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人肉世界⑫
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虹色粒子の奔流を浴びると、顏のないナースの群れはたちまちのうちに跡形もなく溶けていった。
あたかも溶岩流に呑み込まれた蝋人形のように声にならぬ悲鳴を上げながら、狂おしく手足をばたつかせ、湯気の上がる液体に変わっていく。
「ちょっと早くない? もったいないよ、雑菌に必殺技を使うのは」
輝きを失った蓮月のサイトカインを見て、乙都が眉をひそめた。
「ごめん…。あんまり気持ち悪かったもんだから」
肩をすくめる蓮月。
乙都の言う通りだった。
いったん放出すると、虹色粒子が溜まるまでにはけっこう時間がかかるのだ。
それはこの前ここへ転移した時、経験済みである。
「気持ちはわかるけど。いいよ、とりあえず、まだ私のがあるから」
虹色に輝くナイフを右太腿のガーターベルトに戻し、乙都が言う。
「それで、これから、どこへ行けばいいの?」
蓮月は警戒の目を周囲に走らせた。
遠くから苦し気なうめき声が聞こえてくる。
夜勤に立ち、深夜の病棟を見回る時、よく耳にする患者たちの苦悶の声に似ている。
が、今耳に届いてくるのは、それよりずっと獣じみていて、まるでお互いに鳴き交わしているかのようだ。
「わからない。とにかく、新たな侵入者を見つけなきゃ。心臓をやられたら、この躰がもたないから」
「心臓って?」
それに、”躰”とは、誰の身体のことなのか。
が、乙都は答えなかった。
ポニーテールを弾ませ、飛ぶような足取りで、通路に向かった。
とっつきの病室が、あの5021号室だった。
コンドーサンが独りで占拠している、四人部屋である。
廊下の照明が暗いせいか、病室のプレートの数字が、なんだかがぶれて見える。
5012という数字が5021に変わったかと思うと、その上に2012の数字がだぶる。
蓮月は右手の甲で目をこすった。
ここは本当は何号室なのだろう?
5階だから、いくらなんでも、2012号室のはずはないんだけど…。
「行くよ」
首だけ出して中を覗いていた乙都が、蓮月のほうを振り返ってうなずいた。
いつでもナイフを取り出せるよう、右手は超ミニ丈のナース服の上から、太腿に当てている。
「うん」
うなずき返して、後に続く。
部屋の中は、カーテンで四つに仕切られている。
オモテの世界では左手奥のコンドーサンのベッドだけがカーテンに囲まれていたのに、こちら側では四人分しっかりと仕切りができている。
ということは、近藤義雄のほかに、あと三人、患者がいるということなのだろうか。
あまり気は進まないが、とりあえず、コンドーサンの様子を見てみよう。
あるいは彼なら、何か知っているかもしれない。
左手奥に向けて歩き出そうとした時だった。
片手を踏切の遮断機のように横に広げて、乙都が蓮月を制止した。
「気をつけて」
その視線はどうやら床に注がれているようだ。
乙都のまなざしを追った蓮月は、そこでハッと息を飲んだ。
こ、今度は、何?
リノリウムの床の上に、さながら大蛇が通った後のように、Sの字に血痕が続いている。
そしてその血の河は、間違いなく、コンドーサンのベッドを隠したカーテンの下から流れ出していた。
あたかも溶岩流に呑み込まれた蝋人形のように声にならぬ悲鳴を上げながら、狂おしく手足をばたつかせ、湯気の上がる液体に変わっていく。
「ちょっと早くない? もったいないよ、雑菌に必殺技を使うのは」
輝きを失った蓮月のサイトカインを見て、乙都が眉をひそめた。
「ごめん…。あんまり気持ち悪かったもんだから」
肩をすくめる蓮月。
乙都の言う通りだった。
いったん放出すると、虹色粒子が溜まるまでにはけっこう時間がかかるのだ。
それはこの前ここへ転移した時、経験済みである。
「気持ちはわかるけど。いいよ、とりあえず、まだ私のがあるから」
虹色に輝くナイフを右太腿のガーターベルトに戻し、乙都が言う。
「それで、これから、どこへ行けばいいの?」
蓮月は警戒の目を周囲に走らせた。
遠くから苦し気なうめき声が聞こえてくる。
夜勤に立ち、深夜の病棟を見回る時、よく耳にする患者たちの苦悶の声に似ている。
が、今耳に届いてくるのは、それよりずっと獣じみていて、まるでお互いに鳴き交わしているかのようだ。
「わからない。とにかく、新たな侵入者を見つけなきゃ。心臓をやられたら、この躰がもたないから」
「心臓って?」
それに、”躰”とは、誰の身体のことなのか。
が、乙都は答えなかった。
ポニーテールを弾ませ、飛ぶような足取りで、通路に向かった。
とっつきの病室が、あの5021号室だった。
コンドーサンが独りで占拠している、四人部屋である。
廊下の照明が暗いせいか、病室のプレートの数字が、なんだかがぶれて見える。
5012という数字が5021に変わったかと思うと、その上に2012の数字がだぶる。
蓮月は右手の甲で目をこすった。
ここは本当は何号室なのだろう?
5階だから、いくらなんでも、2012号室のはずはないんだけど…。
「行くよ」
首だけ出して中を覗いていた乙都が、蓮月のほうを振り返ってうなずいた。
いつでもナイフを取り出せるよう、右手は超ミニ丈のナース服の上から、太腿に当てている。
「うん」
うなずき返して、後に続く。
部屋の中は、カーテンで四つに仕切られている。
オモテの世界では左手奥のコンドーサンのベッドだけがカーテンに囲まれていたのに、こちら側では四人分しっかりと仕切りができている。
ということは、近藤義雄のほかに、あと三人、患者がいるということなのだろうか。
あまり気は進まないが、とりあえず、コンドーサンの様子を見てみよう。
あるいは彼なら、何か知っているかもしれない。
左手奥に向けて歩き出そうとした時だった。
片手を踏切の遮断機のように横に広げて、乙都が蓮月を制止した。
「気をつけて」
その視線はどうやら床に注がれているようだ。
乙都のまなざしを追った蓮月は、そこでハッと息を飲んだ。
こ、今度は、何?
リノリウムの床の上に、さながら大蛇が通った後のように、Sの字に血痕が続いている。
そしてその血の河は、間違いなく、コンドーサンのベッドを隠したカーテンの下から流れ出していた。
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