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人肉世界⑬
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コンドーサンが寝ているはずの一画からは、濃厚な血の匂いが漂ってくる。
「何があったの?」
声を押し殺して、蓮月は訊いた。
が、乙都はそれには答えず、大股に部屋を横切ると、左奥のカーテンを一気に引き開けた。
むせ返るような血の臭気とともに、陰惨極まりない光景が視界に飛び込んできて、蓮月は思わず手で口をふさいだ。
右手と正面の壁に、天井近くまで血しぶきが飛び散っている。
縦に置かれたベッドは真ん中が大きく陥没し、沈没寸前の船のようにふたつに割れている。
床には引きちぎられた布団やシーツが、鮮血をたっぷり吸って散乱していた。
「だ、誰が、こんなことを…?」
驚きのあまり、それ以上、言葉が出なかった。
これも、池から這い出た何者かの仕業だというのだろうか?
でも、なぜ、あのコンドーサンが?
「ここに入院してたのは、確か、あのゲイジンね?」
屠場さながらの惨状を呈した小部屋の中を油断なく見回して、乙都が言った。
「ゲイジンって?」
「鯨に人で、鯨人。まあ、あれも遺伝子異常の一種だけど」
なるほど、鯨人間か。
蓮月は、変異後の近藤義雄の外観に思いを馳せた。
入院してきた時はただのやせさばらえた老人だったのに、あの蓮月のミス以来、皮膚は象皮のごとく硬くなり、頭部はそれこそマッコウクジラそっくりに変形してしまったのだ。
蓮月はこのウラ世界ではまだそのコンドーサンに会っていないのだが、乙都の口ぶりからすると、どうやらこちら側の彼も、同じような外観をしているらしい。
「あの人も、敵側のひとりかと思ってた…。なのに、どうして?」
素朴な疑問を口にする。
これまで蓮月に襲いかかってきた化け物たち、例えば三角頭の巨漢や蜘蛛女のユズハや殺人狂の弓削氷見子、そして尻人間や下半身のない老婆…。
オモテの世界で蓮月の弱みにつけこみ、卑劣な脅迫を重ねる近藤義雄は、明らかに向こう側の存在だろう。
「仲間割れでも起きたのかもしれない。あるいは、新たな脅威はまったく別の…」
乙都が言いかけた、その瞬間だった。
乙都の声を遮るように、周囲から複数のうめき声が沸き起こった。
「誰?」
ふたり、転がるようにカーテンの外に飛び出した。
残りのベッドがある三つの区画から、その気味の悪い声は聞こえてくるようだ。
どのカーテンにも、なにやら人の形をした黒い影が映り、くねくねと蠢いている。
「何かいる…」
蓮月は、背中のハーネスからサイトカインを引き抜いた。
乙都もナース服の裾をめくり、ガーターベルトのナイフを右手に握る。
うおおおおおおおおん…。
うわあああああん…。
くああああああああ…。
やがて不気味な泣き声が、輪唱するように部屋中にこだました。
「何があったの?」
声を押し殺して、蓮月は訊いた。
が、乙都はそれには答えず、大股に部屋を横切ると、左奥のカーテンを一気に引き開けた。
むせ返るような血の臭気とともに、陰惨極まりない光景が視界に飛び込んできて、蓮月は思わず手で口をふさいだ。
右手と正面の壁に、天井近くまで血しぶきが飛び散っている。
縦に置かれたベッドは真ん中が大きく陥没し、沈没寸前の船のようにふたつに割れている。
床には引きちぎられた布団やシーツが、鮮血をたっぷり吸って散乱していた。
「だ、誰が、こんなことを…?」
驚きのあまり、それ以上、言葉が出なかった。
これも、池から這い出た何者かの仕業だというのだろうか?
でも、なぜ、あのコンドーサンが?
「ここに入院してたのは、確か、あのゲイジンね?」
屠場さながらの惨状を呈した小部屋の中を油断なく見回して、乙都が言った。
「ゲイジンって?」
「鯨に人で、鯨人。まあ、あれも遺伝子異常の一種だけど」
なるほど、鯨人間か。
蓮月は、変異後の近藤義雄の外観に思いを馳せた。
入院してきた時はただのやせさばらえた老人だったのに、あの蓮月のミス以来、皮膚は象皮のごとく硬くなり、頭部はそれこそマッコウクジラそっくりに変形してしまったのだ。
蓮月はこのウラ世界ではまだそのコンドーサンに会っていないのだが、乙都の口ぶりからすると、どうやらこちら側の彼も、同じような外観をしているらしい。
「あの人も、敵側のひとりかと思ってた…。なのに、どうして?」
素朴な疑問を口にする。
これまで蓮月に襲いかかってきた化け物たち、例えば三角頭の巨漢や蜘蛛女のユズハや殺人狂の弓削氷見子、そして尻人間や下半身のない老婆…。
オモテの世界で蓮月の弱みにつけこみ、卑劣な脅迫を重ねる近藤義雄は、明らかに向こう側の存在だろう。
「仲間割れでも起きたのかもしれない。あるいは、新たな脅威はまったく別の…」
乙都が言いかけた、その瞬間だった。
乙都の声を遮るように、周囲から複数のうめき声が沸き起こった。
「誰?」
ふたり、転がるようにカーテンの外に飛び出した。
残りのベッドがある三つの区画から、その気味の悪い声は聞こえてくるようだ。
どのカーテンにも、なにやら人の形をした黒い影が映り、くねくねと蠢いている。
「何かいる…」
蓮月は、背中のハーネスからサイトカインを引き抜いた。
乙都もナース服の裾をめくり、ガーターベルトのナイフを右手に握る。
うおおおおおおおおん…。
うわあああああん…。
くああああああああ…。
やがて不気味な泣き声が、輪唱するように部屋中にこだました。
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