところにある防犯カメラ。
 作品として価値がある高宮家代々の品は、未公開の者も含めこの場所に、全て揃っているのだ。連れて帰りたそうだった真田さんは、この家の諸々を見て素直に驚いていた。無駄に広い庭には月に二度、清掃会社が入り植木屋が入るが出入りする人間はいざとなれば皆身分の照会が出来る状態だ。七面倒くさいだけだと思っていた諸々なのに、これで春名が守れるのだと分かったのだから俺という人間は本当にちょろい人間んだと思う。
 結局、マフラーと一緒に『志野』という男が置いていった封筒は、春名の隠し撮り写真だった。フレームは春名を中心に撮しているが、そこによく現れる俺。大学付近だと思われる写真の数々に、志野が最近になって春名をつけ始めたのが分かる。その中に、以前二人で出かけたショッピングモールの建物が映ったツーショットもあった。改めて気持ち悪い。ずっと俺達の後つけてたってことかよ。
 貴昭は買い出しに行ってくれている。春名は、俺の隣で縮こまるようにして座面の上で脚をかかえていた。
「……巻き込んで、ごめん」
 リビングでふたりきりの中、今までずうっと黙っていたのに、突然隣から小さな声が上がる。
 いや、全く迷惑は掛かっていないけれど。そう言ったところでただの気休めにしかならないのが分かっているし、よく考えれば迷惑を掛けられていないはずがない。一から十まで全部、迷惑だ。極まりないほどの。だが、言うつもりはない。だから、『全く迷惑に思ってない』と言いたかった。
「……だから家に帰りたくなかったのか」
 本当は出したかったその言葉を飲み込み、その代わりに違う言葉を出す。
 今春名の手は、両方ともの膝を抱えている。
 このタイミングなら、と思った。試すようで忍びないがどうしても知りたかったのだ。
だから、何も言わず春名の首に手を伸ばす。
「やっ、!!」
 全く無防備だったはずなのに、向けた手のひらに気づいた瞬間、春名は飛び上がるようにして俺の腕を跳ね除けた。そして、無意識なのかまた首を庇うような仕草。気付かない方が良かった。だが仕方ない、今まで見たこともないような動作だったのだ。気付かざるを得ない
「っ、ご、ごめん、いやあの、びっくりしただけ、ちがう、ちがうから、」
 そう言いながら俺の肩にすがり付いてきた身体は震えていないものの、不安でいっぱいだというのが良く分かる。触りたい時は声を出せばいいんだろうか。無言で手を伸ばしたらこいつはきっと、今のように怖がるんだろう。
「……いや、俺こそごめん」
 ごめん。試してごめん。
 だって俺、今、お前を試した。こうなる事を予測していた。俺の方が酷い奴だから。
「違うよ、先生は悪くないよ、ごめん、大丈夫だから、」
 すると、ソファの上で膝立ちになった春名がおもむろに俺の膝へと乗り上がってくる。柔らかな頬が首に擦り付けられ、ゆっくりと春名の背中に腕を回す。
 ちょうど、目の前に春名の耳があった。少し前、俺も春名のうなじを噛んだことがある。その時はなんの拒否反応も示さなかった。
 人だ。相手だ。俺は良い。あいつはだめ。同じアルファ。うなじを噛むのはーーアルファとオメガが、『番』になる時だけ。
「……なあ、あいつ……もしかして、アルファ?」
 あえて名前を出さず、綺麗な形をした耳に疑念を吹き込むと、猫のように絡みついてやまなかった春名の身体が一瞬、フリーズしたかのように動きを止めた。
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